14話 「図書館地下」

神嗣学園 図書館


 イッキたちはこの広大な図書館にやって来た。

 パンジーとヴィオラは用事があって来れないとのことらしいが、面倒に感じただけの可能性もある。


「二人とも冷たいなぁ。一緒に探してくれてもいいのに」

「あの子たちのことを悪く言わないでください。大事な用があるのです。……多分」

「まあいいや。それで? この図書館のどこに人……いや天使を隠すスペースがあるんだ?」

「こちらですよ」


 フルティに案内されて向かった先は、地下に続く階段だった。

 この図書館は地下にも数々の図書が陳列されているのだ。


「ほほう。この下かぁ」

「隠せる場所なんて無かったと思うけど」

「まあ降りて下さいな」


 言われて黙って階下に降りていく。

 地下には統計記録や研究資料などの小難しい参考図書が多く、生徒たちは少ない。


「さ、こっちです」

「え? でも……」


 フルティが指し示したのは更に下に続く階段。

 だが、その前には『立ち入り禁止』と記されたカラーコーンが置いてあり、その先はコーン同士を繋ぐバーで封鎖されていた。


「この下の階は現在何も無く、監視カメラもありません。ただ……学園側が立ち入りを絶対に禁じているのでパトちゃんたちも入れません。つまり、ここに拘束して閉じ込めておけば誰にも見つからないというわけです」

「おお! じゃあこの下にシドがいるってことか!」

「いや……『かもしれない』というだけですから」


 するとすぐにイッキは階段を下り始めた。躊躇いは無い。


「あ、ちょ、ちょちょちょっと……」


 ロストが止めようとするがもう遅い。既に彼は踊り場より下だ。


「……いいですよロストさんは帰っても。私が二人を見ておきますから」

「い、いや……私も行く」

「あら? そうですか」


 心配なのはロストも同じことだった。イッキのことなので、何をしでかすか予想できたことではない。

 他の者よりもだいぶ心配性な彼女からすれば、付いて行かないわけにはいかなかった。


 下の階は真っ暗闇だった。

 明かりも無く、自分達の姿すら確認することが出来ない。


「暗いなぁ。誰か明かりつけてくれよ」

「……」


 ロストは黙って明かりを点ける。階段の横に電気のスイッチはあった。


「!?」


 場が明るくなった途端、四人の前に一人の男の姿が目に入る。

 それも、四人がよく見知った入れ墨男の姿──


「レオ!?」

「て、てめぇら……何でここにいやがる!?」


 フルティの言っていた通りこのフロアは何も無く、それでいて狭くて一目で辺り全体を見渡すことが出来た。

 いるのはただ一人、レオだけだった。


「もちろんシドを探してさ。それ以外にこんな場所に来る理由無いだろ?」

「フン……ご苦労なこったな」

「そういうお前も同じ理由でここにいるんだろ? 何だよ、あんなこと言っておいて……ホントはお前も心配してたんだなぁ」

「あァ!? ンなわけねぇだろ! ふざけてんじゃねぇぞ!」


 思い切り否定しているのだが、イッキたちはそれを照れ隠しだと思ったのかウンウンと頷いている。


「……では何故ここにいるんですか?」

「……言うわけねぇだろ」

「恥ずかしいんだ」

「ツンデレ」

「ンだとてめぇらあぁ!?」


 完全にイッキらによって自分のペースを崩されている。

 レオはもう隠す気すら失せ始めていた。


「俺があのエリートの坊ちゃんを探すわけがねぇだろ! 俺は……俺はなぁ! ただ祭壇がホントにあるのか確かめに…………ハッ!?」


 話してしまおうとしていたことに自ら気付いた。


「祭壇?」

「ぐ……ッ!」

「なな何でそんなものがあるなんて知って……」


 困惑しているロストの隣で、フルティは何やら勘付いた様子だった。


「……なるほど。貴方も知っていたのですか」

「な、何?」

「フルティ、何のこと?」

「いいですか? かつてこの神嗣学園のある場所は『聖域』と呼ばれていて、その中ではある特別な儀式を行っていたのです」

「……」

「ルイさん、眠そうな顔しないでくださいね? かつて行われていた儀式というのは、亡くなった神を復活させる儀式だったのです」

「? 神って死ぬの?」

「死にますよ。ですが……下界でその存在を人間に信仰されている限り、『神の力』は失われません。神託が受け継がれる限り、私達候補生は『神の力』を受け継ぎ続け、下界の人間たちの信仰心が失われないように自分たちの名を知らしめることで、『神の力』が絶えないように調整していくのです」

「難しい……受け継がれるってどういうこと? 神託ってそういうモンなの?」


 元人間のイッキには天界の常識が全く分からない。

 フルティの説明を聞いたところで『儀式』との関連がいまいちよく伝わっていなかった。


「てめぇ何も知らねぇなホント」

「ごめん!」

「……」


 潔い態度を見せられてはレオも言葉を失うしかなかった。


「……いいですか? 広く下界で知られている神の大半は『原初の神』です。そしてそんな彼らから神託を受けた候補生天使が下界で更に人間の信仰心を増やし次の神となって、その神々からまた神託を受けて次の候補生天使が生まれる……それが繰り返されて天界は成り立っているのです」

「天界神様だらけじゃねぇか!」

「いやですから、神と言っても死にますので。だからこそ『神の力』は受け継がれる必要があるわけでして」

「死ぬ前に自分の力を受け継ぐ次の神を生み出さないといけない……ってことか」

「そうです! ですが……『原初の神』が生きていれば問題は無い」

「ん?」

「『神の力』を生み出した『原初の神』が生きていれば、たとえ下界の人間たちの信仰心がなくなっても『神の力』が失われることはありません。だからこそ私たち天使の中にはそんな『原初の神』を蘇らせようと目論む者がいました」

「蘇らせる……」

「それこそが『復活の儀式』です。そのために『聖域』が存在したのですよ。この学園のあった場所に」

「もったいないなぁ。何でここに学園建てたんだ?」

「さあ? まあ私もそれは噂だとしか思っていなかったのですが……レオ君も信じているということは、本当ということなのでしょうか?」

「……だから俺はそれを確かめに来たんだって言ってんだろ」

「ではどうしてこの図書館の地下に『祭壇』があると?」

「……ししょ……いや、炎神アグニクスに聞いたからだ」

「? どうして炎神様がそんなことを?」

「……知るか」


 レオは分かりやすく目を逸らす。明らかに何かを隠しているそぶりだ。

 イッキとしては興味の無い話が続いたのでそろそろ本題に戻りたくなっていた。


「……で。シドはここにはいないみたいだな。これ以上下には降りれねぇよな?」

「そうですね。やっぱりここではないようです」


 地下二階に当たるこのフロアはひと気どころか物一つも無い。

 明かりがついたことでその空虚さが明らかになった。


「……フン。何もねぇのは明らかに怪しいだろうが。……儀式には優秀な神候補生の天使の神気が必要だ。前に行方不明になっていた先輩たちは解放されたが口止めもされていた。恐らく……先輩どもは誰かに攫われて神気だけを奪われたんだ。だからあのエリートも……」

「ん?」


 イッキたちは揃ってレオの方に視線をぶつけた。

 彼がここに訪れた理由がまるで、シドを探しに来たためであるかのようだったからだ。


「何だ?」

「えっと……つまりホントにここでその『復活の儀式』とかいうのが出来るんだとしたら、シドがそれに利用されてんじゃねぇかって思ったわけか?」

「ああ。つーかどこかに隠し扉か何かあるはずだぜ。俺は確信をもってここに来たんだ」

「……」


 最早誤魔化しようもないほどレオの目的は明らかだった。


「何だよレオ! やっぱりお前シドのこと探しに来たんじゃん!」

「は? …………あ。いや! 違う! ンなわけねぇだろ! 俺は──」


 その時、フロアが再び闇に覆われる。

 明かりが消えてしまったのだ。


「!? な、何だ!?」

「暗い」

「いってぇ!」

「!? レオ君!」


 暗闇の所為で何が起きているか全く分からない。

 ただ、誰かが誰かを殴っているような音が聞こえるだけ。


「うっ……!」

「いたっ」


 また誰かが殴られているような音が聞こえる。

 そしてイッキ自身も同様に──


「うあぁっ!」


 彼が意識を失うと、やがてフロアから声は聞こえなくなっていった。

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