13話 「行方不明事件」

神嗣学園 三〇三号室


 この日はイッキにとって驚きのニュースから始まった。


「え? 行方不明の先輩たち見つかったの?」


 ニュースを聞いたのはフルティから。

 彼女はこの日本クラスの中で最も情報通であり、イッキも彼女から毎日ニュースを聞くのが日課になりつつあった。


「ええ。何の異常もなく無事で、今も普通に学校に通っているとのことです」

「そっか。そりゃ良かった。でもどこに行ってたんだろう」

「それが……何故か先輩方は口を閉ざしてしまっていらっしゃるようで……。美しくないですよね」

「美しいかどうかはともかく、何か理由があるんだろうぜ。若者には色々とあるのさ」

「貴方先輩たちの何を知っているんですか……」


 呆れるフルティを尻目にイッキは教室を見渡す。


「……あれ? シドはまだ来てねぇのかな?」


 教室内にいる生徒はイッキを入れて九人。確かにシドだけが足りていなかった。

 授業ももうすぐ始まるというのに、彼だけがいないのだ。


「風邪かな?」

「……天使はそう簡単に体を崩さない」


 ルイは神妙な面持ちで呟いた。


「そうなのか?」

「うん。彼はいつも誰よりも早く登校していた。まだ来てないのは……変」

「……!」


 流石にそこまで聞くとイッキも不安を覚え始める。

 彼の頭の中にも『行方不明』という文字が浮かび上がっていた。


     *


数時間後


 授業が終わり、それでもシドの姿が見えることはなかった。

 イッキは鐘の音が鳴り終わるや否や担任のアリエアを追いかけて廊下に飛び出した。


「先生!」

「何ですかぁ? イッキ君」

「結局シドの奴来なかったけど……先生アイツのこと何か聞いてますか?」

「……それは……」


 アリエアは少しだけ表情を曇らせるが、真面目な目をイッキに向けた。


「……ごめんなさいねぇ。実はその……どうやらシド君、家にも帰ってないみたいなのぉ」

「え……えぇ!?」

「現在捜索活動中なんですよぉ」

「な……! ゆ、行方不明なんすか!? マジで!?」


 アリエアは申し訳なさそうに頷いた。

 流石に『行方不明』という事実を知ればイッキも何もせずにはいられなくなる。

 まだ出会ってから大した時間も共に過ごせていないが、彼は本気でシドを友達として認識していたのだ。


「でもきっと大丈夫ですよぉ。パトちゃんたちが頑張ってますからねぇ」

「ぱ、パトちゃん?」

「パトロール天使ですよぉ。正義の神の候補生たちですぅ」

「俺も一緒に探します!」

「あらぁ良い子ですねぇ。シド君のことを心配してあげているんですねぇ。友情ですねぇ」

「はい! 友達なんで!」


 イッキは握りこぶしを強く見つめる。

 先輩たちが行方不明になった時に捜索を独自に行っていたように、シドのことも自ら探すことを決意したのだった。


     *


 教室に戻ったイッキは早速クラスメイトに声を掛けた。


「みんな! シドのこと探そうぜ!」


 しかし周囲の反応は鈍い。

 イッキとは違い、クラスの皆はシドがたとえ行方不明になっていたとしても、自ら熱心に捜索しようと思えるわけではなかった。


「はぁ? 馬鹿かてめぇ。何で俺らがそんなことしねぇといけねぇんだ。馬鹿馬鹿しい」


 憎まれ口を叩きながらも誰よりも最初に返答するのはレオだ。


「だって心配だろ? なぁみんなは心配じゃねぇのかよ」

「心配ですよ? でも……だからって私達が何かする必要はないでしょう? パトちゃんだっていますしね」

「パトちゃん……」


 フルティまでアリエアと同じ呼び方をしていて、イッキはこれが正式な通称なのではないかと疑い始める。


「い、い、イッキ君。きききっと前に行方不明になった先輩たちみたいに気が付いたら戻って来るよ……」

「ロスト……そりゃ流石にポジティブ過ぎるぜ。そもそも先輩たちがいなくなっていた理由も分かってないし。もしかしたら……変なことに巻き込まれて、脅されて口を閉じてるのかもしれない。同じ目にシドが遭ってるとしたら……逆に不安だろ」

「うぅ……」


 そもそもロストはシドのことを心配していない。いやそれ以上に、どうしようもないと思っているのだ。

 他のクラスメイトも彼に対して無関心で、自ら率先して動こうとはしていない。

 むしろ会ってまだ一ヶ月も経っていないのに、ここまで心配をしているイッキの方が珍しいタイプなのだ。


「……まだ会ってから間もない奴を何でそこまで心配してやれるんだか……。どうかしてるぜてめぇ」

「レオ……」

「あのエリート君を探したきゃ一人で勝手にしてろ。……下らねぇ」


 いつもの言葉を吐いてレオは教室を去っていく。


「あぁレオさん!」

「待って下さいよォ!」


 そしていつものように彼の取り巻き二人も後ろを追いかけていった。


「口癖か……」

「イッキ、これからどうする?」


 ルイは聞かれるまでもなくイッキと共に捜索に動く気でいた。


「うん。そもそもいなくなる場合ってのは二通りしかない。事故か誰かの所為でどこかに閉じ込められてるか、自分から誰にも見つからないように逃げ回っているか」

「イッキ。天使が誰かを閉じ込めたりすることは……あまりない」

「なんてったって天使だからな」

「うん。自分から身を隠してる可能性の方が高い」

「シドが行きそうな場所分かるか? フルティ」


 情報通のフルティなら知っているかもしれないと考えて尋ねたが、彼女には全く当てが無いようだった。


「イッキ君……そんなの分かりませんよ。レオ君も言ってましたけど、私達がわざわざ彼を探す必要はありません。パトちゃんに任せた方が確実でかつ効率的です。そして……美しい」

「よし。じゃあ自分から身を隠してる可能性は捨てるか」

「はい?」

「なぁルイ。他の天使がシドを攫ったりするとしたら、それはどんな理由だったらあり得るかな?」

「……悪意が無い場合。危害を加えるつもりがなくて、後に解放する気でいるのなら……」

「一時的に閉じ込めることもあると。天使的な考え方、分かってきたぜ!」

「あの、イッキ君……」


 フルティは不審な目をイッキに向けていた。


「何?」

「何でシド君が自分から身を隠してる可能性を捨てたんですか?」

「? だってそりゃ、その場合は俺達に出来ることがないからだろ? お前が言ったんじゃないか」

「いや、それはそうですけど……」

「だったら閉じ込められてる可能性を考えるべきだ! それならもしかしたら俺達に出来ることもあるかもしれない! なぁルイ!」

「でも学外のどこかで閉じ込められてるなら探しようがない」

「よし。じゃあ学園内に閉じ込められてる線でいこう」

「な……!?」

「だってそうじゃないと俺が何も出来ない」

「い、イッキ君……何でそんなに動きたがりなんですか……」

「俺が動かないわけにはいかねぇだろ。だってさ……シドは俺の友達なんだから」


 イッキの言葉で教室が静まり返った。

 感銘を受けたからというよりは、イッキがそこまでシドのことを想ってやっていることに驚いたからだ。

 クラスメイトの知る限り、イッキとシドは別に親友と言えるほど仲が良くは見えなかった。

 明らかに今のイッキは度を超えて熱くなっている。


「……分かりました。良いですよイッキ君、貴方は……美しい。私ほどではありませんが」

「学園の中に人を隠せる場所あるかな? フルティ」

「ふむ……まあ、心当たりならありますけど」

「じゃあそこから探しに行こう!」

「え? 私も行くんですか?」

「行こう!」

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