12話 「料理」
グノーシティ メインストリート
グノーシティは神嗣学園を始めとした天界の中心都市。
イッキが住んでいるルイの家もあるのだが、今日は帰り道を遠回りして先に学園を出たフルティのあとをつけていた。
彼個人もフルティが何を隠しているのか気になったからだ。
「気になっちゃったけど……ん? どこに入ってくんだ?」
フルティは一つの白い建物の中に入っていく。
建物を見上げると、上の階の窓に文字ステッカーが貼られているのに気付く。
それはそれは分かりやすくでかでかと、『料理教室』と記されていた。
「イッキ?」
その時、イッキの背後からルイが現れる。
フルティのあとをつけていたことが知られては微妙にまずいと考え、イッキは少し焦りを見せた。
「げ」
「何その反応」
「い、いや何も……」
怪しんだルイは目の前の建物を見上げ、『料理教室』の文字を発見する。
そして、ハッとした反応を見せると勝手に何かを納得した。
「……そうか」
「何が?」
「頑張れイッキ。私の胃袋のために……」
「は?」
「行ってらっしゃい」
「……」
ルイがじっと見つめたまま立ち止まるので、イッキはもう建物の中に入るしかなくなってしまった。
*
エリクサライトビル 五階
そしてイッキは、するすると周りに溶け込んで『料理教室』に参加した。
「いいですか! 料理において一番大事なのは『愛』……ではありません! 『味』です! 当たり前です! 『愛』があれば不味くてもいいなんて考えは浅はかです! 『愛』を示したければまず美味しい料理を作れるようになるべきなのです!」
教壇から高らかに演説するのはふくよかな巨体の女性天使。光輪と光翼も体格張りに巨大で色も華やか。彼女がこの料理教室の先生なのだ。
「さあ! 今日も頑張っていきましょう! レッツ・クッキング! 皆さんも!」
「「「「「レッツ・クッキング!」」」」」」
イッキは完全に自分が場違いな場所にいることを理解した。
「すげぇとこに来たなぁ」
「……あの、イッキ君が何故ここに?」
料理教室に紛れ込んだイッキはすぐにフルティに気付かれた。
「フルティこそ何でここに?」
「……それは……」
フルティは気恥ずかしそうに目を逸らす。
「今日は今までの練習の成果を見せる時です。初めての方もいるようですが……気合いでいきましょう! 気合いで!」
「お、おお……」
イッキは体験という形で割と無理やり参加したのだが、当然彼への配慮は何も無い。
それでも彼は周りを真似て料理を始めるのだった。
*
「素晴らしい! 貴方には才能があるようですね!」
「え、そ、そうっすか? ども」
ボウルを片手にホイッパーを動かすイッキの傍に、巨体の先生が現れる。
「フルティちゃん! もっと素早く! かつ丁寧に!」
「は、はい!」
彼女の言う通りフルティよりもイッキの方が手捌きが洗練されていた。
確かにイッキには料理の才能があったのだ。
「良いですよ! イッキ君! 貴方は泡立ての天才! きっと泡立ての神も貴方に神託を与えようとしてくれることでしょう!」
「そ、そっすかね……。神託ならもう最高神から貰いましたけど……」
「冗談の才能は無いみたいですね」
「……」
白け顔になりながら高速で腕を動かす。話しながらもイッキの手つきに無駄は無い。
「フルティちゃん! イッキ君を見習って!」
「く……は、はい!」
少しだけ悔しそうに歯を噛み締めつつも、言われた通りイッキを真似てホイッパーを回す。
だが悔しく感じていたのも最初だけで、他の皆がイッキの様子を見て彼を尊敬し始めると、彼女もイッキを参考にして自分の料理作りに専念し始めた。
甘い匂いが教室内に漂い始め、暫くして、料理は完成する。
この日の目標はケーキ作りだった。
「イッキ君、もう貴方に教えることは何も無いわ」
「何も教わってませんけど……」
イッキはさも当然かのように三段ケーキを作り上げていた。
何故か先生は感動して勝手にイッキ作のケーキを食べ始める。
「あむあむ……フルティちゃんも良く出来てるわ。あむあむ……美しいフルーツケーキ!」
「ありがとうございます! 美しい先生のおかげです!」
「あらお上手ねぇ……あむあむ」
フルティは達成感を表情に出しながら小さくガッツポーズをしてみせた。
イッキはそれを見て何となく彼女がここに来た目的を察し始める……ことは別にない。
「なんか勝手に食われてる……まあいいか」
先生にケーキを食べられるのを眺めつつ、イッキは小さく息を吐くのだった。
*
数刻後 グノーシティ メインストリート
イッキとフルティは一緒に帰り道を歩いていた。
「結局何で隠してたんだ? 料理教室に通ってること」
「……努力しているところをわざわざ伝えるなんて美しくない真似、この私がするわけないじゃないですか」
「でも何で料理教室に?」
「……」
少し思案したのち、フルティは一度溜息を吐いてハッキリ説明をすることに決める。
「……まあ、もういいかもしれませんね」
「ん?」
「今日までは隠す必要がありましたけど。『これ』も明日渡すわけですし……いいですよ、教えてあげちゃいましょう」
フルティは手に持った先程完成したばかりのケーキの入った袋をスッと持ち上げる。
彼女はその袋に対してとても優しく穏やかな目を向けていた。
「……明日が誕生日なんです。パンジーさんとヴィオラさんの」
「え? …………あ」
イッキはあの二人の誕生日が同じだったという話を聞いたことを思い出す。
「サプライズです。美しく。だからクラスのみんなに悟られないようにしたかったんです」
「ああ……そういうことか。だから帰りに俺が声掛けると動揺してたのか」
「イッキ君は特にお喋りですからね。おまけに話そうと思っていなくても、イッキ君と話してると勝手に口から出ちゃうかもしれないですし」
「? 何で?」
「イッキ君は他人に取り入るのが得意なようですから」
「別にそんなことねぇけど……」
「嘘です! ロストさんにシド君、そして……パンジーさんにヴィオラさんとも! なんか仲良くなってたじゃないですか!」
「あ、あの二人も?」
「違うとは言わせませんよ! 今日の昼休み、隠れて何か話してたじゃないですか!」
「あ、そ、それは……打ち合わせみたいな奴で……」
「もしあの子たちに何か酷い事してたら私! 許せませんからね!」
完全に誤解ではあるが、フルティは必死な表情でイッキに真っ直ぐな視線をぶつける。
それを見て、イッキはまた不思議と嬉しくなった。
「……そうか」
イッキは確信する。彼女ら三人には確かな友情があるのだということを。
心配することなど初めから何も無かったのだ。
「聞いてますか? イッキ君!」
「はは……何だそういうことかぁ……」
納得しながらフルティを受け流す。そうして足取りはゆっくりとしながら、イッキは帰路を進み続けた。
そんな彼の手にも自分が作ったケーキの一部が入った袋が握られている。
大体は料理教室の面々に食べられたが、彼も少しだけ持ち帰ることにしたのだ。
一応、彼にも渡そうと考えている人物がいたので。
*
ルイの家
イッキは自分が作ったケーキをルイに食べさせることにした。
彼女もイッキが帰ってきた途端、両手を差し出して料理教室での成果を待ちわびていたので、躊躇う余地はなかった。
「美味い?」
「美味しい」
「そりゃ良かった」
ルイの家はとても大きいが、住んでいるのはイッキとルイの二人だけ。
独りでは広すぎる部屋を見渡せば、それだけでルイがこれまでどれだけ寂しい暮らしをしていたのかイッキには理解できる。
彼がご飯を作ると言い出したのは、そんな彼女に喜んでほしかったからという理由もあった。
「……家の掃除もしようか?」
「自動清掃されるから大丈夫」
「じゃ洗濯」
「自動洗浄、自動乾燥されるから大丈夫」
「……もしかして、飯も俺が作る必要なかったりとか……」
「……」
無言のまま目を逸らす。少なくとも彼女はイッキが来るまで料理などしたことがなかった。
「……」
「あ、いや……イッキが作ってくれた物が一番美味しい。嘘じゃない。ホント」
「……そっか。……そうだよな! 俺って飯作りの天才なのかもなぁ!」
「よ、天才。よ。よ」
「よせやいよせやい!」
二人しかいない広い家だが、寂しさなどとは無縁の明るい声だけが響き渡っていた。
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