11話 「友達」

神嗣学園 三〇三号室


「イッキ。お腹空いた。食堂行こう」


 ルイはイッキの肩を連打でつつく。


「いや、その必要はねぇぜ」

「何だと?」


 イッキは自身の鞄の中から謎の風呂敷包みの箱を取り出す。

 それも一つではなく二つだ。


「何じゃこれ」

「フフフ……今日俺が早起きしていたのに気付かなかったか?」

「いつも早起きしてるし」

「これは弁当だ!」

「何」

「食堂に行くよりこっちの方が安いと思ってさ。お前の家に世話になってるわけだし、これくらいしねぇとな」

「おお……」


 若干分かりづらいがルイは感動したようで、瞳に輝きを灯していた。


「凄いねイッキ君。料理出来るんだ」

「おう、シド。やろうと思えば何とかなるって奴だ! 作り方見てその通りにやれば俺でも出来た!」

「へぇ」


 教室内は十人の生徒しかいないので、イッキがルイの弁当を作っていたという話はこの場の全員の耳に届いている。


「レオさん、あの二人やっぱりデキてるんスかね」

「知るか! クソどうでもいいんだよそんなこと!」

「良いなぁ……」


 レオたちは一瞬イッキの方を気にしたが、すぐにまた自分たちの話に戻る。

 彼らはそこまでイッキらの話に入りたいとは思っていなかった。


 日本クラスでは二つのグループが出来ていて、レオとその取り巻き二人のグループと、フルティとその取り巻き二人のグループがある。

 ルイは常にイッキと行動しようとしているが、イッキは全員と満遍なく話をしようとしているため登下校以外は目論見通りにならない。

 つまりグループに所属していないイッキ以外の三人は、皆イッキとしかあまり会話をしようとはしなかった。

 だからこそロストはルイに弁当を作ってきたというイッキに対して驚愕の目を向けている。


「……い、イッキ君。ふ、二人はど、どど、どういう関係……」


 ロストはいつも周りを見ていなかったので、イッキとルイが普段一緒に登下校していることに気付いていなかった。


「ん? ああ、俺ルイの家に住んでるからさ。飯も作ってる」

「……」

「二人暮らし」


 ルイは真顔のままあっけらかんと言い放つ。

 周囲の時間が止まったことに、二人だけは気付いていなかった。


「頂きます」


 そして、ルイはさらっと弁当を食べ始める。


「美味い?」


 ルイは激しく頷いた。感動で若干涙ぐんでいる。


「おお良かった! じゃ、これからは昼飯弁当で!」

「異議なし」


 イッキとルイのふんわりとした食事の雰囲気が教室に放たれ始めると、皆少しだけ居た堪れなくなる。

 そんな中、二人の間に入っていけたのはフルティだった。


「イッキ君」

「なんじゃら」


 食事中のイッキは手で頬張る口元を抑えながら彼女の方に視線を向ける。


「お料理が上手なのですね。驚きです。美しいです」

「ろうも」

「……あの……」

「ふむ?」

「……いえ、やっぱり……」

「あむ?」

「……ごめんなさい、何でもないです。ではまた」

「ふぁ?」


 勝手に自分の中で悩んで解決したのか、フルティはそのまま教室を出ていった。

 意味不明になりながらも、イッキはたいして気にもせずそのままルイと食事を進める。

 だが彼女が言わんとしたその内容は、イッキもすぐに知ることとなった。


     *


数日後


「またな!」


 イッキは誰に対しても同じように明るく挨拶をすることを信条としている。

 今日も授業が終わり、イッキは当然の如くフルティに挨拶をかました。


「あ、は、はい。では、また……」

「じゃーなー」


 フルティは明らかに動揺しながら去っていく。

 その様子を見て違和感を持たないのはイッキだけ。いつものフルティの取り巻き二人はすぐに感じ取った。

 二人は刺すような瞳でイッキを睨み付け、そして──


     *


神嗣学園 第三キャンパス校舎裏


 ダァンッ


 イッキはフルティの取り巻き二人に迫られた。

 背は壁で、二人のうち一人は右手を壁に叩きつけていた。まるでイッキを逃がさんとするかのように。


「……あ、あの、何でしょう?」

「あら? とぼけていらっしゃるのかしら?」

「このスケコマシさん!」


 イッキは謎の迫力に押されて腰を落としていた。


「な、何のことすか姐さん方……」

「む。もしかしてわたくしたちの名前をご存じない?」

「いや知ってるよ。そっちのツインテがパンジー。三つ編みハーフアップがヴィオラ。髪型二人とも似合ってるよな」


 詰め寄ってる側である自分たちがいきなり褒められて、二人とも思わずたじろいだ。


「な、なるほどそういう手口でフルティさんをかどわかしたのですわね!」

「ずるい!」

「何の話だよ……」

「とぼけないで下さいまし!」


 殊更に丁寧な口調なのはパンジー。彼女はピンクの光輪に緑の光翼を持っている。


「明らかに最近のフルティさんは貴方に対しての反応だけが変なのよ! これはもうそうとしか考えられないでしょ!? ど、どう考えてもフルティさんは……フルティさんは……あばばばば」


 ひとりでに興奮して目をパチパチさせているのはヴィオラ。彼女の光輪の色はシアンで、光翼はノコギリ包丁のような形をしている。


「……俺は全く覚えが無いんだけど。最近のフルティが変だとも思わないし……」

「じゃあまた明日試してみると良いですわ!」

「最近のフルティさんは貴方に別れの挨拶を受けるたびにドギマギしているのよ! 明日もバイバイすればその反応で分かるわ!」

「は、はあ……。でも何で二人ともそんなに熱くなってんの?」

「そんなの……」


 二人は一度互いに目を合わせ、真剣な顔でイッキを見つめ直す。


「……フルティさんのことが大事だからに決まってるじゃない」

「もし本当にイッキさんのことをゴニョゴニョ……だったら、貴方がフルティさんに相応しいかどうか、見極める必要があるのですわ!」

「それは……友達だから?」

「「当然!」」


 イッキはそれを聞いて不思議と嬉しくなっていた。


「仲良いんだな……学園入る前から友達だったのか?」

「いいえ。私達は学園に入ってからフルティさんと知り合ったわ」

「へぇ。じゃあパンジーとヴィオラはその前から知り合いだったんだ」

「はい。中等学校で」

「たまたま誕生日が同じだったことがきっかけだったかしら」

「ふーん。で、フルティとはどういう感じで──」

「もう! どうしてこっちが質問攻めにあってるんですの! いいから! 貴方はフルティさんの想いが真実かどうか確かめて下さいまし!」

「……はい」


     *


翌日


 イッキはパンジーとヴィオラに脅されてフルティに別れの挨拶をすることになる。

 いつもしているのに、他人にやらされると緊張して若干汗が滲む。


「あ、フルティ!」


 彼女が帰ろうとしたところで、イッキは声を上擦らせながら呼び止めた。


「え? な、な、何でしょう?」


 やはり彼女は不思議と動揺していた。


「あ、いやぁ……」


 緊張していたイッキは視線をパンジーたちに向けるが、彼女らは強い目で頷くだけ。


(いや、『うん!』じゃなあいんだよなぁ……)

(でもフルティの様子は確かに少し変だな。いや、そうでもない……? 聞くだけ聞くか……)


 取り敢えずイッキは直球で尋ねることにする。


「なんか最近変じゃないか? いつも俺が帰りに挨拶すると動揺してるみたいだし……」

「そそそそんなことはないですよ!?」

「おお。やっぱり変だ」

「ななな何を……」

「なんか隠してる?」

「それではごきげんよう!」


 フルティは無理やり押し黙らせて教室を出ていった。

 図星なのは明らかだ。

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