10話 「エリート」
神嗣学園 三〇三号室
イッキとルイは行方不明となった先輩の捜索を独自に進めていた。
しかし、残念ながら成果はゼロだった。
「なぁルイ。行方不明の先輩たちについて何か分かったことあるか?」
イッキは座りながら自分の机の上にだらりともたれかかって、目の前に立つルイに尋ねた。
「何も」
彼女はいつもの無表情のまま首を横に振る。
「だよなぁ……。何とかならねぇなぁ……」
イッキはゆったりと起き上がり腕を組む。
何とかする方法を彼なりに考えているのだが、手配書をばら撒いたり餌で誘き寄せたりなどの成功率の低い方法しか思いつけない。
「何の話?」
そう問いかけてきたのは円盤型の光輪を持つ少年シド。
「ああシド。お前知ってる? クラス委員の集まりで聞いたんだけど、なんか最近二年と三年の先輩が一人ずつ行方不明になったんだと」
「え? あ、ああ……そうなんだ……。それは大変だね」
「俺の予想だと次は一年の誰かが行方不明になる! そんな気がするぜ! だから早く何とかしねぇと……」
「何とかって?」
「そりゃお前…………何とかって奴だ!」
「そ、そっか……」
顔を引きつらせるシドを横目に、イッキはレオの方に体を向けた。
「なぁレオ! 授業終わったら一緒に先輩たちを探さねぇか?」
「はぁ? 何で俺がてめぇに協力しねぇといけねぇんだよ。馬鹿が」
「いや、暇かなって思って……」
「それで真っ先に頼むのが俺か! てめぇこの野郎!」
「まあ嫌ならいいけど」
「当たり前だ! フン……エリート同士、そいつと一緒に探してろよ!」
レオはまた逃げるように教室を出ようとする。
「待って下さいレオさん!」
「レオさーん」
やはり取り巻きたちはそんなレオのあとを追いかける。
「……下らねぇ」
レオたちが出ていくとイッキとルイは顔を合わせた。
「また言ったね」
「ノルマかな」
レオに聞こえていたらまた喧嘩が始まったことだろう。
二人はレオの反応をかなり面白がっていて、既に彼らが以前いきなり因縁をつけてきたことも忘れかけている。
未だにイッキたちとどう接したらいいか分かっていないレオとはそこが違う。
「……というかアイツの言ってた『エリート同士』って何だ? ルイのこと?」
ルイは首を横に振ってシドの方を見る。
「じゃあシドか。お前エリートなのか?」
「……どう……だろうね」
シドは少しだけ悲しそうに俯いた。
それだけで彼が『エリート』と呼ばれることがあまり好きではないと思ったのか、イッキは深く尋ねようとはしなかった。
彼自身も自分が最高神の候補生だからといって『エリート』であるとは思っていなかったので、必然的にレオの偏見を疑う。
「……うーん。レオとももっと仲良く出来たらいいんだけどな。なぁ、シド! 友達は多い方が良いもんな!」
「……どうして君はそんなに友達作りに拘るのかな?」
「いつ独りになるか分からないからさ。俺は寂しがりやでさ、不安なんだよ。それに人間いつ死ぬかも分からない。後悔しないように生きねぇとな」
「? 僕ら人間じゃないけど……」
「ああそうだったな。でも天使も同じさ。そうだろ? ルイ」
ルイは大きく頷いた。
イッキは人間だった頃から積極的に人付き合いはするタイプだったが、一度死んでそれがさらに顕著になった。
後悔をしないためと多少行き過ぎな部分も出ているのは、否めない事実ではあるかもしれない。
*
神嗣学園 第四体育館
本日の授業は座学ではなく実技。
担任のアリエアに連れられて、イッキたち日本クラスの生徒十人は、動きやすいジャージに着替えてこの体育館に集まった。
「はぁい。今日はみんなで仲良く体を動かしましょうねぇ。天使として、しっかり空を飛べないと下界に行くことは出来ませんからぁ」
「……フン……」
アリエアの言葉に不満顔を見せるのはレオ。彼は『仲良く』という部分が気に障ったのだ。
「はい先生!」
「何ですかぁ? イッキ君」
「実は俺、空飛べないんすけど」
「大丈夫ですよぉ、たまにそういう子もいますからぁ。練習しましょうねぇ」
「はい!」
そうして室内での飛行訓練が始まる。
生まれついての天使である他のクラスメイト達は難なく光翼をはためかすことが出来るが、元人間のイッキは違う。
彼は自身の光翼の動かし方も分からなかった。
「あらあらイッキ君。今日の目標は空中バク転ですよ? そのままだと居残りですね」
フルティは翼を広げて空を飛んでいて、文字通りイッキを見下ろすような物言いを発した。
他の面々も空を舞い、今日の目標である『空中バク転』の練習に励んでいる。
「マジで!? 居残りとかあんの!?」
「大丈夫ですよぉイッキ君。先生と一緒に頑張りましょうねぇ」
「私も一緒に残る」
そんなことを言いながら、ルイは『空中バク転』に加えて『空中バク宙』も軽々と達成してみせる。
ちなみに『空中バク転』は一回転で、『空中バク宙』はそれ以上の回転を意味する。
回転中は飛行制御が不可能なので、上手くいかない場合そのまま落下する可能性も高い。
皆一人一人『空中バク転』の練習中だったが、そもそも飛ぶことすら出来ないでいるイッキを見て、レオとその取り巻き二人はわざわざ彼を笑いにやって来た。
「ハッ! 何だてめぇ空も飛べねぇのか。そもそも『
「アハハハ! 肩甲骨に力を入れるような感じなのに、それすら出来ないんだな!」
「笑えるっスね! 神気を操るのに一番重要なのは、ただそれを自覚するってことだけなのに!」
暗に教えてやっているのは彼らの無自覚な優しさ。
イッキはそれをすぐに理解できた。
「なるほど……『神気』か。先生、それ何?」
「あら? イッキ君、それは……」
「うん?」
「……ああ、そういえばイッキ君は……。フフ……あらあらそうでしたねぇ。イッキ君の場合はそこから教えないとでしたねぇ」
「何なんですか? 『神気』って」
「天使は生まれた時からその体の内側に特殊な器官を持っているんですよぉ。神や人の力を借りるときに、受け皿にする器官がぁ」
「はぇー。それが『神気』?」
「いえ。その器官を動かすエネルギーが『神気』ですよぉ。イッキ君もきっと、最高神様に与えられた力を使う時にそのエネルギーを発しているはず……」
「……ああ、そういうことか……」
イッキはアリエアの言うことを理解したのか、一度目を瞑って力を込めた。
すると彼の光翼が羽ばたき始める。
ゆっくりと足が床を離れ、だんだんと浮かび上がった。
「飛べるじゃん」
「飛べた!」
しかし、力を抜いたその瞬間、イッキは地べたに勢いよく落下した。
「痛い!」
「落ちた」
「ぐぅ……何故だ?」
これくらいの落下では大した痛手にならないのが天使の身体。イッキはすぐに上体を起こした。
「イッキ君。どうして神気を緩めたのぉ?」
「いや、『あの力』を使う時はいつも力を入れ過ぎないようにしてるから……。そっか、継続しないといけないんですね。ボタンちょい押しじゃなくて長押しって感じですね!」
「『力を入れ過ぎないようにしてる』? うーん……よく分からないけど頑張ってくださいねぇ」
*
暫くして、コツを掴んだイッキはやがてこの日のノルマだった『空中バク転』を始めとする柔軟飛行をある程度達成した。無論一度成功しただけでマスターしたとは言えないが。
授業を終えると、体育館の隣にある更衣室を出たイッキは、体育館の中にひと気を感じて中を覗き見た。
「ハッ……ハッ……ハッ……」
中に居たのはシドだった。彼は膝を抱えて息を切らしている。
「よおシド。何してんだ? もう授業終わったろ」
「ああ……い、イッキ君……」
二人は体育館の壁に寄り掛かって座った。
どういうわけかシドはまだジャージのままで、飛行練習をしていたようだった。
「お前もう空中バク転も空中バク宙も出来てたじゃん。柔軟飛行マスターしたのに、まだ練習すんのか?」
「柔軟飛行以外にも、高速飛行や障害物飛行とかがあるんだよ」
「? それって先の授業でやるんじゃねぇの?」
「うん。でも……だからこそ……さ」
イッキが首を傾げると、シドは小さく微笑んで天井を見上げた。
「……レオンハート君が言ってたろ? 僕は確かに良い家を出て、それはそれは高名な神から神託を受けてこの学園に入学した。彼の言う通り……まあ、エリートという立場なのかもしれない」
「かもしれない?」
「……僕は恵まれてるけど、僕自身はそこまでの男じゃない。それでも周りにエリートだと思われるのなら……エリートらしく振る舞わないといけない。だってさ、そうでないと馬鹿にされるだろ? 僕じゃなくて……僕に恵みを与えてくれたみんなが」
「そうなのか? 俺はそんなことないと思うけど──」
「そうなんだよっ!」
突然シドは声を荒らげる。
呆気に取られたイッキは思わず口を半開きにしてしまった。
「……ごめん。まあ簡単に言うと、僕はエリートだから、エリートらしくエリートにみんなより先を行っていないといけないと思うエリート」
「すげぇ……語尾までエリートだ」
「……フッ。冗談だよ」
「まああんま気にすんなよ! 俺はお前がエリートだろうとシロートだろうと友達だからな! これからも仲良くエリートしようぜ! エリート!」
「ゲシュタルト崩壊してきた……」
「よし! じゃあ俺着替えてくる!」
「え? もう着替えてるじゃん……」
「ジャージにだよ! レオが言ってたろ? 二人で仲良くしろって。一緒にエリートろうぜ!」
「イッキ君……」
イッキは背を向けてまた更衣室へ向かっていった。
だからこそ彼には、今のシドがどんな表情をしているか見ることが出来なかったのだった。
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