8話 「クラス委員」
神嗣学園 三〇三号室
「つまり日本では国教が定められておらず、自身を無宗教とする人々が多い一方で、汎神論的感覚に共感を抱く割合は少なくないんですよぉ」
本日は二度目の授業日。
担任のアリエアはのんびりとした口調で授業を進めていく。
話の途中だったが、想定の範囲を終える前に学園の鐘が鳴り響いた。
「あらぁ? 残念だけど今日はここまでねぇ。……あ、そうだぁ。クラス委員決めといてくださいねぇ。それじゃあ」
ゆったりとした動きで教室を出ていった。
彼女の最後の言葉通り、教室の面々は『クラス委員』についてどうするかを悩み始める。
「さあて皆さん! クラス委員を決める投票を行おうではありませんか!」
大きく溌剌とした声で立ち上がったのは、象牙色のボブヘアの少女。
花冠のような光輪と真っ白な光翼を持っている。
「あぁ? 馬鹿か? やりてぇ奴が勝手にやりゃあいいだろうが……」
レオはそう言いながら席を立つ。
「待って下さいレオさん!」
「レオさーん」
取り巻きらしき二人の男もそれに付いて行く。
そして、イッキとルイはその様子を眺めながら呟いた。
「言うに百」
「言わないに二百」
二人はそのままレオの後ろ姿を見つめ続ける。彼は扉に触れると、それを開くために一度立ち止まった。
「……下らねぇ」
そんな一言だけ残してバタンと扉を閉めていく。
取り巻きの二人はわざわざ閉められた扉をもう一度開けてレオを追いかけるのだった。
「そら言った! 俺の勝ち!」
イッキとルイはレオが捨て台詞を残して去るかどうかを賭けていたのだ。
それを理解した先程のボブヘアの少女は頬を引きつらせる。
「貴方たちレオンハート君で遊んでいるんですか?」
「いや、アイツ思った通りの言動してくれること多いから面白いんだよ」
「……そのうち怒られますよ?」
「大丈夫。あの人いつも怒ってる」
ボブヘアの少女は二人がレオの扱いに慣れ始めているのかもしれないなどと考え、呆れつつも話を戻す。
「……とにかくクラス委員を決めましょう。美しく、投票式で!」
「待ってイッキ。今気付いたけど、イッキはお金ないのに賭けなんて出来ない」
「ぐ……ば、バレたか……」
「今のはノーカン」
「そんな……!?」
「話を聞いてくれます?」
イッキとルイ以外のクラスメイトは皆彼女の話を聞いていた。
それに気付いた二人もようやく反応を見せる。
「えっと……投票って、クラス委員を投票で決めんのか? レオも言ってたけど、やりたい奴がやればいいんじゃないの? 例えば……」
目の前の少女の名前を呼ぼうとしたが、イッキはまだクラスメイトの名前を全員は覚えていなかった。
「フルティです。美の神の候補生。誰よりも美しい女であり……誰よりも美しい結果を求めるのがこの私。オーライ?」
「お、おう……。ならお前がやればいいんじゃない? そんな自己評価高いならさ」
「駄目です。それでは美しくありません。美しい結果を生むためには、美しい過程が必要なのです。オーライ?」
「レオたちいなくなったから七人で投票すんの?」
「そうです! もちろん皆さん構いませんよね?」
フルティは教室を見渡す。
いの一番に元気よく頷いたのは二人の女子。
「はい! フルティさんの言う通りですわ!」
「投票で決めましょう! まあ当然選ばれるのはフルティさんだけどもね!」
この女子二人はフルティの取り巻きであり、彼女のことを慕っていた。
つまり投票の前から既にフルティに三票が入ることが決まっていたのだ。
「……やっぱり投票の意味無いんじゃ……」
「それでもやらなければ美しくありません! 全員が納得しなくてはいけないのです!」
「はあ……。でもなりたくない奴もいるだろうし、投票先くらいは決めようぜ」
「なら私と貴方で良いでしょう。そうでしょう皆さん。この場でクラス委員に相応しいのは私達のいずれかのはずです!」
「何で俺?」
「貴方が最高神の候補生だからでしょうに」
「えぇ……まあいいけど」
「皆さんも問題無いですね!?」
誰も何も言わない。ただ彼女の取り巻き二人が頷くだけだ。
「では! この私、フルティこそがクラス委員に相応しいと考える方は挙手をお願い致します!」
手を挙げたのは、やはり取り巻き二人と彼女自身…………だけだった。
「な……!? ば、馬鹿な……この私が、ま、負けるなど……」
「え? どういうこと? 他の三人はみんな俺に票入れる気?」
思わぬ状況にフルティだけでなくイッキも驚愕している。
二人とも当然フルティが選ばれるものだと思い込んでいたのだ。
「ふ、フフ、フフフフフフ……。これが、今の私の現在地点というわけですね……」
「え? いやちょっと待てって。マジで俺で良いの?」
「しかし何故私ではなくイッキ君を選んだのか! それだけは聞かせてください、お三方!」
情熱的な振りを受け、フルティに手を挙げなかったルイは仕方なく答えようとする。
「……私は──」
「貴方はいいです。分かり切ってますから」
「分かり切ってるのか」
「……」
ルイは開こうとした口を少しだけ残念そうに閉じた。
「貴方は何故ですか!? シド君!」
フルティに呼ばれ、本を読みながら話を聞いていた黒髪の少年はその本を閉じる。
彼の光輪は黒い円盤で、光翼も円盤のような形のものが亀の甲羅のように背中に添えられている。
「消去法」
「この私を消した!?」
愕然とするフルティを見て、シドと呼ばれたその少年は少し言葉の選択を間違えたかと考える。
「……いや、僕はただイッキ君が……いや、何でもない」
「説明してください! イッキ君ではなく私を消した理由を!」
「消されてははねぇだろ」
イッキの声は彼女に届いていない。
「……イッキ君は……僕に挨拶してくれたから」
「は?」
それは今朝のこと。
イッキは元気よく教室に入り、誰よりも最初に来ていたこのシドにそれはそれは大きな声で挨拶をした。
彼が人間の時から行っている普通の挨拶だ。
ただ、『おはよう!』と言っただけのことだ。ちなみに彼ほど大声ではないがルイも言っている。
「……フルティさんは話すのこれが初めてだから。僕はどちらでも良いけど、二人のどちらかと聞かれたらまあ……イッキ君かな」
「グハァッ!」
何故かフルティはダメージを受けたかのように一歩引き下がる。
「フルティさん!」
「フルティさん!?」
彼女の取り巻きが心配そうに彼女に駆け寄った。
「ふ……な、なるほど。とても美しい理由ですね。ええ、美しい。ビューティフォー……」
フルティは額に若干滲み出てきた汗を拭い、よく分からない何かに納得した。
一方のイッキは今のシドの言葉に少し嬉しくなって、彼の傍に近寄る。
「シド! お前良い奴だな! 嬉しいぜ! これから俺ら友達な!」
「と、友達……?」
シドはわなわなと震えだした。
「ぼ、僕に……僕なんかに友達? は、ハハ……面白い事を言うなぁ。一体何を企んでいるのか分からないけど……そ、そんな……そんなこと言われても僕は……!」
そう言いながら、彼は大粒の涙を溢れ出させていた。
「うおっ!? ど、どうした!?」
「友達って……僕のことを友達って……」
「あ、ああ。よろしくな」
「う……う、うぐ……ぐぅ……」
号泣している。少しだけ歓喜の嗚咽も混じっている。
「良かったですね。それで貴方は何故彼に?」
気を取り直したフルティは、最後の一人に理由を尋ねた。
その相手は昨日イッキが図書館で話した少女、ロストだった。
「……い、いや普通にイッキ君でいいかなと」
「普通に!?」
「ひぃっ! ご、ごめんなさいごめんさいごめんなさいごめんなさい。ふ、フヒ。ケヒヒヒヒヒヒヒヒ」
恐怖が過ぎて何故か笑い出す。ロストはそれだけ他人に迫られるのが苦手だったのだ。
「貴方笑い方怖いですね……」
「ケヒヒ……ご、ごめんなさい……」
謝りながら彼女はイッキの方を見つめる。
ただ、今彼は何故か涙を流し出したシドへの対応に忙しく、自分に票を入れてくれたロストに何も言えずにいた。
「……まあいいです! 私もまだまだ美しさが足りないということですね! これから精進させて頂きます! ではイッキ君、いいですか?」
「そんなに泣くなって……」
イッキはまだ泣き止まないシドに構っている。
「今日のクラス委員集会、貴方が出て下さいね?」
「だから泣くなって………………え?」
シドに構いつつも、フルティの声は聞こえていた。
「クラス委員の集まりです。どうぞよろしく」
「……え?」
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