7話 「無能」
神嗣学園 食堂
「ほほぉ。ひれぇなー」
近未来的な学園の中で、この食堂はとりわけ機械仕掛けだった。
スタッフはおらず、自動で料理が作られて、自動で会計清算が行われ、自動で選択した料理が出てくる。
学生たちはただ好きな物を選んでお金を払うだけで良いのだ。
「丁度腹減ったし飯食うか! 昼休みだし!」
「……お金あるの?」
「……ねぇな。というか天界の金って何?」
「エル」
「俺、スカイ豚肉の生姜焼き好きなんだよな。値段は……六百エル。スカイ紅鮭のムニエルは……八百エル。これって安いの? 高いの?」
「高い。一般的には」
「そうか……だよな。高いの使ってんのか? じゃねぇとお前の家の冷蔵庫に同じ具材があるわけねぇ」
「ショバ代」
「ヤクザ?」
とにかくイッキにはお金が無いので、残念ながら食堂で腹を満たすことは諦める。
食堂に背を向けて二人はまた別の施設を見に行くことにした。
「しかし金ないのはまずいよなぁ。バイトとかした方が良いかな?」
「しなくていい。私お金持ってる」
「いやでも」
「私が養うから大丈夫。安心して」
「……」
母性の塊のような笑みを向けられて、イッキは顔を引きつらせる。
「でも住む家も必要だしさぁ」
「私の家に住めばいい」
「……マジで? 良いの?」
ルイはコクリと頷いた。イッキはまだ天界に来たばかりで、今のところルイの家で寝泊まりをしていたのだが、彼女はそれを望んでいたのだ。
「ルイ、お前ホント良い奴な」
「……イッキは私を助けてくれたから」
「……でも俺もお前に助けられたような記憶があるんだよなぁ……何でだろう?」
イッキは先日見た夢の内容をいまだにハッキリと覚えている。
まるで、それが実際に体験した出来事であったかのように。
*
神嗣学園 図書館
この学園の図書館はそれだけでかなりの敷地を占めている。
内部はもちろん高水準の技術で仕上がっており、途轍もなく高い場所まで本棚はあるものの、地上の機械で検索すれば棚から壁の後ろや地下を通って欲しい本が手元に届けられる。
しかも空を飛ぶ小さな椅子に乗れば、直接取りに行くことも出来る。
「おお! 俺アレ乗りたいなぁ。入ろうぜルイ」
「……学生証が無いと入れない」
「え? お前貰ってないの?」
イッキは懐から自分の学生証を取り出した。
「いつの間に」
「休み時間の間にな。事務局で配られてたから、お前も今から取りに行けよ」
「りょ」
ルイは無表情のまま敬礼して、綺麗に回れ右をして事務局へと走っていった。
それを見届けると、イッキは一足先に中に入る。
図書館には入ってすぐの場所にゲートがあって、内部にICチップが仕込まれた学生証を通せばそのゲートが開く仕組みだ、
「……いやしかし凄いなぁ。日本の本あるかな?」
イッキは図書館の一階の本棚を見て歩く。
床があるのは二階までだが、棚はおよそ五階分までは積み上がっている。
空飛ぶ椅子を利用する者もいれば自らの翼を利用する者もいる。
「……ん? これって日本の……」
イッキは見覚えのある本を見つけ、それに手を伸ばす。
すると、横から同じ様にして伸ばしてきた手と少しだけ触れることになった。
「あ」
「え」
その手の正体は、イッキより少し背の小さい女子だった。
片目が長い髪で隠れていて、黒い光輪と光翼を持っている。
「あ、その、あ、あぁ……うぅ……」
「ああ悪い悪い」
驚いて引き下がってしまった彼女を見て、イッキはお互いに取ろうとした本を彼女に渡そうとする。
「はいどーぞ」
「……ッ! あ、あり、あり、ありありあり……」
「蟻? アント?」
「ありありありりりり……」
「?」
「……がとございます……」
「お? おう!」
取り敢えず笑顔を向けたが、女子は明らかに激しく怯えている。
手を震わせながら本は受け取ってくれたが、イッキは自分が恐れられているのかと思って不安を抱き始めた。
「えっと……同じクラスだよな!? 名前はまだ聞かなかったけど……間違いない! これからよろしくな! 俺はイッキ! お前は?」
「……ろ、ろ、ろす、ろす、ロスト……」
「そうかロストか! よろしくな!」
「……うぇ……ひっ」
イッキが少し動いただけで体を大きくビクつかせる。握手しようとしたのに、彼女は応えられなかった。
「……じゃ、じゃあまたな」
「あ……ま、待って」
「ん?」
「……よ、よ、読みたいなら……い、一緒に読んでも……良ぃいけどど……」
「え!?」
「ひっ。い、いや、じょじょ冗談で──」
「マジか! じゃあ見せてくれよ」
「……はい」
ロストは下を向きながら苦い笑みを見せる。
本気で冗談のつもりだったのだが、下手過ぎた。加えてイッキに冗談はあまり通じない。
二人は同じ机で同じ本を読むことになった。
「これ何て読むんだ?」
「……よしみ」
「『誼』か。アレか? ダチとかそういう意味のアレだよな?」
「……まあ、そんな感じ……」
イッキは遠慮なくロストに近付いて本を読むが、彼女の方は彼の顔が近付く度に少し離れる。
照れているのか単に怖がっているのかそれとも両方か、イッキはそんなことすら考えずにいた。
「しかしロストは真面目だなぁ。日本の神様になるために、日本についてしっかり調べてるんだろ?」
「……ち、違う……。こ、これはただ読みたいからってだけで……私にはそんなことする能力が無い……」
「? 能力? 何言ってんだ?」
「私には才能が無いから……このままじゃ……神様なんて目指せない……。このままじゃ……」
イッキはルイ以外で最初に話した生徒がレオだったため、ここの生徒は皆神を目指しているものだと思い込んでいる。
ただ実際は、法学部に入っても法曹になるとは限らないように、この学園に入った者が全員神になることを望んでいるわけではない。
「……」
そうして二人で読書している間、イッキは完全にルイの存在を忘れていた。
だから彼女が今の自分を傍から見ていることにも気付かないのだった。
*
放課後 神嗣学園 大通り
昼休み以降、何故かイッキはルイに無視され続けていた。
それでも帰る場所は同じなので、二人は学園の大通りを共に歩いている。
「なあルイ」
「……」
呼びかけに対して、分かりやすくそっぽを向く。不機嫌なのは明らかだ。
「何で不機嫌なんだよ。俺何かしたっけ? 昼休みも学生証取りに行ったっきり戻って来なかったしよぉ」
「……」
するとルイは立ち止まった。
そして、これでもかと分かりやすく大きな溜息を吐く。大袈裟な身振り手振りも一緒だ。
「な、何だよ」
「……他の子に図書館の案内させるなら、私要らなかったでしょ」
「え? ……あ、ああ……見てたのか……」
イッキは自分がロストと一緒に本を読んでいたことを思い出す。
思い返して初めて客観的に見ることが出来た。
「いや、ロストは良い子だよ。仲良くなろうと思ってさ。別にルイのこと忘れてたわけじゃ……いや、忘れてたかも。すまん」
ルイは再び大袈裟な溜息を見せびらかした。
「……そんなに友達が欲しいの? 私がいるから大丈夫なのに」
「そりゃ多い方が良いだろ。この天界じゃ俺は知り合いお前しかいないんだから」
「私だけでいいと思う」
「そうか? そうなのかな…………いや! 友達は多い方が良い! そしてなるべく仲良くなった方が良い! 良いに決まってる! だって……突然二度と誰とも会えなくなったりするんだからな」
「……イッキ……」
イッキは一度人間として死んでこの天界に来ている。
そんな彼が下界に未練を持っていないはずがない。
ルイはそんな彼の内心を慮って、機嫌を戻すことにした。無論表情には出ないが。
「あれ? あそこにいるのロストじゃねぇか?」
目の前にあったのは工事中とみられる建物。シートも無く、足場に積まれた鉄筋が剥き出しの状態で非常に危険だ。
『頭上注意』と書かれた看板があるだけで全く安全を考慮していない現場の近くに、ロストは呆然として立っていた。
「おい、ロス──」
その時、案の定上から鉄筋が落ちてきた。
それもなんと丁度ピッタシ、ロストの頭上にだ。
「危ねぇ!」
イッキが彼女の下に向かうと同時に、大きな音が辺りに響き渡る。
砂埃が舞い、鉄筋はバラバラになって地上に散らばった。
「おーおー。大丈夫かー?」
工事中の作業員は、上から全く心配していないような軽い声を掛けた。
煙が晴れると、仰向けになったロストを庇うようにして四つん這いになっているイッキの姿が露わになる。
「……だ、大丈夫……か?」
「な、な、な……何で……?」
イッキは鉄筋が直撃したものの、痛みに耐えながら笑みを見せた。
「俺達もう友達だろ? 助けるのは当然──」
「違う」
「へ?」
意外な反応を聞いてイッキはロストから離れる。
無傷の彼女はひとりでに立ち上がった。
「……い、今のはおかしい。け、計算が合わない」
「は、はぁ?」
「私はここに立っていればいずれ鉄筋コンクリートが落ちてくると思ってそれでずっと立ってた。実際地面に跡がいくつか残ってたから何度か落としてるのは確か。私の計算では私だけがこの不幸に見舞われるはずだったのにどうして邪魔をしたの? 意味が分からない。こんなことをするメリットが貴方には無い。ど、どうして……」
「お、お前……何言ってんだ?」
「……!」
ロストは何故か歯を食いしばるようにして赤くなり、そのまま退散しようとする。
しかしイッキはすんでのところで彼女の腕を掴むことに成功する。
「待てよ! 何でわざと当たろうとしたんだ!? 意味分かんねぇのはお前の方じゃねぇか!」
「……わ、私には何も無い。才能が何も無い。貴方と違って素晴らしい神の神託を受けたわけでもない。だ、だから……だから、せめて運は良くないといけないから。だからこうして普段から不幸な目に遭っておかないと……いざという時に幸運に恵まれない……。あ、貴方が私を助けた所為で……要らない時にこ、幸運が……」
自分で説明しながら、彼女はどこか恥ずかしい気持ちになっていたのか、顔を真っ赤にして下を向いている。
「……何だそりゃ」
「わ、笑いたきゃ笑っていい……」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「!?」
注文通り、イッキは腹を抱えて笑い出した。
「ひ、酷い……」
「いや悪い悪い……フッ……フハッ。ハハハハハ!」
「堪え切れてない……」
流石に悪いと思ったのか、イッキは深呼吸をして表情抑制に動いた。
「いやマジでごめん。でもそっか……お前面白い奴なんだな」
「……な、何故そうなるのか……」
「いやおもしれぇよマジで。もしかしてさっき図書館で俺と取ろうとした本が被ったのも、その後一緒に読むことにしたのも、『不幸』の貯金の一環だったのか?」
「……! そ、それは……その……」
「いや別にお前が俺といるのを不幸に思ってたとしても別に良いけどさ。いやぁホント面白いこと考えるんだな。俺もっとお前と仲良くしたくなったぜ!」
「……イッキ君……」
呆れているのか安心しているのか、ロストは気が抜けたように肩を落とした。
「じゃあまた明日! バイバイ!」
どこまでも楽しそうな笑顔を見せつつ、イッキはロストのもとを去った。
「馬鹿」
ルイの所に戻ると、開口一番彼女から悪口を叩かれた。
「じゃ、帰ろうぜ」
「……天使の体は丈夫だけど、今のは普通に少し痛いでしょ」
「いやいや痛くないぜ? マジ」
工事現場の安全管理が杜撰なのは、単純に天使の身体が人間より遥かに丈夫だからだ。
しかし、それでも『頭上注意』の看板があるのは、上から落ちてくる物が当たれば多少は天使でも痛みを覚えるから。
「ほら全然……何とかなるって奴で──」
そう言いつつ、イッキは少しだけ足元をふらつかせた。
実は先程の鉄筋が足の小指辺りに当たっていたのだ。
「む」
一瞬だけよろけたイッキにルイは肩を貸す。
「あ、い、いや悪い……」
「やっぱり私がいないと」
「あ、あはは……」
本当は痛いのは足の小指だけなのだが、ルイに支えられてそこまで悪い気はしていなかった。
だからイッキは彼女に体を預け続け、そのまま彼女の家に帰るのだった。
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