4話 「43241」 ②
翌日 人海高校 中庭
一輝は校内にある中庭のベンチに寝そべっていた。
今朝、大変に疲れることがあったからだ。
「はぁ……何で遅刻したんだ今日……」
いつもと同じ時間通りに家を出たにもかかわらず、一輝は盛大に一時間目の授業に遅刻した。
その所為で彼のテンションは底値状態だった。
「……なんか変だな」
突然ハッとしたようにして立ち上がる。
遅刻もそうだが、一昨日の待ち合わせの件も併せて考えたら、自分の脳の状態を窺いたくなる。
「……何だ?」
また思考しようとしたその矢先、ベンチの後ろに妙なモノを発見する。
ベンチ後ろには草むらが生い茂り木々が並び立っているのだが、『それ』はその木の一つに垂れ下がっていた。
よく見れば『それ』は、物というよりは生き物だ。というか人間に見える。人間が木の枝にぶら下がっている。
しかも、今にも落ちそうな状態で──
「む……」
「危ない!」
一輝は華麗な身のこなしでベンチを飛び越え、颯爽とその人物を受け止めに行く。
落下までもう少しといいうところで、何とかその人物をキャッチすることが出来た。
しかし人ひとりの体重というのはそれなりにあるもので、低い木だったとはいえ一輝はキャッチしてすぐその場に崩れるようにしてしゃがみ込んだ。
「だ……大丈夫か……?」
「……むぅ……」
その人物はとても眠そうな半目の状態の少女だった。
髪は青色で、明らかにこの学校の生徒とは思えない装いだ。
「おいおい……サルじゃないんだから、木登りなんて今時流行んねぇぜ」
「いや……上から落ちてきた。着地ミス」
「ハァ? 何言ってんだ?」
そこでその少女は自分の胸の方に目を向ける。
彼女の視線の動きを見て、一輝は自分の手が少女の胸に当たっていることに気付いた。
「あ……悪い悪い」
「こちらこそ」
少女は何食わぬ顔でスッと立ち上がる。
一輝は少女に興味が無いからだが、二人とも気味が悪いくらいに何事も無かったかのように向かい合った。
「つーかうちの生徒じゃないだろ? バレたらヤバくね?」
「……大丈夫。バレなければ」
「そっかぁ……」
「貴方はここの一年生」
「え!? 何で知って……」
「生徒手帳」
いつの間にか一輝の生徒手帳が彼女の手の中にある。
どうやら彼女を助ける拍子にポケットから出たらしい。
「名前は…………うん? 読めない……」
「ネンジョウ」
「ああ。ネンジョウイッキ」
「いやカズキね」
「よろしくイッキ」
訂正する気すら見せず、彼女は勝手に覗いた生徒手帳を返してきた。
「……」
一輝はこの少女とあまり関わるべきではないと考え、そろそろ自分の教室に戻ろうとする。
ケータイで一応時刻を確認すると、今は十二時五十分。昼休みの時間は終わりそうだった。
回れ右をするために右足を後ろに下げたその時──
「…………………………は?」
一輝は、何故かベンチに寝そべっていた。
「む……」
そしてベンチの後ろでは先程の少女がまた木の枝にぶら下がっていて、今度はどうも間に合いそうにない。
「あ」
ドスンという音と共に、少女はその場に落下した。
一輝は急いで少女の下に向かう。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「……大丈夫」
「何でまた木に登ってんだ……?」
「? いや……上から落ちてきた。着地ミス」
「は?」
今の台詞は先程聞いた台詞と全く同じだ。
まるで、何もかもさっきの出来事をリプレイしているようで……。
「……待てよ待てよ」
慌ててケータイで時刻を確認する。時刻は──
「……十二時……四十九分……」
僅か一分。されど一分。
確かにケータイに表示された時刻は戻っていた。
「おい! お前! さっき俺に助けられたよな!?」
動揺を隠せない一輝はつい声を荒らげたが、目の前の少女は冷静だ。
「? いや、出来れば助けてほしかったところ」
「……ッ!?」
その言葉で確信する。
ケータイの時間だけではない、世界の時間が巻き戻っていたのだ。
自分自身を除いて──
「俺は……いや、時間が戻った? でもそんな馬鹿な……」
「どうかした?」
「……『時間』……そうだ。俺は何で今日遅刻したんだ? いつも通りの時間に家を出たのに、一時間目の授業に遅れた。まるで……時間が勝手に進んでいたみたいに……」
ここ数日彼がずっと抱えていた違和感が、一つ一つ繋がっていく。
「一昨日、俺は確かに五時半より少し前に待ち合わせ場所に行った。でも……よく考えたらあの日は暗くなるのが早すぎなかったか? まるで……時間が飛んだみたいに……」
頭の回転が悪い一輝だったが、少しの潤滑油などの要素が加われば回転も良くなることがある。
今までの違和感に、彼は一つの共通点を見出した。
「……『時間』……。このところ俺は、『時間』の感覚がおかしなことになってる……」
「何の話?」
眼前の少女には目もくれない。
一輝は自分の身に起きている異常の正体に気付きかけていたのだ。
だが、その解決法はといえばまるで何も思い付かない。
「何なんだ……俺は……どうしちまったんだ……?」
頭を抱えだしたその時、あまりにも予想だにしていなかった場所から、『その声』は聞こえてきた。
「ユーガレット!」
一輝は声のした方向、真上を向いた。
そこには黒いマントにシルクハットの男……と見られる長身の人物が空に浮かんでいた。
「な、何だお前……何で浮いて……」
「いや……オールモストガレット! と言うべきかな?」
「な、何を……」
その人物はこちらに顔を向けてきた。
いや、顔は無い。その男には顔が無かった。一輝は『のっぺらぼう』という妖怪をその人物と重ねる。
「……貴方は……」
完全に立ち尽くした一輝とは違い、青髪の少女はこの妖怪染みた人物を知っているようだった。
「おや? ユーは天使かな? 天使だね? どうして天使が下界にいるのかな? 見たところまだ子どものようだが……」
「……内緒」
「ハハハハハハハン! 分かるよ! というか知ってる! ユーは神嗣学園への入学の前に、ちょっと自分に箔を付けようと考えて下界に降りてきたんだ! そうだろう?」
「どうしてそれを……」
少女は無表情だが、自分の目的を看破されて内心では驚愕している。
だがすぐに冷静さを取り戻す。それが出来るのは、こののっぺらぼうがそれくらい知ることが出来てもおかしくない存在だと理解していたからだ。
「……さて。ボクが用があるのはユーじゃなくてこちらの人間の少年なんだ。ま、邪魔しないでくれよ?」
「……」
のっぺらぼうは地上に降りてくる。一体どういう理屈で浮かんでいたのかは分からないまま。
そして、仰々しい身振り手振りをしながら一輝の正面に立った。
「ば、化け物……?」
「オールモスト! オールモストだよそれは! ベリークローズだ!」
「何言ってんだ……?」
「ユーの察した通り、確かにユーは他の人間とは違う『時間』を体験している。しかしそれはユーがおかしくなったからじゃあないのさ。……そう! このボクがそうさせた! ボクがユーに力を与えたのさ!」
「力……? 何だ……何の話だよマジで……」
困惑が過ぎ、一輝はもう思考を完全に停止させていた。
そんな彼を見かねて、隣にいた青髪の少女は少しだけ自分の知っている情報を与えようとする。
「……この人は『時の神』アイオン。多分貴方は……この人に時の呪いを掛けられた。だから貴方は知らないうちに時を操ってしまっていた……ってことだと思う」
「は、ハァ? 何言ってんだよ。トキノカミ? トキって『時』か? カミって……まさか神様のことじゃないよな?」
「神様だよ」
「な、何言ってんだよ……わけ分かんねぇよ……」
残念ながら少女の厚意は無駄に終わった。
人間がいきなり神の説明をされても理解できるはずがない。彼女は天使に伝わるような言い方しか出来なかった。
目をキョロキョロさせている一輝を見て、アイオンは口も無いのに溜息を吐いた。
「……うーん。駄目だな。今回の人間はちょっと飲み込みが遅すぎるね。ボク的にはもっとすんなりと話を勧めたかった。良いかい? ボクはユーに『神託』を与えようとしてあげているんだ。そうすればユーは時の神になる資格を得られる。オーケー?」
それを聞いて初めて、無表情だった少女が分かりやすい動揺を見せる。
「『神託』? 何言って……彼はどう見ても人間なのに……」
「だからこそさ! 神に相応しいのは本当に天使か? いや違う! 神とは人間から生まれるものだ! それにその方が……面白い! ユーもそう思わないか? 少年!」
当然一輝は返事を出来る状態じゃない。
返事をするのは全く関係ない、たまたまここに居合わせた少女だけだ。
「……彼には彼の人生がある。そんな勝手は許されない」
「おや? 天使風情が神に逆らうのかい? コイツは面白い! ユーも面白いじゃないか! えぇ!? ハハハハハハハン!」
どういう正義があるのかは本人にしか分からないが、今確かにその少女は神を強く睨みつけていた。
しかし未だ自分の置かれた状況を理解していない一輝は、もうこの場から逃げ出そうと考えていた。
「……ッ」
気付けば一輝は走り出していた。
「わけ分かんねぇ……何だよあのバケモン!」
そんな彼の姿を見て、アイオンはまた一段と大きな溜息を吐いてみせる。
「おやおや交渉失敗かな? 仕方ない……それなら力を返してもらおうか。……息の根を止めてから」
風を切るような音を出しながら、アイオンは一輝の背後を追う。
彼は別にアイオンの提案を拒絶したわけではなくただこの場にいたくないと考えただけなのだが、その結果は都合の悪い方に向かっていく。
アイオンが彼に与えた力とは、彼が死ななければ回収できないものだったのだ。
「ひっ……」
すぐに一輝の背に追いつくと、アイオンはそのままその長い腕を伸ばして手刀を作り出す。
「バイバイシーユー」
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