1話 「最高神の候補生」
この地上より遥か上空。そこに『天界』は実在していた。
そこで生きるのは神に仕える『天使』たち。
彼らも彼らなりに人間のような暮らしをしていた。
人間を導く役割を持っている彼らは、その仕事のために人間の生活を完璧に理解してなくてはならないからだ。
今は下界の大多数の人間に倣って政治も経済も回している。
それ故、『学校』という機関も確かに存在していた。
『新入生の皆様 ご入学おめでとうございます』
そんな垂れ幕が掛かっているのは、巨大で近未来的な建物の正門上部。
翼をイメージしたような前衛的なデザインの建築で、そこかしこにホログラムで立体映像が流れている。先の垂れ幕の文章と同じ様な映像も宙に浮かんで見えていた。
建物の周囲もエキセントリックな有様で、何もかもおよそ下界で守られているような建築基準法は守られていない。
おまけに辺りでは空を駆けるいくつものカラフルな車が、光の線に沿って建物付近にあるこれまた珍奇なデザインの停留所に向かってきている。
目的地は当然、この建物だろう。
こここそが天使たちの通う『学校』なのだ。
この天界の時節は春。下界では九月の初め頃だ。
学校は入学式のシーズンで、各所からこの学校へ天使たちがやって来る。
今年の新入生たちは意気揚々に正門を通り抜けていくが、何人かはどういうわけかそこで一度立ち止まってしまった。
目の前に、立ち止まらざるを得ないほど意識を持っていかれる存在がいたからだ。
「……フッ」
そしてその存在は、何故か得意げな表情で腰に手を当てて仁王立ちしていた。
周囲の新入生たちはひそひそとざわつき立てる。
「何あれ……」
「変な服……こわぁ……」
「近付かないとこ……」
周囲の視線を集めては離れさせるその人物は、天界では珍しい所謂特攻服と呼ばれる物を着ていて、『必勝』のハチマキを巻き、『天上天下唯我独尊』と書かれたのぼり旗を背負い、スピーカーに囲まれ、手にはヤンキーホーンを持っている男。
天使である以上、翼と光輪は一応この男にもあった。
どの天使の翼も鳥のような手触りの良いものではなく、まるで光の線そのものであり、この男の翼も同じく金色の光の線のような形をしていた。
光輪も蛍光灯のような単純な形ではなく天使によって色も形も様々で、この男の光輪に関して言えばそもそも頭上ではなく首の後ろ付近に浮かんでいて、円状ではなく星形、色は銀で、まるで装飾のような物だった。
「おいおいアレってまさか……」
特攻服の男を見て、新入生の何人かはその正体に気付く。
「間違いねぇ……アレが噂の……」
「ああ。アレが……『最高神の候補生』……」
気付いた彼らは特攻服の男を注視する。
そして、その馬鹿馬鹿しい格好を見て視線を逸らす。
関心を持ちかけた彼らはすぐにこの男と一ミリも関わりたくないと思い直すのだ。
当の本人はと言えば、そんな周囲の反応に全く関心を持っていない。
そんな折、誰も声を掛けられないこの男に話しかける人物が一人──
「どこ行ったかと思えば、何そのカッコ」
青い髪をした、眠そうな半目の少女。光翼は水色で、光輪は水滴のような形を描いている。
彼女だけは怪訝な目を向けずに特攻服の男を見ていた。
「ああ、ルイか。入学デビューって奴だ。俺はな、この学園で友達百人作るんだ」
「そう」
眠そうな目の少女──ルイは退屈そうに歩き出した。
それを見て特攻服の男も歩き出す。スピーカーはどうするつもりなのだろうか。
「今さ、下界ではこういう格好したキャラが出てくる漫画が流行ってるんだ。ヤンキー漫画って言ってさ」
「へぇ」
「だからこの格好をすることで天使のみんなとも仲良くなるんだ」
「天使の流行りは下界とは違うと思う」
「……」
特攻服の男は口をへの字に曲げてしまった。
それでもルイと歩幅を合わせようとはする。
「みんな貴方のこと怖がってるみたい」
「何!? そ、そんな馬鹿な……。いや! そんなはずはないぜ! みんな俺を見て『カッコいいなぁ』って思ってるはずだ!」
「そう」
やはり興味無さげにルイは歩き続ける。
二人はそのまま学校の中へ入っていこうとする。
「取り敢えずもう少しこの格好は続けようと思う。みんなもまだ緊張してるみたいだし、そのうち話しかけてくれるだろ。『そのハチマキ素敵ですね!』って感じで」
「……」
呆れたのか何なのか、ルイはその場で立ち止まった。
いや、どうやら呆れているわけではない。
彼女は和んだかのように優しい微笑みを向けた。
「……イッキはいつも通りだね。変わらない……」
特攻服の男──イッキは、無表情だった彼女の微笑みを見て一瞬虚を突かれただが、すぐに我を取り戻す。
「そう……か? 俺今スゲー洒落てるはずだぜ?」
「いやそうじゃないけど」
「? よく分かんねぇけど……まあ上手いこと友達は出来るよな!? アレだ! 何とかなるって奴だ!」
イッキは意味不明な気合いを入れて学校の入学式へと向かう。
そしてルイはまた無表情に戻って、そんな彼に付いて行く。
周りから奇異な目で見られているのは確かだというのに、二人はそのことを全く気に掛けない。
ほとんどイッキしか喋らない一方的な会話を続けながら、二人は独特な空気を生み出し続けていた。
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