第29話

 一方、その頃。


「な、何故、貴方達がここに……?」


 二十階層まで戻り休息を取っていた天川達は目の前に現れた人物に驚きを隠せないでいた。

 満身創痍の天川達の前に現れた人物、それは———


「ほう、心当たりがないのか?」

「陛下、失礼ながら彼らに心当たりがあるはずがないと進言させて頂きます」

「それもそうだったな」


 ———国王のバイゼルと騎士団長のゴートだった。


「まぁ、俺達がここにいる理由など、どうでもよかろう」


 自分達を軽蔑するかのような眼差しで見つめる二人に身体を震わせていると、ふいにバイゼルが口を開く。


「天川よ、お主の職業は勇者であったはずだ」

「は、はい。確かに僕の職業は勇者ですが……」

「であれば、何故逃げた?」

「な、何故と言われましても、あの紅竜は僕達の力では勝てる相手ではありません!」


 勝てないと判断し、すぐさま撤退した自分達は間違っていない。


「ハッ……」


 そんな思いを込めてバイゼルを見つめたが、返って来たのは嘲笑だった。


「やはりお主らはアイツらに比べて弱いようだな」

「あ、アイツらとは……?」

「分からないのか? お主たちのように逃げず、紅竜に立ち向かっている蓮達のことだ」


 バイゼルの言葉に、天川達は分かりやすく憤慨する。


「なっ、僕達が岩本達よりも弱い!? 訂正してください!」

「ほう? 逃げた臆病者と勇敢に立ち向かう者、どちらが弱いかなど明白であろう?」

「僕達は臆病者ではありません! 冷静に状況を分析し、その上で撤退という選択肢を取ったのです!」

「そうだな、確かにお主らの選択自体は間違っているとは思わない。戦力を正しく分析した上での撤退ならば、むしろ評価するべきだ」


 その言葉を聞いて、天川達が勝ち誇ったような顔をするが、バイゼルは「しかし……」と付け加え、


「仲間を逃がす時間すら稼がず、真っ先に逃げる勇者を評価することは出来ないな」

『ッ!?』


 冷酷な言葉を告げる。


「何故、仲間が逃げる時間を稼がなかったのだ?」

「そ、それは……」

「他人の命よりも自分の命を大切にする。人間らしいと言えば人間らしいが……」

「勇者としては落第ですね」


 バイゼルに続き、ゴートも天川達に辛辣な言葉を口にする。


「その程度の精神で『魔王を倒す!』と言っているなど笑いものでしかありませんね」

「……ッ」


 厳しい言葉に天川達が項垂れていると……


「グルゥ!」

「ウォオン!」

灰狼ウルフの群れか……」


 五十を超える灰狼の群れが天川達の目の前に現れた。


「こんな時に……!」

「こっちの魔力はほぼ空だって言うのに……!」

「ゴート、殲滅しろ」

「かしこまりました」


 動揺する天川達に対し、バイゼルは冷静に自身が最も信を置く騎士に命令を下す。

 そして、ゴートは剣を水平に構えると詠唱を始める。


「 【我は戦場に生まれし一振りの剣にして、覇王に忠誠を誓いし者 此の身、朽ち果てる時まで覇王のために】——— 」


 世界最強と謳われる騎士の真銘魔法。

 膨大な魔力と共に紡がれる最強の魔法。

 天川達がその魔力に慄く中、ゴートは詠唱を完成させる。


「 ———【覇王の英剣キングブレイド】 」


 魔法名を告げた次の瞬間———


『ッ!?』

『……え?』


 ———全ての灰狼が消滅した。


 天川達は混乱しながら、先程まで灰狼がいた場所に突き刺さっている剣を見つめる。


「い、一体これは……?」

「私の真銘魔法で生み出された剣だ。この程度の魔物であれば塵も残さず殺すことなど造作もない」

「この程度って……」


 いくら灰狼が群れを基礎とするために個々の能力は他の魔物よりも一段下とはいえ、それなりの強さは有している。


「僕の真銘魔法でもここまでのことは出来ないのに……」


 にもかかわらず、この程度の魔物と片付けるゴートに天川が実力差を感じ呟くと……


「当然であろう、お主のような偽物の勇者の真銘魔法が本物の勇者の真銘魔法と同格なわけがあるまい」


 バイゼルが表情一切変えずそう告げた。


「え、今、なんて……?」

「本物の勇者って……」


 告げられた言葉に動揺を見せる天川達を一瞥すると、バイゼルは説明を始める。


「天川よ。確かにお主は勇者の職業を有しているが、勇者自体は世界中にいるのだよ」

「なっ!? ど、どういうことですか!?」

「勇者とは、真の勇気を持つ者に与えられる『称号』であり『職業』として現れる物ではないのだよ」

「で、でも、僕の職業は……」


 戸惑いながらも自身の意見を伝えようとする天川。

 バイゼルはそちらに視線を向けることなく話を続ける。


「お主は異界から来たのだ。勇者は基本的に『称号』という、この世界の常識から外れていたとしてもおかしくはない」

「だ、だったら、どうして僕の事を偽物と言ったのですか!」

「そ、そうだぜ!」

「天川君は立派な勇者のはずです!」

「笑わせるな!」

『ッ!?』


 全員で訴えた天川達をバイゼルは一喝。


「勇者は真の勇気を持つ者に送られる称号なのだぞ! 仲間を見捨て、真っ先に逃げたお主が勇者なわけがなかろう!」

「ッ……!」

「陛下! お話の最中に失礼します! こちらを!」


 すると、突然、ゴートが『遠映の首飾り』に映る映像をバイゼルに見せる。


「ほう……やはりか……」

「えぇ……まさか、こんな短期間で覚醒するとは……」


 二人はどこか興奮を隠し切れない様子で映像を凝視すると、天川達の方へと視線を戻す。


「一つ、良いことを教えてやろう」

「……良いこと?」

「一般的に真銘魔法は一人につき一つだが、勇者の加護を持つ者はその一般例を無視し複数の真銘魔法を持っている」

「天川は仮にも勇者の職業持ちだからな。真銘魔法が二つあったのだろう」

「そ、それが良いこと、ですか?」


 天川の問いかけに、バイゼルは「いや、違うぞ」と言いながら首を振り『遠映の首飾り』を目の前に掲げる。


「俺が伝えたい事。それは———たった今、この世界に新たな勇者が誕生したのだよ」

「……え?」

「ほれ、ぼうっとしてないで見てみるが良い」


 バイゼルに促され『遠映の首飾り』に映る映像を見つめる。

 視界に映った光景に対し、天川達は信じられないと首を何度も横に振る。


「う、嘘だ……!」

「なんでアイツなんかが!」

「こんなのおかしい!」


 認めない、認めたくない。

 そんな強い感情を剥き出しにする天川達を無視し、バイゼル達は映像に視線を戻す。


「さぁ、新たな英雄の誕生を見させてもらおうか」

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