第30話

 突如として現れた巨大な光の柱。


 部屋中にいた全ての生物がその輝きに目を奪われている中、光の柱は悠然と地上まで到達した次の瞬間……


「ッ!」

「「英司!!!」」


 溢れんばかりの光で英司を飲み込んだ。

 思わず蓮と蒼衣が狼狽の声を上げるが、当の本人はその光に全くの恐怖を感じず、


「大丈夫! この光は危険じゃないよ!」


 むしろ、どこか暖かさを感じさせる物だった。



『ふふっ、まさかこんなにも早く覚醒するとは』

「ッ!?」


 英司が身体だけでなく意識までもその光に委ねていると、ふいに声が聞こえてきた。


「だ、誰だ!?」

『真なる勇気を掲げし者よ。私は貴方に祝福を贈りに来たのです』


 英司の質問を無視し、一方的に話を進める謎の声。


「祝福?」

『勇者の称号と新たなる真銘魔法。これらを私から貴方への祝福として贈りましょう』

「勇者の称号に……新しい真銘魔法!?」


 告げられた言葉に、英司は目を見開く。


『どうか、貴方の勇気の輝きを私に見せてくださいね』


 その言葉を最後に謎の声は光と共に消え去った。



 光から解放された英司は胸に手を当てる。


「英司、大丈夫か!?」

「一体、光の中で何があったんだ!?」


 蓮と蒼衣が「大丈夫か!?」と心配の表情をするので、英司は力強く「大丈夫!」と答える。


 そして……


「二人とも、一つ、頼みがある」

「頼み?」

「勝つための作戦か?」


 問いかけに対し英司が頷くと、二人は獰猛な笑みを浮かべる。


「なら、異論はねぇな」

「俺達は何をすればいいんだ?」

「僕が新しい真銘魔法を発動するまでの時間稼ぎをして欲しいんだ」


 英司がそう言うと二人は目を見開くも、質問している時間はないと出かけた疑問を飲み込む。


「色々言いたいことはあるが、今は後回しだな!」

「その真銘魔法に賭けるぜ!」


 そして、二人はそれぞれの魔法による強化で紅竜との距離を一瞬で詰める。


「グルゥウウウ……」

「よぉ? クソトカゲ」

「ちょっとの間、俺達の憂さ晴らしに付き合ってくれよ!」


 唸る紅竜に対し、蓮は剣を、蒼衣は杖を振るう。

 激しい戦闘を行う二人と一匹を眺めながら、英司は後ろで支援に徹していたリーナに声をかける。


「リーナ! 二人の支援を集中的にお願い!」

「で、でも、英司を守っている防御魔法を解除しないといけないよ!」

「大丈夫! 炎竜の意識は完全に二人に向いているし、多少の余波だったら大丈夫だよ!」

「わ、分かった! 気を付けてね!」


 そう言い、二人の支援に集中するリーナを横目に、英司は詠唱を始める。


「 【理を曲げ、秩序を乱し、数多の運命を超克せし力の名は魔法】 」


 これまで以上に集まり始める膨大な魔力。


「ッ! グラァアアア!!!」


 本能で危険を感じた紅竜が英司に攻撃を仕掛けようとするが……


「「させるか!」」

「グルゥ……!?」


 息を合わせた蓮と蒼衣の斬撃がそれを阻む。


 さらに、追撃とばかりにリーナ達から魔法を連射され炎竜は後退する。


「 【神々の叡智、悪魔の遊戯によって生み出されし御業を憧憬あこがれに】 」


 その隙に英司は詠唱を完成させていく。


「グラァアアアア!!!!」

「ッ!」


 紅竜による遠距離攻撃で頬を薄く切り裂かれるも、英司は気にせず詠唱を続ける。


「 【今、新たなる奇跡を綴れ】 」


 紡がれるは、純然たる想いと真なる勇気が与えた神話の歌。


「 【神魔創成】———【魔導偽書グリモアル・フェイド】! 」


 新たなる魔法を創り出す『魔導書グリモア』の名を冠する真銘魔法。

 その能力は———魔法の創成。


 目の前に現れた一冊の本に手を伸ばし、英司はこの状況を打破するための新たな魔法の創成を始めるが……


「くっ……思った以上にしんどいね……!」


 魔法とは人知を超えた存在が創り出した産物であり、ただの人間である英司がそれを同じことをしようとすれば当然、苦戦する。


「けど、この程度の事が出来ないようじゃ紅竜を倒すことなんて出来ないよね……!」


 膨大な魔法の情報に脳が悲鳴をあげるのを無視して、英司は作業に集中する。


(ゼロから魔法を創り出すのは間違いなく不可能。けど、元ある魔法をつなぎ合わせて、新しい魔法を創ることなら出来る!)


 まずは軸となる魔法———これは天川君の【勇気之剣エクスカリバー】を使おう。

 あの魔法は、単純な威力だけであれば間違いなく上位に入るため、これから創る魔法の軸として最適だ。


 次に必要となるのは火力———蓮の【反逆リベリオン】ならどんな物でも強化できる。

 単純な身体強化だけでなく、魔法すらも強化できるあの真銘魔法なら期待以上の火力を出してくれるだろう。


 けど、それだけだと紅竜は倒せない———なら、蒼衣の【星幻奏者ファントムジーク】を応用して魔法生物の力を集めてみよう。

 あの真銘魔法は付与を向上させる効果があるから、魔法同士を組み合わせるのにも役立つだろう。


 魔法生物の生成に必要な魔力は———【聖域サンクチュアリ】の領域を生み出す効果を活用すれば、空気中の魔力をも集めることが出来る。

 近藤君の【毒蛇の進軍ベノムパレード】は同じ生物の複製に長けているから、上手く使えば魔力消費を抑えることもできるはずだ。


 これまで見てきた魔法の全てをもって、英司は新たなる魔法を創りあげる。


「おいおい……!」

「英司の奴、本気を出しすぎだろ……!」

「この魔力量、真銘魔法よりも遥かに多いですよ!?」


 軽傷ではない傷を至る所につけられた蓮と蒼衣は笑みを深め、リーナ達は英司を中心に集まる膨大な魔力量に思わず慄く。


「……出来た」


 やがて、本は消え去り、代わりに一振りの剣が英司の目の前に現れる。

 この剣は【魔導偽書グリモアル・フェイド】によって創られた魔法のため詠唱はなく、魔法名も存在しない。


「さぁ、行こうか———」


 故に、仮に魔法名をつけるとするならば敬意を表してこう呼ぶべきであろう。

 真銘魔法を超える、新たに創り出されし魔法———


「 魔法【反逆の星剣スターリベリオン】! 」


 高らかな宣誓が響き渡った次の瞬間、部屋中に星の聖域が出現した。


「こ、これは……!」

「空気中の魔力を集めているのか……!」


 蓮や蒼衣達が驚きを見せる中、膨大な魔力が剣に集まっていく。


「グラァアアアア!!!!」


 集まる魔力に紅竜は本能で危険を感じ取り、英司へ接近するが……


「って、やらせるかよ!」

「お前は大人しくしていろ!」

「グルゥ……!」


 蓮と蒼衣による必死の猛攻に押し返され、二人へ鋭い視線を向ける。

 その隙に魔力を貯め終えた英司が剣を正面に構える。


「皆! 一瞬で良い! この剣を紅竜に直撃させるための隙をお願い!」

『了解!』


 英司の求めに蓮達は力強く応じると、各々の全力を持って炎竜に襲いかかる。


「 【反逆リベリオン】! 」

「 【星幻奏者ファントムジーク】! 」


 蓮と蒼衣も残りの魔力全てを使って、己の真銘魔法を発動させる。


「オラオラオラァアアアア!!!!」

「ラストスパートだぁああああ!!!!」

「ウォオオオオンンン!」


 雄叫びとと共に激しい攻防が繰り広げられ、部屋中に攻撃の余波が飛び交う。


「俺達も続くぞ!」

「騎士団よ! 死力を尽くせ!」


 近藤やサラバルド達もそれに蓮達に続き、魔法を紅竜に向かって放つ。

 全員が死力を尽くし挑んだ結果———


「ッ! 来たぞ!」

「英司! 決めろ!」

「うん!」


 ———紅竜に大きな隙が生まれ、英司がその隙を逃さず凄まじい速さで接近する。


「ッ……! グラァアアアア!!!!」


 しかし、紅竜は身体を無理やり動かし迫りくる英司に向かって突進する。

 互いが放てる最高の一撃。

 交差は一瞬。


「……」

「……」


 互いに背を向け合い、英司は剣を、紅竜は腕を振りぬいた状態が静かに佇む。

 一瞬、されど永遠にも思える時間が過ぎ去った次の瞬間———


「僕の、勝ちだ……!」

「……グゥ」


 ———紅竜の身体は真っ二つに切り裂かれ、地面に崩れ落ちた。


「勝った、のか?」

「あ、あぁ……間違いない」

「私達が紅竜を……!」


 蓮や蒼衣は信じられないのか目を見開き、リーナは涙を浮かべながら何度も首を縦に振る。

 静寂は一瞬。

 リーナ達の視線に答えるように英司が拳を強く突き上げ、次の瞬間には部屋中に歓声が響き渡った。


『オォオオオオオオ!!!!』

「や、やったぞ! 紅竜を倒したぞ!」

「あぁ……あぁ! 俺達が倒したんだ!」


 全身の力が抜け座り込んだ英司は喜ぶ連や蒼衣達を眺め、小さく微笑む。


「英司……呪いは解けたの……?」

「……うん、痣はどこにもない。つまりは解呪できた、ってことだね」

「ッ! 英司!」

「うわっ!?」


 巻かれていた包帯を外し、呪いがないことを伝えた英司はリーナに飛びつかれて驚きながらも、その華奢な身体を優しく受けとめる。


「よかった……本当に、よかったよぉ!」

「え、えっと、こういう時はどうすればいいの!?」


 英司が自身の胸に顔を埋めながら泣きじゃくるリーナに慌てふためいていると……


「おいおい、英司! そこは受け止めるだけじゃなくて抱きしめるんだよ!」

「そうだそうだ! 根性を見せろ!」

「どうしてそうなるの!?」


 蓮と蒼衣の言葉に近藤や騎士団の面々までも『そうだそうだ!』と同調し始め、英司は思わずツッコミを入れる。


「こっちは死闘の連続で疲れているんだよ!」

「だから、今すぐにでも癒しが必要なんだよ!」

『根性見せろ!』

「変なところで意気投合しないでよ!?」


 気持ちは分からないでもないけど、と心の中で呟きながら英司は視線を落とす。

 蓮達の言う通りにした方が一番いいのだろう、と一人ため息をつきながら英司は未だに泣いているリーナの背中にそっと手を回す。


『ふぅ~!』


 その姿に盛り上がる観衆蓮達を無視して、黙ってリーナが泣き止むまでリーナに寄り添うことにした英司。


(地上に戻ったら、絶対に仕返ししてやる……!)


 その後、一行は回復し地上に戻る中、英司は心の中でそう決心するのだった。

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