第28話

「全員! 防御に集中しろ!」

「『アレ』は生半可な防御じゃ突破されるぞ!」

『了解ッ!』


 部屋にいた全ての者に指示を出した次の瞬間———


「グルォオオオンンン!!!」

『ッ!?』


 ———炎を纏った紅竜が一瞬で蓮と蒼衣の目の前に移動し、二人を圧殺せんと腕を振り上げる。


「くそっ……!」

「その巨体で動いていい速さじゃねぇだろ!」


 二人は全力で回避しながら、紅竜を静かに見据える。


「さて、どうするよ?」

「どうするも何も、真銘魔法には真銘魔法でしか対抗できないだろ?」

「俺達の真銘魔法で倒せるのか?」

「……無理だな」


 そう言いながらも蒼衣の顔に絶望の色は一切なく、むしろ戦意を剝き出しに己の獲物を構える。


「直接倒すのは無理でも、間接的に倒すことは出来る。あれを見てみろ」


 蓮が蒼衣の指差す先を見ると……


「ガァアアアア……!!!」


 紅竜が荒く息を吐きながら、口から僅かではあるが血を吐く。


「身体中に纏った炎が少しずつダメージを与えているんだろうな」

「なるほど……時間を稼げば稼ぐほど、こっちが勝つ確率は上がるってことか」

「まぁ、口にするのは簡単だが実際にやろうとするのは想像以上に難しいだろうな」


 額から流れ落ちる汗を拭いながら、二人は構えを整える。


「英司! お前達は後方支援に徹しろ!」

「俺達が時間を稼ぐから、お前の魔力が回復したら【聖域サンクチュアリ】を使え!」

「なっ!? 二人とも!」


 英司は驚きながら引き留めようとするも、それよりも前に二人が紅竜に突撃する。

 襲い来る紅竜の尻尾を躱し、蓮が刀を、蒼衣が杖を振るう。


「チッ、あの炎が自動で防御までしやがる!」

「あの炎も紅竜の一部なんだ! 攻撃なり防御なりしてくるに決まっているだろうが!」

「何だよそれ! 厄介すぎて笑いたくなるな!」

「笑いたければ勝手に笑ってろ! ただし、笑い過ぎてうっかり殺されたりするなよ!」


 戦闘をしながら会話をする二人。

 一見、余裕があるように思えるが実際は違う。


(やべぇえええええ!!!!)

(炎さえ何とかできれば良いと思っていたが、これはそんな簡単な話じゃねぇな!)


 牙、爪、尻尾、息吹ブレス


 どれもが自分達の命を刈り取れるにもかかわらず、そこに真銘魔法の炎まで加わったために、二人は思うように攻撃が出来ないでいた。


「ふ、二人とも! 僕も一緒に……」


 二人の戦闘を間近で見た来たからこそ、苦戦しているのが分かった英司が参戦しようとするが……


「来るんじゃねぇぞ!」

「お前の身体で戦ってもすぐに殺されるぞ!」

「ッ!?」


 二人から「絶対に来るな!」と視線で伝えられ、動かそうとしていた足を止めてしまう。


「がっ……!?」

「重っ……すぎ、る、だろうが……!」


 二人の意識が一瞬とはいえ英司の方へ向けられたことで生まれた隙を紅竜は見逃さず、炎を纏った尻尾を直撃させ吹き飛ばす。


「蓮! 蒼衣!」


 後方にいた英司達のもとまで吹き飛ばされた二人は全身の至る所から血を流すも、肩を激しく上下させながら立ち上がる。

 立ち上がる親友たちの背中は今にも崩れ落ちそうで、英司は思わず唇を噛む。


(僕が呪いなんかにかからなかったら、二人がここまでする必要なんてなかったのに……!)


 自身の不甲斐なさを恨みながら、心の中で独白する英司。


 すると……


「なぁ、英司。お前、今、『僕が呪いなんかにかかったせいで』とか思わなかったか?」

「え……?」


 蓮が戦闘態勢は崩さず、唐突に尋ねてきた。


「そ、そうだけど……」

「はぁ~やっぱりそうか~」


 戸惑いながらも答えた英司に返って来たのは賞賛と呆れを含んだ声だった。


「ほんと、英司って馬鹿だよな」

「向こうにいた時からそうだったよな」

「え、急に罵倒!? 何の脈絡も無く罵倒って、何で!?」


 二人が何を言おうとしているのか分からない英司が目を回していると……


「英司、俺達がまだ立っているのは何でだと思う?」


 蓮が意図の読めない問いかけをしてきた。


「何で、って……僕にかけられた呪いを解くためじゃないの?」

「勿論、それもあるが……他にもあるんだぜ?」

「他にも……?」

「あぁ、俺達がまだ立つ理由、それは———」


 そう言い、蓮は一呼吸置くと、


「———プライドだ」


 自身らがまだ立ち上がる理由を、確かな意志と共に告げた。


「プライド……?」

「あぁ。負けたくない、勝ちたい、と言ったちっぽけなプライドだ」

「それが俺達を今も立ち続けさせる原動力になっているんだ」


 二人の言葉に英司は目を瞬かせる。

 意外だった。


 自分に比べて一回りも二回りも大人びているように見えた二人に、プライドなんてものがあるとは思えなかったのだ。

 そんな英司に対し、二人は苦笑しながら話を続ける。


「俺達はお前が思うほど大人でもないし、何なら社会の闇を全く知らないクソガキだ」

「だからこそ、こんなくだらないと思えるようなものを理由にできるんだ」

「蓮……蒼衣……」


 二人の言葉に、英司は拳を握り込む。


(僕もこんな風になりたかったな……)


 心の中に生まれた小さな思い。

 しかし、自分では絶対になれない姿に諦めていると……


「英司はどうしてここに来たんだ?」

「……え?」

「竜種なんて言う魔物の頂点と戦うなんて、明確な理由がないと普通はしないぞ?」

「そ、それは……」


 二人の言葉に英司は自然とここに来た理由を自問する。

 現実においては一瞬、されど思考の中では永遠にも等しい時間を使って導き出した理由答え


 それは———


(そっか……諦めたつもりでいたけど、心の奥では諦めきれていなかったんだ……)


 英司は小さく息を吐き、二人に決意の想いを告げる。


「二人とも、悪いけど僕にもプライドがあるんでね! 一緒に戦わせてもらうよ!」

「……そうか! なら、死ぬ気で喰らいつけよ!」

「お前のカバーをするほど余裕はないからな!」

「うん! やってみせるよ!」


 ———二人と共に歩み続けたいからだ。


 そう決意を固めた次の瞬間、空から巨大な光の柱が現れた。

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