第23話

 やることもないので宿に入ると、エントランスのすぐ隣に設けられた自由スペースでゴートとバイゼルが談笑していた。


「おっ、蓮、蒼衣! 街はどうだった?」

「面白かったぜ」

「あぁ、思わぬ収穫もあったしな」


 そう言いながら、蓮は刀を二人に見せる。


「ほう、凄まじい力を秘めているな」

「分かるのか?」

「仮にも騎士なのだ、武器の善し悪しぐらいは分かる」

「それをメインに明日は戦うのか?」


 バイゼルの言葉に、蓮は首を振る。


「一日で完璧に使いこなすのは無理だからな、あくまで予備として持っていくつもりだ」

「ということで、ゴート、ちょっと調整に付き合ってくれないか?」

「陛下、よろしいですか?」

「あぁ、構わんぞ。俺は蒼衣と話しておくからな」


 バイゼルの言葉に、三人は首を傾げる。


「蒼衣と何を話すんだ?」

「少し聞いておきたいことがあるだけだ」

「分かりました、では、蓮、宿の裏に簡単な訓練用のスペースがあるから、そこで調整するぞ」

「了解、っと」


 二人が宿の裏口から出ていくのを横目に、蒼衣はバイゼルに促され、対面に腰掛ける。


「で、話したいことって何だ?」


 バイゼルが自分と話したいことが想像できない蒼衣は、世間話を挟まず、すぐに問いかける。


「蒼衣、お前と蓮は、どうしてそこまで強くなろうと思った?」

「どうして、だと?」

「いくら英司が友人で、呪いを解くために紅竜を倒す力を求めるにしても、お前達の執着は異常だ」

「何か、そうさせる理由がある、と考えたんだな?」


 無言で頷くバイゼルから視線を天井に移しながら、蒼衣は独り言のように呟く。


「純粋に、友達を救いたい、って思っているだけなんだよな」

「なぜ、救いたいのだ?」

「友達だから、それ以上でもそれ以下でもない」


 考える素振りを見せず即答する蒼衣に、バイゼルは少しだけ目を見開く。


「俺達はな、この世界に来た時、戦争の道具として使われるだろう、って話をしていたんだ」

「……」

「だから、お前も覚悟しとけ、って英司にも言ったんだ」


 蒼衣は語りながら、その時のことを思い返す。


「けどよ、俺達の覚悟は上辺だけの物で、中途半端だったんだ」

「争いがない世界から来たのだから、覚悟を決めようとする時点で十分だと思うがな」

「いいや、バイゼル、それは違うぜ」


 どこか自嘲するような笑みで、蒼衣はバイゼルの言葉をやんわりと否定する。


「中途半端な覚悟ってのは、一番質が悪いんだよ」


 そう言い、思い出すのは、ゴートと初めて訓練した日の事。


 ———


「どうした? お前達も『あの者ら』と同じ、威勢だけの人間なのか?」


 ———


「ゴートはそれを見抜き、本当の覚悟を決めるよう発破をかけてきたんだ」

「アイツらしいな」

「それがきっかけとは言い切れないが、間違いなく転換点の一つではあったな」


 これ以上語れることはない、と視線で訴えると、バイゼルは手元にあったグラスを覗きながら小さく呟く。


「真の意味で、友のために戦うことを決意したのだな」

「美談でも何でもないがな」

「さて、いい話を聞けた礼だ。一つ、お前達にとって有益な情報を渡すとしよう」

「情報?」


 バイゼルの言葉に、蒼衣は心当たりがなく、首を傾げる。


「蓮が手に入れたあの武器は【星女の剣】の模造品だ」


 しかし、次の瞬間、バイゼルが口にした言葉に、蒼衣は思わず目を見開く。


「はっ!? 模造品!? どういうことだ!?」


 周りの目も気にせず、バイゼルに詰め寄る蒼衣。

 それに対し、バイゼルは冷静に答える。


「そのままの意味だ、同じ見た目で、権能の劣化版を備えた、言わば『贋作』だ」

「待て! そもそも、模造品があるなんて聞いていないし、なんでアレが模造品だと分かったんだ!?」


 英司ほどではないが、王城にあった本を蒼衣もある程度読んでいるが、それらしい情報は一切見たことがなかった。


「王家の人間でも限られた者にしか見ることが出来ない本があるのだが、そこに模造品について書かれたいたのだ」

「具体的には?」

「あの刀は【不壊の一太刀】と呼ばれる『不壊』の権能を持つ【星女の剣】の模造品だそうだ」

「壊れない剣、ってことか?」

「あぁ、どういった経緯で作られたのかは分からないが、本には【不壊の一太刀】の模造品が資料として載っていたのだ」

「なるほどな……」


 未だに納得出来ない部分はあるが、一方で納得できる部分もあった。


「俺達が元居た世界では、あの武器は、二種類に分けられていたんだ」

「そうなのか?」

「あぁ、最も出来の良い『真打』と、同じ材料で作られたが質は劣る『影打』の二つに分けられていたんだ」

「ほう、つまりは蓮の持っている武器は、その『影打』だと?」

「おそらくだがな」


 そう言い、蒼衣は飲み物で乾いた喉を潤す。


「さっき、模造品は権能の劣化版を備えている、と」

「それがどうした?」

「つまり、あの刀は『不壊』ではないってことだろ?」

「まぁ、断言することは出来ないが、その可能性は十分にあるな」


 腕を組み、考えるような仕草をするバイゼル。


「限りなく壊れにくい武器ぐらいに思っておくのがいいな」

「まぁ、実際に使った人間の感想を聞かないと分からないがな」


 ちなみに、と言いながら、バイゼルは蒼衣に悪戯が成功したかのような笑みを見せる。


「今の情報、一応国家機密だから、あんまり他人に話すなよ~」

「はっ!? 何で今言うんだよ!?」

「いやー、すまんすまん、うっかりしていたぜー」

「テメェ……絶対わざとだろ……!」


 清々しいほど棒読みでそう告げるバイゼルに、蒼衣は頬を引きつらせる。


「ったく、俺が外部に漏らしたりするとは思わなかったのかよ……」

「しないだろう?」

「……まぁ、流石に国家機密を簡単に流すことはしないな」

「なら、何の問題もないな」

「はぁ……ちなみに、この情報、英司や蓮には共有してもいいか?」

「構わんぞ」


 有益な情報が手に入り、蒼衣が今後の事を考えていると、裏口からボロボロになった蓮がふらつきながら入ってきた。


「ちょ、調整とはいえ、鬼すぎる……」

「……大分、しごかれたようだな」

「ゴート、お前、またやりすぎたな?」

「……時間がないので、少々、手荒になってしまいました」


 そう言い、目を逸らすゴートにバイゼルはため息をつき、蓮と蒼衣は苦笑いする。


「とりあえず、英司やソフィアさんにバレる前に治療しておいてくれ」

「オッケー、任せろ」


 蒼衣が回復魔法で傷を癒そうとすると、ガシッ、と腕を掴まれた。


「誰にバレる前に、何ですって?」


 それと同時に、底冷えするような声が四人の耳に響き、バイゼル以外はその声に体を震わせる。


「はぁ……どうして目を離すと、ボロボロになっているんだよ?」

「まぁ、いつもの事と言えば、そうなんだけどね~」


 英司とリーナが呆れている中、ソフィアは蓮の頭を掴む。


「遺言は?」

「表情と言動が一致していない!?」

「どうして、街中にいるだけで、そんなボロボロになるんですか?」

「いや、ちょっと、ゴートと新しい武器の調整を……」

「れ、蓮! なぜ、それを!?」

「ふふっ、そうですか……」


 蓮の言葉に、ゴートが慌てふためき、ソフィアは驚くほど笑顔になりながら、ゴートに詰め寄る。


「では、ゴートさん、少しお話をしましょうか?」

「は、はい……」

「蓮さ~ん、今回は見逃してあげますけど、くれぐれも無茶をしないでくださいね~」

「も、もちろんです!」


 蓮の言葉に満足したのか、ソフィアは力なく項垂れるゴートを連れて、どこかに行ってしまった。


「俺達も休むか?」

「そうだな、じゃあ、国王様、俺達はこの辺りで~」

「おう、しっかり休んで明日に備えておけよ~」


 蓮と蒼衣も疲れが溜まっているのか、用意された部屋へと向かい、その場にはバイゼル、英司、リーナの三人が残る。

 すると、バイゼルは二つの空のグラスに飲み物を入れて、二人に差し出す。


「ゴートがいなくて暇だしよ、少し話し相手になってくれや」

「ぼ、僕で良ければ」

「では、私も」


 二人はグラスを受け取り、バイゼルの対面に座る。


「んじゃ、お前達のデート話とか聞かせてくれ!」

「「デートはしていません!!」」


 意気揚々と問いかけるバイゼルに、二人は声を揃えて反論するのだった。

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