第18話
そして、対抗戦から一週間経過し、遂に『奈落』攻略の日が目前にまで迫っていた頃だった。
攻略メンバーとして選ばれた生徒たちの目の前で、ゴートが説明を始める。
「今回の『奈落』攻略では、前回の最高到達階層である四十階層に住まう紅竜の討伐を目標とする」
ゴートの言葉に反応し、天川達の顔が引き締まるのが見えたが、二人は気にせずに、説明の続きに耳を傾ける。
「また、今回の攻略に限り、私も同行することになった」
『ッ!?』
その言葉に、二人だけでなく、この場にいた全ての者が同じ反応をする。
『
この場にいた者の前提条件が、他ならぬ本人によって崩された。
「勘違いしてほしいわけではないのだが、私は『奈落』攻略には参加しない」
「? では、なぜ、ゴート団長が同行するのですか?」
ゴートの言葉に、天川が生徒を代表して問いかけると、
「……陛下が今回の攻略に限り、同行すると仰ったのだ」
「ッ! そ、それはまた、いきなりですね……」
「故に、陛下の護衛である私が同行することになったが、あくまで護衛に行くのみで、『奈落』の攻略には参加しない」
「なるほど……」
他の生徒達が納得顔で頷く中、蓮と蒼衣は声を潜めながら互いの考えを共有する。
(絶対、国王様が戦いを見たくなったからだよな?)
(ゴート、また振り回されてるな)
(でも、国王様は流石に迷宮に入れないよな?)
(映像を映す魔道具みたいなのがあったし、なんとかして見るんじゃないか?)
(まぁ、気にするだけ無駄だな)
二人はそこで会話を区切り、ゴートの方へと視線を戻し、攻略の具体的な作戦を確認していった。
――――――――――――
「大方、予想通りだったな」
「基本は前回の攻略メンバーが先陣を切り、追加メンバーはその支援だったよね?」
「あんまり気乗りはしないがな~」
医務室の椅子に座りながら、文句を言う蓮に英司は苦笑する。
「まぁ、安全を重視した結果だし、二人は魔物とは戦ったことがないからね」
「そうなんだよな~」
「いざ、魔物と遭遇したら、意外と体がすくむかもしれないよな」
「いや、絶対にないでしょ……」
真面目な顔で見解を述べる蒼衣に、リーナが呆れ顔でツッコミを入れる。
「それよりも、英司、体の調子はどうだ?」
「安静にしていたから、大分よくなってきたよ」
「そうか、俺達が『奈落』に行ってる間に無茶するなよ~」
冗談めいた口調で話す二人に、英司は目を細める。
「むしろ、二人の方が無茶しそうだよね?」
「……いや?」
「そんなことは、ないぞ……?」
二人そろって目を逸らすので、英司は大きなため息をつく。
「まぁ、今回はソフィアさん達も『奈落』攻略について行くから大丈夫だろうけど」
「「……え?」」
そして、英司から告げられた言葉に、二人は目を開き、薬品の整理をするソフィアの方に視線を向ける。
「英司君の言う通り、私もついて行きますよ」
「ど、どうして?」
「陛下に万が一のことがあったらいけませんからね~、念のためですよ」
そう言い笑うソフィアに、二人は身を震わせる。
「それに伴い、英司君も連れていくことになっていますよ」
「そ、そうなのか?」
「えぇ、英司君も、いつ何が起きてもおかしくないですからね」
「あぁ……最悪だ……」
頭を抱え、机に突っ伏す蓮と蒼衣。
「クソぉ……陛下が同行したいって言わなければ……!」
「ボロボロになったら、また拘束……嫌だ!」
「はいはい。なら、無茶はしないでくださいね~」
ほんわかとした口調で命令を下すソフィアに、二人は「グヌヌヌッ」と唸ることしか出来ない。
「そう言えば、試合中、ずっと気になっていたことがあるんだけど」
すると、英司がまるで今、思い出したかのように話し始める。
「蓮の『強化魔法』と、蒼衣の光魔法による強化って、何が違うの?」
「あ? いきなりなんだよ?」
「いや、普通に気になって……強化、っていう点では同じでしょ?」
「同じ、と言い切るのは難しいな」
英司の問いかけに、蒼衣が難しい顔をする。
「まず、俺の光魔法は基礎能力である、力、防御、魔力、敏捷の四つを向上させる事ができる」
「対して、俺の『強化魔法』は魔力を強化出来ない代わりに、物体や五感も強化できるのが特徴だな」
「へぇー、じゃあ、蓮の『強化魔法』の方が便利そうだね」
「それがそうでもないんだよな~」
苦笑しながら、そう告げる蓮に、英司とリーナは首を傾げる。
「無属性である『強化魔法』は、蒼衣の光魔法と違って重ね掛けが出来ないし、他者には使えないんだ」
「あと、一回に使うのに必要な魔力量が多い代わりに、効果時間が長いのも『強化魔法』の特徴だな」
「へぇー、それぞれにメリットとデメリットが、ちゃんとあるんだね」
あまり使わない属性の魔法だからこそ、実際に使う者の意見を聞けて、英司は勉強になったと感じながら包帯が巻かれた腕をさする。
「お喋りはこのぐらいにして、二人は出発の準備を早くした方がいいんじゃない?」
すると、ずっと黙っていたリーナが間違いなく準備をしていない、と確信した目で二人を見ながら告げる。
「うっ、面倒だが、早めに終わらせて損はないか……」
「だな……じゃあ、王女様、あとは任せたぞ~」
蓮と蒼衣は文句を言いながらも、準備のために部屋に戻ったことで、医務室には一瞬、静寂が訪れる。
しかし、次の瞬間……
「アァアアアア———!!!!!」
凄まじい絶叫が、医務室に響き渡った。
「ソフィアさん!」
「分かっています!」
リーナの呼びかけに対し、ソフィアは素早く回復魔法を使用する。
「う、ぐぁ……!!!!」
「数日でこんなに酷くなるなんて……!」
「【紅竜の呪い】、噂以上に凶悪な呪いですね……」
包帯を取ると、至る所が焼けただれた腕があらわになり、リーナとソフィアは思わず息を呑む。
「……やっぱり、二人にも話していいんじゃないの?」
「それは、駄目だ……よ」
リーナの口から洩れた提案に、途切れ途切れになりながらも英司は反対する。
「それ、だと、二人が焦って……しまう、からね」
「で、でも、これ以上、隠すのは……!」
「だい、じょうぶ、だよ……まだ、耐えれる、からね」
気丈に振る舞う英司に、リーナは沈痛な表情を浮かべる。
「ソフィアさん、も、無理を言って、すみ、ません……」
「……いえ、それが私の仕事ですから」
英司から漏れた謝罪の言葉に、ソフィアは視線を下に落とす。
本来であれば英司は王宮に残り、集中治療を受ける予定だったが、リーナに嘆願し、同行を許可してもらったのだ。
バイゼル達の急な同行も、裏で英司たちが手を回した結果だった。
「一先ず、私は回復薬を用意してくるので、リーナ様は英司さんをお願いします」
「分かりました」
そう言い、リーナは眠った英司の隣に腰掛ける。
「二人に無茶するな、って言いながら、一番無茶するんだから……」
英司の頬を小突きながら、小さく笑うリーナ。
「これ以上、無茶をしないでね……」
そう言いながらも、きっと無茶をすると確信しながら、限界が訪れたリーナも静かに眠りにつくのだった。
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