第10話

 そして、さらに一週間が経過した頃。


 いつものように訓練場で実戦訓練に励む二人に、ゴートが休憩を取れと言いながら、水を差しだしてきた。


「休憩? どうしてだ?」

「ソフィアに『訓練をするなら、必ず休憩を取れ!』と言われたのだ……」

「「あー……」」


 鬼の形相で、ゴートに詰め寄るソフィアの姿を想像した二人は、心の中で同情しながら、喉を潤す。


「おいおい、こんな所でこっそり訓練かよ~?」


 すると、複数の足音と共に訓練場に聞く者を挑発するような声が響き渡った。


 思わず、二人は眉を潜めながら、声のする方へと視線を向けると、天川率いる攻略メンバーがこちらを見ていた。


「こっそりやってるつもりはないんだが?」

「はっ、嘘つくなよ! 隠れて強くなって、周りから賞賛されたいんだろ?」

「妄想もそこまで行くと傑作だな」

「なんだと!?」


 蓮の煽りに激高した須藤が胸元を掴もうとするが……


「須藤、やめろ! 岩本も言い過ぎだ!」


 正義感溢れる男、天川が仲裁に入る。


「おい、天川! 邪魔するな!」

「須藤、落ち着くんだ!」


 暴れる須藤を必死に抑える天川を無視して、二人は訓練に戻ろうとする。


「あっ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「あ?」


 蓮の凄まじい剣幕に一瞬怯むも、天川は二人の方をまっすぐ見つめる。


「君達に話しておきたいことがあるんだ」

「話しておきたいこと?」

「話、と言う名の忠告だろ?」


 蒼衣の言葉に、天川は首を振る。


「僕が話したいのは、来週にあるチーム対抗戦に関することだよ」

「チーム対抗戦に関すること?」

「君達も出場すると聞いたんだけど、たった二人で出場するつもりなの?」

「あぁ、それがどうした?」

「悪いことは言わない、今すぐ辞退、もしくは追加のメンバーを入れるべきだ」

「は? なんでだよ?」

「他のチームは、三~五人でチームを組んでいるんだよ? 二人だけのチームで勝てるわけがない」


 そう言うと、天川は続けて、


「尾形の二の舞を、僕達も見たくはないんだ」


 二人に『一番言ってはいけないこと』を口にした。


 英司が【紅竜の呪い】を受けた原因から、『二の舞を見たくない』と言われ、二人は心の中で静かに怒りを燃やすも、外には出さない。


「「……」」


 故に、天川の言葉にも、二人は静かに視線を返すだけで、口を開くことはしない。


「おいおい? 何も言い返さないのかよ? それとも、あの尾形キモオタが粋がったのは事実だから、何も言えないのか?」


 すると、須藤が再び二人を挑発する。

 その瞬間、二人の頭の何かが切れる音がした。


「……なぁ、ゴート、やっていいか?」

「一割にしておけ。それとやるのは蓮だけだ、蒼衣、お前は大人しくしてろ」

「……まぁ、仕方ないか。蓮、やり過ぎるなよ?」

「分かってる」


 蓮がそう呟き、軽く構えをとった次の瞬間、


「ガッ!?」


 凄まじい速さで須藤との距離を詰め、その顔を掴み地面に叩きつけた。


『なっ!?』


 一連の動作を視認すらできなかった天川達の驚愕の声をあげるが、既に彼らから興味をなくした二人は訓練再開の準備を始める。


「ど、どういうことだ!? あの二人は、特別な職業なんか持ってないし、真銘魔法だって使えないはずなのに!」

「そ、そうだ! アイツらがあんなに強いわけがない!」

「お前達は、一体、いつの話をしているんだ?」


 我に返り、先ほどの光景に困惑の声をあげる天川達に、ゴートは呆れながらため息をつく。


「この私と訓練、いや『殺し合い』をしていたのだぞ? あれぐらいは当然だ」

「こ、殺し合い!?」

「日が落ちるまで永遠に戦う、あの二人がやったのは、それだけだ」


 そう言うと、ゴートは、たった今、訓練場に足を運び、何が来ているのか分からない、という顔をしている英司に話しかける。


「英司、あの二人は何度、殺されたか、覚えているか?」

「えっと、先週は五百ぐらいで、その前の週から半分にまで減らすことが出来た、と言っていたので、合計すると、千と五百ぐらいですね」

「は!? じょ、冗談言うなよ! アイツらは生きているだろうが!?」


 英司の言葉に、須藤が信じられない、と反論する。


「あー、まぁ、そういう反応になるよね……」

「私達が慣れてしまっただけで、須藤様のような何も知らない方からしたら、おかしいですよね……」


 英司とリーナは苦笑しながら、二人の方へ視線を向ける。


「でも、一つ言えるのは、今の天川君達より、あの二人の方が間違いなく強いよ」

「そうですね、皆様が真銘魔法を使っても、お二人には勝てないかもしれませんね」

『ッ!?』


 挑発とも言える発言に、天川達は「ふざけるな!」と詰め寄ろうとするも、


「そろそろ午後の訓練が始まる時間だ、お前達も早く訓練場に戻れ」

『……はい』


 ゴートの指摘通り、訓練の時間が迫っていたため、憤怒の形相で睨むだけに止め、訓練場を後にした。


「おいおい、あんなことを言って大丈夫なのか?」

「問題ないよ、最近はリーナ様のおかげで魔法も上手になってるからね。万が一、襲われても大丈夫だよ」

「ったく、大人しく休めばいいものを……」


 そう言いながら、蓮は二人の手にある書物に視線を移す。


「勉強熱心だよな~」

「僕はまだ戦えないからね、知識ぐらいはつけておきたいんだよ」

「まぁ、ほどほどにな~」


 それはこっちの台詞だ! と言うのをこらえ、訓練を再開した二人を静かに見つめる英司。


「英司様?」

「あ、あぁ、ごめんなさい! 今日は何について勉強するのですか?」

「今日は『特殊個体』について、勉強していこうと思います」

「『特殊個体』ですか?」


 この世界に召喚されてから、一度も聞いたことのない単語に、英司は首を傾げる。


「えぇ、まぁ、流石に聞いたことないでしょうね」


 リーナは苦笑しながら、手に持っていた書物を開く。


「『特殊個体』とは、その名の通り、魔物の中でも特殊な個体を指しており、通常の魔物よりも強力な力を有していると言われています」


「強力な力、というと?」

「英司様は『奈落』で、ゴブリンと戦いましたよね?」

「はい」


 幼子ぐらいの身長しかなく、攻撃力も皆無に等しかったが、常に下卑た笑みを浮かべており、精神的にしんどかったのを思い出しながら英司は答える。


「ゴブリンの『特殊個体』に、ゴブリンキングという魔物がいるのですが、全てのステータスが通常のゴブリンとは比べ物にならないほど高いのです」

「具体的には、どのくらい高いのですか?」

「そうですね~、魔力だけなら勇者と同等、と言えば、分かりますか?」

「え!?」


 リーナの言葉に、英司は目を見開く。


「そ、そんなに高いんですか!?」

「えぇ、といっても、そこまでの脅威ではないのですよ?」

「で、でも、そんな魔物、普通は倒せませんよ!?」

「ゴブリンキングは『特殊個体』の中でも有名ですので、対策をすれば、格下の私達でも倒せるんです」


 リーナはそう言うと、訓練場の真ん中でゴートと戦う二人を指差す。


「私としては、あちらの方が驚きなのですが?」

「……あぁ、もう気にしないようにしているんですよ」


 そう言い、二対一とは言え、『世界最強』の名にふさわしい強さを持つゴートと拮抗した勝負を繰り広げる二人から、英司は静かに視線を逸らすのだった。

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