第9話

「「し、死ぬ……」」


 そう呟くのは、全身ボロボロになった蓮と蒼衣。


「ゴートさん! やりすぎですよ!?」

「死んではいないのだ、問題なかろう」

「馬鹿なんですか!?」


 ゴートの言葉に、ソフィアは回復魔法を二人にかけながら、発狂する。


「ふ、二人とも、随分と無茶してるね……」

「え、えぇ、より一層、頑張るであろうと思っていましたが、ここまでとは……」


 一気に回復した英司と、傍にいたリーナが戸惑いを隠しきれない顔で二人を見る。


「ってか、お前、回復するの速すぎじゃね?」

「だな、昨日、俺達の前で言葉を絞り出した人物と、同じとは思えない」

「二人はストレートに「回復おめでとう」を言えないの!?」


 あの時の決意を返せ、とでも言わんばかりに言葉を発する二人に、英司は思わずツッコミを入れる。


「まぁ、気にするな」

「そうそう、照れ隠しみたいなもんだ」


 二人の返答に呆れながら、英司は純粋に気になっていたことを問いかける。


「ちなみ、どうやったら、そこまでボロボロになるの?」

「あ? んー、とりあえず、百回は殺されたからな、こうなるだろ?」

「二百じゃないか?」

「うん、問題は回数(そこ)じゃないよね!? え、何、殺された!?」


 二人の言葉に、英司は動揺を隠しきれず、リーナもソフィアも目を点にしている。


「いやー、ただの振り下ろしで両腕を折られたときはびっくりしたな~」

「俺がゴートに『弱体化魔法』を全力でかけて、蓮が自分に『身体強化』をかけた状態だったからな~」

「お願いだから、説明して!」


 英司の叫びもむなしく、二人は今日も反省と、明日の方針を話し合う。


 三人が一縷の希望にかけて、ゴートの方へ視線を向けると……


「臨死体験をしただけで、殺してはいないぞ?」

「「「そういう問題!?」」」


 分かるようで分からない説明をされ、三人は頭を抱えるのだった。


――――――――――――


 実践訓練を始めて、一週間が経過した頃。


「グエッ!」

「ウッ!」


 今日も今日とて、ゴートにボコボコにされる二人。


「よしっ、今日はここまでとする」

「お、終わったか……」

「今日もしんどかったな……」


 疲労が蓄積した体を無理やり起こし、今日の反省を互いに述べながら、医務室へと向かっていく二人。

 その背中を見ながら、ゴートは自身の腕に視線を向ける。


「まさか、傷をつけられるとはな」


 かすり傷だが、負傷した腕を見て、ゴートは笑みを浮かべる。

 手加減をしているとはいえ、数日で自分に攻撃を当てることが出来るまで成長したのだ。


「多少は浮かれるだろうと思っていたが、まさか、悔しそうにするとは思わなかったな」


 ゴートはその時のことを思い出し、笑みを深める。

 おそらく、連撃を叩き込もうとしたが、二撃目以降は、全て防がれたからだろう、と一人、当時の光景を思い出す。


「このままだと、チーム対抗戦は、アイツらの圧勝になってしまうかもしれないな」


 そう呟きながら、ゴートも医務室へと足を運ぶのだった。


「二人とも、そこに正座してください」

「え、ソフィアさん……?」

「治療は……?」

「いいから早く!」

「「は、はいっ!」」


 凄まじい威圧を放つソフィアに、二人は怯えながらも、言われた通り、正座する。

 二人が正座したことを確認したソフィアは、一度、大きく息を吸うと……


「いい加減にしろ———ッ!」

「「アッ!?」」


 鼓膜が破れるのでは思えるほどの声量と共に、二人の頭に拳骨を落とした。


「無茶をするな! って何度も言っているのに、どうして毎日ボロボロになってるんですか!?」

「「いや、相手が相手だし……」」

「文句を! 言わない!」

「「アッ!?」」


 再び繰り出される拳骨。一撃目よりも重くなった拳骨を受け、二人は揃って頭を抱え蹲る。


「ソ、ソフィアさん、落ち着いてください!」

「というか、早く治療した方がいいのではありませんか!?」


 英司とリーナの説得により、溜飲が下がったソフィアはいつも通り、治療を始める。


「今日はいつにも増して、ボロボロだね」

「まぁな~」

「真銘魔法を使ったから、それもそうだろうな~」

「「え!?」」


 蒼衣が地面に横たわりながら呟いた言葉に、英司とリーナは目を見開く。


「え!? 二人とも、真銘魔法が使えるようになったの!?」

「は、初耳ですよ!」

「「言ってないからな!」」

「誇らしげに言うな!」


 ドヤ顔で胸を張る二人に、英司は大きなため息をつく。


「ちなみに、どんな魔法だったの?」

「俺は【星幻奏者ファントムジーク】っていう、どちらかというと支援型の魔法だったぞ」

「あー、なんか蒼衣っぽいね。蓮は?」

「俺は【反逆リベリオン】っていう魔法だったぞ」

「うん、怖いね」


 真顔で物騒な魔法名を告げるに、英司は頭を抱える。


「能力だけで言ったら、蒼衣の方が全然凶悪だぞ?」

「え、そうなの?」

「あぁ、アレは凄かった……」


 どこか遠くを見るような目で呟く蓮。

 一体、どんな魔法なんだ! と、英司が蒼衣の方に視線を向ける。


「簡単に言うと、どんな生物も魔法として召喚できて、今日はとりあえず、虫を大量に召喚してみたんだ」

「ヒッ……!?」


 蒼衣から告げられた内容に、リーナの顔が青ざめる。


「蓮、大変だったね……」

「まぁ、強力だから文句はないがな」


 治療を終えた蓮は近くに置いてあった椅子に座り、「それよりも!」と英司とリーナの方を指差す。


「王女さんは、毎日ここに来て、英司の看病をしているそうだな~?」

「え、えぇ、そうですけど……」


 そう答えながら、表では、不慮の事故で【紅竜の呪い】にかかったことになっている英司に巻きつけられた包帯を交換していくリーナ。


「これは偏見だが、王女ってのは色々と仕事があるんじゃないのか?」

「も、問題ありません。毎日、仕事を終わらせてから来ているので」


 しどろもどろになりながらも、答えるリーナに蓮の隣に座った蒼衣が追撃をしかける。


「ほう、つまりは、仕事が終わってからは自分の趣味などに時間を使わず、ずーっと英司を看病している、ってことだな?」

「そ、そうですけど……何が言いたいのですか?」

「いやー、これは俺達の想像なんだが、アンタ、英司に惚れているだろ?」

「な、何を言っているんですか!?」


 蒼衣の言葉に、リーナは顔を真っ赤にしながら声を荒げる。


「うんうん、分かるぞ。死ぬしかなかった自分を命がけで助ける王子様に惚れないわけがないよな」

「王女が『チョロイン』なのは定番だからな」

「何を言っているかは分かりませんけど、馬鹿にされているのは分かりますよ!」


 アンタ王女だろ? と周りが突っ込みたくなるほどの剣幕で、二人に詰め寄るリーナ。

 すると、二人が小声でリーナにだけ聞こえるよう囁く。


(別に隠す必要はないんだぞ? アイツは良い奴だから、惚れてもおかしくはないな~)

(ただ、凄まじいほど鈍感だから、頑張れよ)

(う、うぅ……、色々、言いたいことはありますけど! ありがとうございます……)


 顔を赤らめながら、お礼を口にするリーナに、二人は小さくサムズアップする。


「三人とも、何を話しているの?」

「別に、これからもお前を任せた、と言っただけだ」

「なら、いいけど……冗談でも、リーナ様が僕に惚れているなんて言わない方がいいよ?」

「「……頑張れよ」」

「……はい」


 二人の弱々しい激励に、リーナも同じぐらい弱々しい声で返事をするのだった。

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