第7話
信じたくない光景に一瞬、二人の思考は停止する。
「おい、英司、ふざけるなよ……」
「そうだ……無茶は絶対にするなって、言ったよな?」
今も静かに眠る英司に、二人は涙を浮かべながら詰め寄る。
「……」
ゴートが静かに二人を見つめていると、
「……あの、よろしいでしょうか?」
扉の外から、女性の声が聞こえた。
「構わない」
ゴートがそう言うと、二人の女性が部屋の中に入ってきた。
「お前、いや、貴方は……」
「どうして、ここに?」
そのうちの一人の姿を見た二人が目を見開く。
「二人とも、色々と整理がついていないだろうが、まずは今回、このような事態が
起きてしまった経緯を説明させてくれ」
部屋にいた全員が用意されていた椅子に座ったのを確認したゴートは、説明を始めた。
――――――――――――
「最初に、今回の『奈落』攻略は失敗だ」
「「……」」
ゴートの言葉に、蓮と蒼衣は無言を返す。すぐ近くには、ボロボロになった友がいるのだ。疑う気にすらならない。
「……なら、どうして、英司はあんなボロボロになっているんですか?」
「それは、私の口から説明させてください」
蓮の問いかけに、先ほどまで口を閉ざしていた一人の少女が声を上げた。
「王女様、って呼んだ方がいいか?」
「いえ、ここは非公式の場。何より、今の私に敬意を払われるような資格はありませんよ」
少女の名は、リーナ・フォン・サンダリオン。この『サンダリオン王国』の第一王女である。
彼女は、乱雑な口調で話しかける蓮を咎める素振りを見せず、どこか申し訳なさを感じているようにすら見えた。
「どういうことだ?」
「あの方、尾形英司様があのようになってしまったのは、私が原因なのです」
「……続けてくれ」
辛そうに、あるいは悔やむように呟くリーナを見て、蒼衣は続けるよう促す。
「今回の『奈落』攻略に、私がついて行ったのは知っていますよね?」
「あぁ」
この世界では貴重な【魔導士】の職業を有し、三属性の魔法を使えるリーナも、当然、今回の攻略メンバーに選ばれていた。
「私達、攻略部隊は、これまでとは比べ物にならない程、順調に『奈落』を攻略していました」
『奈落』はその名の通り、地下に存在する迷宮で、下に行けば行くほど生息する魔物は強くなっていく。
全何階層で構成されているかは判明しておらず、過去、挑戦した者達の最高到達階層は五十階層であり、それより下の階層に関する情報は一つもない。
「私達は間違いなく、過去最速で『奈落』の四十階層に到達しましたが、それより先には進めませんでした」
「四十階層? ゴートさんの話だと、五十階層までは攻略できる実力があるはずだが?」
「えぇ、そのはずでした……」
しかし、と言いながら、リーナは唇を噛む。
「四十階層に生息する魔物、
「「ッ!」」
リーナの言葉に二人は思わず、驚いてしまう。
ゴートの見立てが間違っていた? いや、それは絶対にあり得ない、と二人は断言する。
ならば、なぜ、部隊は壊滅したのか? という疑問は残ったが、一先ず、リーナが全てを話し終えるまでは黙っておくことにした。
「他の勇者様が、紅竜に勝てないと悟った瞬間、我先にと逃げていく中、英司様は逃げ遅れた私達を助けるために、一人、紅竜に立ち向かったのです」
「「……」」
「結果、死者は一人も出ず、私達は王城に帰還することができたのです」
「そうか……」
全てを話し終えたリーナ。その顔は、どんな誹りも受ける覚悟は出来ています、と言っているようだったが、二人は彼女にそんなことをしようと思わなかった。
むしろ……
「とりあえず、アイツらを
「そうだな、この世界なら殺しても問題ない」
あれだけ威勢を張っていたにもかかわらず、すぐに逃げたという
「ちょ、ま、待ってください! と、とりあえず、落ち着いてください! 殺すのはダメですよ!」
「あぁ? なんでだよ、殺したいから殺す、それだけだろ?」
「何か問題があるのか?」
「ありますよ! え、ありますよね!?」
目から光が消えた二人に、リーナは慌てふためく。
「あの、よろしいでしょうか?」
すると、リーナと共に部屋に入ってきた女性が少しだけ困惑した声音で話しかける。
「えっと、アンタは?」
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私はソフィア・ローデリア、この王宮で
「治療師のアンタが、俺達に何か用でもあるのか?」
「えぇ、お二人に英司様の容体についてお伝えしなければいけませんので」
容体。その言葉を聞いた二人の顔に緊張が走る。
「紅竜との激しい戦闘を行ったためでしょう。至る所に火傷がありましたが、お伝えしたい問題はそこではありません」
そう言うと、ソフィアは立ち上がり、英司が眠るベッドに近づく。
「これを見てください」
同じように立ち上がり、ベッドに近づいた蓮、蒼衣、リーナの三人にソフィアは、謎の紋様が刻まれた英司の手を見せる。
「え、こ、これって……!」
それを見たリーナが驚愕の声を上げる。
「王女様はこれを知っているのか?」
「は、はい……実物を見るのは、初めてですが……」
この世界に来てから一カ月も経っていない二人は当然、こんな紋様を知っているはずがないので、ソフィアに視線で続きを要求する。
「この紋様は【紅竜の呪い】を受けた証であり、このままだと、英司様は命を落とすでしょう」
「は!? どういうことだよ!?」
「【紅竜の呪い】は数ある呪いの中でも、最も強力な呪いであり、対象が死ぬまで、少しずつ生命力を奪っていくのです」
「な、なんだよ、それ……?」
ソフィアの説明に二人は愕然とする。
「な、なんとかして治すことは出来ないのか?」
「……すみません、私では解呪することは出来ません」
なら、他の人は! と言おうとした蒼衣の肩にゴートの手が置かれる。
「残念ながら、ソフィア以上の治療師はこの王宮にはいない」
「なっ!?」
「……なら、どうすれば解呪できるんだよ?」
そう問いかける蓮に、ソフィアは少しだけ俯きながら、口を開く。
「現在、私達に取れるのは、紅竜の討伐による解呪しかありません……」
その言葉を聞いた二人は、そうか、と短く答え、部屋から出ようとする。
「何をするつもりだ?」
その姿を見たゴートが静かに、されど、どこかの圧を感じさせる声音で二人に語り掛ける。
「……決まっているだろ、『奈落』に行って、その紅竜を討伐するんだよ」
「時間がないんだろ? なら、早めに行動して、何が悪い?」
常人であれば、腰を抜かす覇気を放つゴートに対し、二人は全く怯えた様子を見せず、乱暴な口調ではっきりと意志を示す。
「真銘魔法を使えないお前達が行ったところで勝てるわけがないだろう」
「知るかよ、そんなこと」
「死ななければ問題ない」
二人がそう告げた次の瞬間、部屋に突風が吹き荒れ———
「「ガッ!?」」
「この程度の攻撃を視認すらできないお前達が、死ななければ問題ない? 笑わせるな」
———凄まじい速さで距離を詰めたゴートによって、二人の首が締め上げられる。
「は、なせ……!」
「断る」
必死に抵抗する蓮に対し、ゴートは首を絞める力を強める。
「ア……ッ!」
「くっ……!」
二人の意識が落ちる一歩手前まで来た時だった。
「れ、ん……あお、い……」
ベッドから、声が響いた。
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