第4話


「もう、やだ……」

「一番、持っちゃいけん奴が持ってしまった……」


 部屋に置かれていた椅子に座り、絶望の表情で空を見上げる、蓮と蒼衣。


「二人とも、いい加減教えてくれない?」

「あ? 何の話だ?」

「僕が『聖騎士』って聞いた瞬間、二人がこの世の終わりみたいな顔をしている理由だよ!」


 気怠そうに振り返る蓮に、英司は怒鳴りながら、先ほどから気になっていることを尋ねる。


「あー、それなー」

「説明が面倒くさいな」

「頼むから、教えてよ!」


 面倒くさいと言うよりも、言いたくないという空気を感じながらも、英司は必死に懇願する。


 すると、蓮がため息をつきながら、英司の方を見る。


「それについて説明する前に、まず、真銘魔法について整理するぞ」

「確か、この世界で使える人は少ししかいなくて、普通の魔法とは比べ物にならないんだっけ?」

「で、俺達、異世界の人間は、その真銘魔法を最初から持っているんだよな」


 蒼衣も会話に加わりながら、真銘魔法についての情報を整理する。


「ここからは推測の話だが、十中八九、俺達は戦争の道具にされると思われる」

「せ、戦争の道具に? ど、どうして?」

「だって、考えてみろよ。この世界では使える人が少ない魔法を、俺達は使えて、その威力は強力」

「もし、俺達が魔王との戦争に赴けば、一気に戦力が拡大し、容易に魔王を討伐できるだろ?」

「な、なるほど……」


 二人の説明に、英司は納得する。


「まぁ、それは正直どうでもいい」

「呼び出された時点で、多少は覚悟していたからな」

「あ、あの時の言葉はそういうことだったんだ……」


 ———


「お気楽だな」

「まだ、分かっていないだけだろ」

「え、え、何の話?」


 ———


 英司は、先ほどの二人の言葉を理解し、そして、自分達が異世界に来たのだと、強く実感する。


「問題はお前だ、英司」

「ぼ、僕?」

「正確には、『聖騎士』や『勇者』といった希少な職業を持つ連中、だな」


 二人の言葉に、英司は首を傾げる。


「王様たちの話を聞く限り、希少な職業を持つ者は、特に強力な真銘魔法を持っている、と思われる」

「ノード、って奴も、お前の職業について話す時に、強力な真銘魔法を有している、と言っていたからな」

「そうだね。でも、それの何が問題なの?」


 英司の問いかけに、二人は少しだけ顔を歪めながら、説明を続ける。


「強力な力を持つ者は、例外を除き、戦場の最前線に赴かなければならない」

「希少な職業を持つ連中は、真っ先に連れていかれるだろうな」

「も、もしかして……」


 二人の言おうとしていることに気づいた英司の顔が青ざめる。


「英司。お前は、あらかた訓練が終わったら、すぐに戦場に送られる」

「それも、一番、死ぬ危険の高い戦場の最前線にな」


 その言葉を聞いた英司は、フラフラになりながら、近くにあった椅子に座り込む。


「そ、そんな……」

「さらに言うと、俺達は、すぐには戦場に赴けない」

「えっ!? ど、どうして!?」


 告げられた蓮の言葉に、英司は目を見開く。


「二人がいないと、僕は……」

「辛い戦場を、一人で過ごすことになるだろうな」


 英司に心の拠り所がない、というのは、大きな問題だが、二人には赴くことができない理由があるのだ。

「英司、俺達の真銘魔法も見たか?」

「もちろん、って……も、もしかして……!」


 蓮の問いに答えながら、英司は、二人がすぐには戦場に赴けない理由に気づいてしまった。


「一応、確認するか」


 蒼衣がそう言いながら、懐から名刺ほどのサイズの薄い板を取りだす。


 ノードが先ほど、ステータスを調べ終わるたび、一人一つずつ手渡していた『ギルドカード』である。


 国が管理する組織、『ギルド』によって作られた物で、身分を証明するだけでなく、今、現在のステータスを確認することができる代物だ。


 蓮と蒼衣は、ノードから教わった通りの手順で、ギルドカードに自身のステータスを映しだす。


 ———


 名前:岩本 蓮


 力:C 防御:D 魔力:D 敏捷:C


 職業:剣士 魔法:無 スキル:【剣術】


 真銘魔法:【——】


 ———

 ———


 名前:星野 蒼衣


 力:D 防御:D 魔力:C 敏捷:C


 職業:魔導士 魔法:光、闇 スキル:【魔導】


 真銘魔法:【————】


 ———


「俺達の真銘魔法は見ての通り、名前すら分からない状態だ」

「ノードの説明だと、何かしらの条件を満たしていないために使えない状態になっている、だったか?」

「そんなに珍しいことではないし、これだけ勇者がいたら、流石にいるとは思っていましたよ、って、ノードさんは言っていたね」


 三人は、ノードが丁寧に説明してくれた内容を思い出しながら、情報を纏める。


「つまり、二人は、この真銘魔法が使えるようにならないと、戦場に送られることはない。そう考えているんだね?」

「あぁ」

「本当は無理してでも、行きたいんだがな」


 絶対、王様とか団長様が許可しないだろうな、と言い、肩をすくめる蒼衣。


「なるほどね、二人は僕が一人で戦場に行くようなものだから、心配してくれたんだね」

「お前は絶対に無茶するからな」

「そうそう、リードを握っておかないと、すぐに暴走するんだよな」

「おい!」


 しんみりとした空気から一転、すぐにいつも通りの空気に戻る。


「まぁ、俺らも出来る限り、早く戦場に行けるよう訓練に臨むつもりだが」

「お前は無茶しすぎるなよ?」

「分かった!」



 そう言い、力強く頷く英司。それを見て、二人は心配の種が少しは取れたのか、穏やかな表情を浮かべる。



 しかし、彼らは、真の意味で、この世界が異世界だと知らなかった。


 この世界では、悲劇が『日常』だという事に、この時の彼らはまだ気づいていなかった。


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