第25話

「おい、ヴァイス!」


 寮に帰ると、先輩が怒っていた。

 さすがに、門限破りすぎてる時間だな……。


「毎回、毎回! 俺との風呂が嫌なのか!」

「いやいや、そういう訳じゃ……」


 僕は、今日あったスライム退治の件について細かく先輩へと説明した。

 そうすると、先輩は家の外を指差した。


「お前が別の寮に行ってる間に、掘ってたんだぞ!」

「あっ……! いつか言っていた、露天風呂ですか!」


 僕が驚いても、先輩は不服そうな顔をしている。

 少し機嫌取りでもしておかないとかな……。


「い、いいですねぇ。さすがですよ、先輩!」

「じゃあ、早速入るか!」


 これを断ったら殺されるような、禍々しいオーラを出してくる先輩。

 後ろに黒いオーラが具現化されているように見える。


 この圧力は、世が世ならハラスメントだよなぁ……。

 先輩とお風呂入ること自体は嫌じゃないんだけども、恥ずかしさの方が強いんだよな……。


「よし! じゃあ、先行ってるぞ!」

「は、はい!」


 先輩は、その場で服を脱いですぐに外の露天風呂へと駆けていった。

 先輩にならって、僕も服を脱ぐ。

 せめてもの抵抗として、バスタオルを巻いていく。


 そんな準備をしてから外に出ると、先輩は既に湯に浸かっていた。


「思った通り気持ちいいぜー」


 ゆったりとくつろぐ先輩。

 今はなんの圧力も無くなっていた。


 ボクは湯の近くまで歩いていくと、おそるおそるバスタオルを取ってその場に置き、湯に入った。


 足先から湯に浸かる。

 少し熱めの温度だ。

 慎重に入りたいところはあるが、外で裸になってる時間も恥ずかしいので、勢いで入ってしまう。


 最初こそ熱く感じたが、とても気持ちいい。



 どこから引いているのか、しっかりと湯口まで付いている。

 岩を掘り出したような湯口で、元からここが温泉だったかのような、自然な作りとなっている。


「な、この露天風呂いいだろ?」

「は、はい。すごく気持ちいいです」


 僕の答えに、先輩うんうんと満足そうに頷いていた。


「それで、今日は何をしてきたんだ?」


 先輩からは先程までの怒りがなく、子供の話を聞く親のように優しく聞いてきた。

 僕は湯に浸かりながら、今日のことを振り返りながら再度話していった。



「ふーん。魔力の泉か。確かに、そんなものがあったな」


 先輩は、久しぶりに聞いたかのような口振りであった。


「あれ? この寮も魔力の泉からの水を使ってるんじゃないんですか」


 先輩はあっけらかんと答えた。


「いや、違うぞ。これは、ただの天然の温泉だ。俺が何ヶ所も地下深くまで掘って、掘り当てたんだ」

「へ……? それじゃあ、お風呂に入ったら魔力が上がるとかじゃなくて? 他の寮だと、お風呂に入る目的は魔力の向上って言ってたんですけれども……」


「ははは。アイツら、そんなことで頑張ってるのか。うちは、もちろんそんなことは無いぞ! やっぱり魔法は使って鍛えて、なんぼだろう!」


 あぁ、先輩は、そういうタイプなんですね。

 じゃあなんで僕をお風呂に入らせたがるんだろう……。


「天然温泉の方が、気持ちいいだろ!ははは!」


 他の寮長と違って、この人だけは天才タイプらしい。

 余計に何かを教えてもらうっていうのは、難しい気がする……。



 ――カサカサカサ。


 草が揺れる音がしたかと思うと、そこからドラゴンが現れた。


「ひ、ひぇっ……。ドラゴンですよね、あれ……。不味くないですか……?」

「お、本当だ。せっかくの機会だから、俺が魔法を見やろうか? ちょっと立って、魔法唱えてみろよ」


「は、はい」



 言われるままにその場に立つ。

 けど、裸で魔法を使うのか……。


 これは、どんなハラスメントになるんだろう。

 趣味の悪い人は、裸の人間を椅子にしたり、裸の人間を皿のように扱ってしまう人もいるからな……。



 裸の後輩に魔法を唱えさせる。

 きっと、そんなフェチがあるのだろう。


 とりあえず、基礎的なところの復習から……。


「アイス・レイル!」


 瞬時に、敵の足を凍らせる。

 よしよし。上達してるぞ。

 アズール寮で教えてもらった通り。

 出来る限り素早く凍らせるイメージ。


「グラビデ!」


 今度は重力魔法で地面に叩きつける。

 範囲を狭めるイメージで、顔だけを地面へ叩きつける。

 いいぞいいぞ。

 順調だ。


「ウォーター・ショット!」


 その後状態で、攻撃魔法を連発して存分にドラゴンに当てる。

 最近覚えた魔法の組み合わせだ。

 これが今の僕に出来る最高の魔法。


 先輩の方を見ると、渋い顔をしていた。


「うーん。ダメだな。それじゃあ、倒せないぞ」


 攻撃魔法による煙が晴れると、ドラゴンはピンピンしていた。


「最近体験したんじゃないか? 魔法の効かない敵もいるんだぞ。そんな時には自分にバフをかけるのが良い」


 先輩が立ち上がると、強い風が吹き抜けた。


「風魔法であれば、自分の周りに纏わせて具現化するんだ」


 そう言うと、先輩の身体の周りには、何層にも風の膜のようなものができている。


 そして、吹いている風が段々と先輩の手に集まってきた。

 目に見えないはずの風が段々と手の中で圧縮されていくのがわかる。


「このくらいまで行くと、お前にも見えるだろう。ウインドブレードだ」


 風が集まり、白く光る刀身が見えてくる。


「身体強化もあいまって、今の俺に切れないものは無い」


 先輩がそう言うと、ドラゴンの上半身と下半身がズレていった。


 どうやら、先輩のウインドブレードが切っていたようだ。

 何かが起こったかわからないくらい一瞬のうちに、先輩はウィンドブレードを一振りしたらしい。


 二足に立ち上がっていたドラゴンは、腹から真っ二つになっていた。

 上半身は倒れ、下半身だけが地面に立っている状態となった。


「す……、すごいです……。先輩!」


 そのあとで、遅れて森の木がズズズと、音を立てながら木の幹がずれ始めた。


「え、どういうことですか……?」


 森の木々が一斉に崩れ始めた。

 どうやら、先輩の一太刀が遠くの方の木まで、全てを切っていたらしい。


「まぁ、こんなものだな」

「先輩……。森壊しちゃってるじゃないですか?」


「木なんて、すぐ生えてくるからいいだろ。ははは」

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