第18話

「ごめんなさい。ちょっとやり過ぎちゃったみたいで」

「いや、待って。まだいるよ!」


 一匹大きいワイバーンが空から降りて来た。

 羽ばたくだけで、校庭に置かれた用具が飛んで行ってしまいそうだ。

 巨体を浮かせるだけの風圧が地面へと降ってくる。


 生徒たちはしゃがんで、どうにか自分の身体を守っていた。

 自身の身体が飛ばされないようにするだけで、精一杯のようだった。

 僕も、魔法を発動していなかったら、すぐに身体が飛んで行ってしまっていただろう。


「グワーーーーーー!!」


 咆哮も、桁違いだ。

 さっきまでとは、レベルが違う。

 三階建ての校舎よりも、このワイバーンの方が大きいかもしれない。


 その咆哮は、校舎の窓ガラスを割らんばかり。

 校舎自体は魔力結界によって守られているから、どうにか割れずに済んでいるようだ。


 咆哮を終えると、大型ワイバーンはこちらをジロリと見てきた。

 これは、さすがに生命の危機を感じる……。


「うわぁ、逃げろー!」

「みんなで力を合わせろー!」


 逃げ惑う生徒たちを横目に、僕はワイバーンと向き合う。


「僕がこいつの動きを止める。グラビデ!」


 ――ズンッ!


 大型ワイバーンの足が地面にめり込む。

 先ほどのように、身体ごとは地に落ちてくれないらしい。


「もう一度だ! グラビデ!」


 ――ズンッ!!


 大型ワイバーンの足がさらに地面へとめり込んだが、足だけ。

 身体は押しつぶされない。


 くっ……。

 僕の魔法で、どうにかしたいのだが……。


 ――グググー!


 大型ワイバーンの身体が熱を帯びてきた。

 付近の温度が上がって

 力を溜めている。


 まずいぞ。

 これは、おそらく火炎を吐いてくるタイプだ。


 せめて、咆哮を抑えないと。

 ここにいるみんなが丸焦げになってしまう……。


「グラビデ!」


 空から、声が聞こえて来た。

 僕じゃない人が魔法を使ったようだ。


 大型ワイバーンの口が、無理矢理閉じられる。

 ピンポイントで、重力魔法を使ったんだ。


 そのまま、大型ワイバーンは顎から地面へと叩きつけられる。

 頭を中心として、どんどんと地面へとめり込んでいく。


「新人君、君は魔法範囲の指定が甘い」


 声の主は、空から僕のところまで降りて来た。

 緑色のローブをつけて、丸眼鏡をくいっと上げた。

 ヴェール寮の寮長だ。



「みんな、今だ!」


 寮長の合図と共に、ワイバーンへファイヤーボールが撃ち込まれていく。

 大型のワイバーンは煙に包まれていった。

 これでやれたのか……。


 煙の中から、ワイバーンの声が聞こえる。

 いや、やっぱりダメだったのか……。


 煙の中から、いきなり炎が吐かれた。


 防御結界。

 先日教えてもらった技。

 あらかじめ自分や、その周りに付与しておけば自動で発動できる。

 何かあったときも、これで安全だと、教えてもらっていた。


「ほう。なかなか役に立つじゃないか。それは、アズール寮のところの魔法だな」


 寮長は、僕の魔法に感心しているようだった。


「呑み込みが早いんだな。やはり、君は俺の寮に来るべきだ。こちらの寮に来れば、お前は今以上に強くなれるぞ」


 それはかなり魅力的な提案だ。

 防御魔法よりも、こちらの寮の方が攻撃面でも役に立ちそうだし。


「その顔、うちに来る気が少しはありそうだね。そうしたら、君がうちの寮に来たくなるように、少し見せてやろう」


 寮長はニコッと笑うと、ワイバーンに向かって杖を振った。


「グラビデ!」


 寮長の魔法によって、ワイバーンが立っている地面が、メキメキと音を立ててへこんでいった。

 さっきとは比べ物にならないくらいの大穴が開いていく。


「まず、これが、範囲攻撃だ。大型ワイバーンが沈んでいくだろ?」


 その間に、残った生徒は宙に浮かせていた。

 寮長は器用にも、同時に二つの魔法を使っているらしい。


 巨大な力を使う傍らで、繊細さが保たれている。

 どんな神経をしているんだ……。


「そうだ、気づいている通り、重力を無効化することもできる。同時に実現させることも」


 大型ワイバーンが暴れだした様だ。

 沈んだ穴の中から。上空にに向かって火炎を吐いてきた。


「まだ暴れるのか。あいつには、きつい仕置きが必要だな」


 寮長は不敵に笑うと、俺の方を向いた。


「魔法はイメージによって作られる。範囲を攻撃することもできれば、ピンポイントに集中することもできる。凝縮させていくイメージだ。こんな風に」


 大穴から、無数の針のようなものが飛び出してきた。

 そして、大型ワイバーンの苦しむような声が聞こえる。


「ちなみに。これが、縦方向の重力。重力にも方向性があるのは知っているだろ?」

「は、はい」


 僕は頷く。


「この穴の中だけ。地面だけを横方向の重力を働かせるとどうなると思う?」


 ――ギャーーーー……。

 再度、大型ワイバーンの苦しむような声が聞こえてきた。


「中心に向かって、ギューッとだ」


 穴の中からは、声にならない声がする。

 あの大型ワイバーンをこんな風に倒すなんて……。


「ついでに埋葬もできて、楽チンだろ?」


 寮長は笑いながら、かなりすごいことをやってのける。


「これで仕上げだな」


 寮長は両手を合わせると、大きく穴の開いた地面がふさがりだした。


「補助魔法と言われたりするが、根本的には他の魔法と変わらない」


 地面に空いた穴は、完全にふさがった。


「どう扱うかという所だけが違う」


 寮長は笑ってこちらを見てくる。


「これで、うちの寮、ヴェール寮にも興味を持ってくれたかな?」

「……はい!」


 戦いが終わると、先生が駆け付けた。


「ワイバーンの群れが出たらしいな。守ってくれたこと感謝する」

「いえ、例には及びません」


 寮長が答えてくれる。


「ただ……、いろいろと、グランド整備をする必要があるな」


 先生は、グラウンドに開いた小型ワイバーンの穴を見ながらそう言った。

 そっちは、僕があけてしまった方の穴だ……。


 まだまだ僕は未熟だ。

 もっとスマートに、魔法を扱わないと……。


「君が良ければ、今からでも魔法を教えるけれども、来てみるかい?」

「はい! もちろん行きます!」


 僕の返事に、寮長は満足そうに頷いていた。

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