第11話

 魔法学園だけれども、大人になるための基礎的な学習はする。

 それこそ、数学や国語みたいな授業だってある。

 そのあたりは、僕の前世と大体同じだった。


 一度履修済みの内容だから、僕にとっては簡単。

 この時間を使って、魔法を上手く扱えるようになりたいんだけどね。


 窓の外を見ると空を飛んだりしている生徒もいる。

 体育の授業か何かかな。

 飛ぶ速さを競っているらしい。


 ああいう授業ばかりでいいのにな。

 この学校は、治外法権のような措置が取られている。

 普通は王国内では魔法を使用するのは禁止されているが、学園内では基本的には自由に魔法が使える。


 だからああやって、魔法を使って授業をしたりできるというわけ。

 まぁ、自由に使えるといっても、関係のない授業で魔法を使用していると、さすがに怒られてしまうだろう。

 僕も早く魔法が使いたいよ。

 早く次の授業になれ一。


 ◇


 次の授業は、魔法学の授業。

 普通の授業とは違って、この学園独自のカリキュラムが組まれている。

 ライセンスを取得するためには、この授業の点数が大事になる。


 技能がいくらできても、筆記試験で落とされるっていうことがあるらしいし。

 だから、こういうところで必死に勉強しないと何だよね。

 元の世界の知識も全然使えないし。


 先ほどの国語の授業と同じく、座学の授業が続く。

 まだ先生が来ないため、雑談が飛び交っていた。


「魔法学って、難しらしいよね。この教科の点数が悪いと、ライセンス取得が難しくなるらしいよ」


 友達の少ない僕は、こういう時には話に混ざらず聞き耳を立てるしかない。

 あっちの緑色のロープの子はしっかり先まで見据えているんだな。


 一方で、余裕を持った態度を見せていたのは赤色のロープの子だった。


「俺たちは、先輩から過去問もらっているから、意外と苦労しないって聞いたぜ」

「……へ?」


 思わず声が出てしまった。

 元いた世界の学生がやるような、過去問を使用するみたいな仕組みがあるのか。


「そんなのがあるんだ。それ、僕も欲しいなー!」

「ノンノン。それはダメだって、先輩が言ってたぜ。寮外不出なんだってさ」


「そうなのか。けど、そうしたらうちの寮にもそういうのがあるかもしれない」

「確かにな、寮長に直接聞くのはハードル高そうだから、まずはバディの先輩に聞いてみるのがいいかもな」


 ……はぁ。いいなぁ。

 他の新入生には、バディの先輩というのがいるんだよな。

 僕のところは、寮長がバディの先輩になっている。


 これは、聞きにくいな……。

 というか、あの部屋の散らかりよう。

 絶対に持ってないだろうな。


 帰ったら聞いてみようかな。


 どれだけ難しい授業なんだろうと身構えていたが、最初の魔法学の授業は初歩の初歩だった。

 僕でもわかるような、簡単なもの。


 つまらない授業は長く感じるけれども。

 終わってしまうと、何の記憶にも残っていないものだよね。


 とりあえず、授業に参加できたという事実だけが残った感じだ。


 ◇


 新学期が始まって、最初の方の授業というのは、午前中で終わることが多い。

 いろいろと、先生間でも調整があったり、新年度でバタついているのだろう。


 僕は、授業が終わると、すぐに寮へと帰った。

 寮へ帰ると、先輩はいつも通り、魔法の実験をしているようだった。


「おー、お帰り! 昼飯は適当に食っておいてくれ」


 うーん……。

 やっぱり適当だな……。


 そして、昨日掃除したばかりだというのに、もう部屋が汚い。

 こんなにモノが少ない家なのに、どうして汚くできるのか知りたいものだよ。

 ごみを生み出す魔法とか、部屋を汚す魔法の研究でもしているのかな。


 はぁ……。

 先輩が置き散らかした制服と、カバンを持って、先輩の部屋へと片付ける。


 そういえば、先輩の部屋だけは意外と綺麗なんだよな。

 ベッドシーツは寄れがなく、きちんとベッドについているし。


 勉強机の上も綺麗に何もない状態。

 本棚に、教科書や参考書だって、綺麗に並べられている。


 そういえば、どうなんだろうな。

 こんな部屋なら、過去問っていうのもあるのかもしれない。

 いきなりここを漁るのも失礼だから、直接聞いてみよう。

 先輩のいる実験部屋まで戻って聞いてみる。


「あの、先輩。魔法学の授業について噂で聞いたんですけど。他の寮だと、どうやら過去問っていうのがあるらしいですね」

「あ、そんなの、無くても試験なんて簡単だろ」


「いや、それがあった方が、安心といいますか。もし取って置いてあるなら、見てみたいなー……なんて……」

「あ? 見たいって言われてもな。俺は、学び取った内容は、全て捨ててるぞ?」


「え……?」


 そうか、この人はそういう人なのか。

 天才肌っていうやつか……。


 解き終わった参考書は片っ端から捨てていくような人、前世にもいたな。


「そんなに魔法学が気になるなら、俺が勉強見てやろうか?」


 あ、なるほど。

 教えてもらうっていう手もあるのか。


 知識豊富な先輩から直に教えてもらう。

 過去問を見るよりも、効率が良いかもしれないぞ。


「じゃあ、お願いしたいです」

「いいぞ! 教科書持ってきてみな」


 僕は、カバンから教科書を取り出して、先輩に見せる。


「はい!」

「うーんと、どれどれ?」


 僕が広げた教科書を受け取るでもなく。

 先輩は、僕の後ろに回り込んで、一緒に教科書を見だした。

 なんでか、バックハグをするような。


 そんな体制。

 なんか、近い。


「試験の内容なんて、忘れちまったけどな。けど、ほら、これこれ。この魔法は重要だぞ」

「えっと、はい」


 あれ……?

 なんで、僕はドキドキしているんだ……?


 先輩に身体を密着されて。

 いや、相手は先輩っていうのはわかっている。


 けど、なんでだろう。

 昨日の先輩の裸が、頭をよぎってくる。

 どうしよう、あの姿が頭を離れない。


 緊張してしまうので、少し振り払うようにして、バックハグを解こうとする。


「あ、どうした? 変な顔して、俺匂うか?」

「いや、そんなことないです。大丈夫です」


 先輩の腕の中で、もぞもぞと動いて。

 どうにかハグを逃れようと試みるが、なかなか抜けられない。


「それ、匂うって言ってるようなもんだろ。俺、傷つくわー」

「いえいえ、そんなつもりじゃ……」


 後ろ斜め上の方向。

 先輩の顔がある方へ向く。

 せっかく教えてもらっているのに、怒らせてしまうのは申し訳ないし。

 そう思って顔色を窺う。


 先輩と目が合うと、ニコッと満面の笑みを浮かべた。


「しょうがねぇから、今から風呂入るか」

「え、あ、そうなんですね」

「お前も一緒だよ。俺が臭いんだったら、お前も同じだろ」


 よくわからない理論。

 僕は一生懸命に首を横に振って否定した。


「なんだよ。変な奴だな。一緒に風呂に入るっていうのは、寮の醍醐味だろ?」

「いや、そんなことないでしょ。先輩、お風呂好きすぎですって」


 先輩は少ししゃがんで、首元へ顔を近づけてきた。

 思わず僕は、目をつぶってしまった。

 首元ヘキスでもするかのように。

 暖かい息が吹きかけられる。


「お前、意外と良いかもな」

「えっ……、何がですか」


 先輩は、逆の首筋にも顔を近づけてkるう。

 何も言わずに、何度も暖かい息が吹きかけられる。


「なんなんですか。何がしたいですって」

「やっぱり、あれだ。お前も風呂入れ」


 この家にいたら、身が持たないぞ。


「嫌ですってーー! 先輩、ちょっと僕出かけてきます!!」


 僕は、その場でしゃがんで、先輩の拘束をするりと抜けた。

 後ろを振り向かずに、一目散に家を出て行った。

 先輩から、残念そうな声が聞こえてきた。


「いや、お前も匂うから風呂入った方がいいぞーっていうだけなんだけどー!」

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