第7話

 トロールの振り上げられた棍棒。

 それを、僕の真上から降り下ろしてくる。


 トロールは、思ったよりも早く動く。

 僕は、怖くて目を閉じてしまっていた。


 こんなこと、今まで無かったのに……。

 僕の魔力量は、他の人たちよりも数倍、数十倍は多いはずなのに……。

 こんなところで……。


 自分の身体を庇うようにして、腕をクロスさせる。

 今の僕にできる、せめてもの防御姿勢。


 死にたくないという思いで、目一杯に防御魔法を展開させる。

 氷の障壁を身体の前に出す。

 今の僕には、これしかない……。


 そうやって必死に身構えていた。

 魔力を思いっきり前方へと集中させて。


 だが、腕にトロールの棍棒は当たらなかった。

 その代わりに、一陣の風が吹き抜けた。


 ……あれ。

 ……どういうことだ。


 身構えた腕の隙間から様子を見てみると、トロールは目の前からいなくなっていた。

 どこへ行ったかと辺りを見ると、数メートル先へとトロールは吹き飛ばされていた。

 尻もちをついたような姿勢となっていた。


 これって、もしかして、魔法の力なのか……?

 もしそうだとしたら、誰が……。



 その時、遠くの方から声が聞こえて来た。


「おいおい、新入生。昼飯も作らずに何やってるんだ?」



 あれは……、先輩だ。


 先輩は、前方に集まっていたトロールの群れの間を縫って、悠々と歩いてきた。

 トロールたちも、不測の事態に驚いて攻撃する手を止めてしまっている。


 先輩はゆっくり歩いてくると、僕の前へと立った。

 首を傾けて、不思議そうな顔をしている。


「そろそろ、飯の時間だろ?」


 うぅ……。

 先輩が来てくれたんだ……。

 嬉しく思う反面、情けない姿を見せてしまったと、恥ずかしい気持ちが湧いてくる。


 何と言ったらいいのだろうかと、言葉が出ないでいると、先輩の方から話しかけてくる。


「もしかして、こいつらを昼飯にしようって考えてたのか? それは良く無い選択だぞ。こいつらは、すごく不味いんだぞ……? 食べたことないかの?」


 安心感がある声。

 先輩がいるっていうだけで、先ほどまで震えていた足が止まった。

 僕の身体の硬直が徐々に溶けてくるのを感じた。


「……ぼ、僕は遊んでるんじゃないんですよ。トロールの巣に迷い込んでしまったようで」

「はぁ? 飯のためじゃないのか? じゃあ、トロールと遊んでないで、すぐ倒して帰って来いよな?」


 僕と先輩が話していると、トロールたちも状況がわかってきたのか、こちらを威嚇するような鋭い目で睨んでくる。


「お前たち、俺らのことを舐めているのか?」

「二人とも、食ってやる!」


 トロールたちが徐々に近づいてくる。


「そ、それができれば、僕だって戻りたかったですよ……」

「はぁ……。こんなトロールくらいで……」


 先輩がそう言っている間に、一体のトロールが先輩の背後へと近づいていた。

 攻撃しようと、棍棒を振り上げる。


「先輩、あぶな……」


 そう言い終わる前に、トロールは風で吹き飛んでいた。


「え……、先輩どうやって……」

「魔法くらいな、こうやってすぐに出せるようにならないとだぞ?」


 すごい……。

 やっぱりレベルが段違いだ……。


 先輩は僕の肩を叩くと、うんうんと頷いた。


「まぁ、俺はそこに座ってみているから、ちょっとお前が戦ってみてくれ。今の俺は、お腹が空いて力が出ないや」

「え、先輩なんですかそれ……。せっかく来てくれたのに、助けてくれないんですか?」


「ははは……」


 先輩は力無く笑って、木の幹に腰掛けてしまった。


 そんな、お腹が空いて力が出ないなんて。

 それって本気なのかな、先輩……。


 先輩は、目をつぶってしまった。

 一緒に戦ってくれる気はないのか。


 僕にこんな大量のトロールを相手にできるのかな……。


「大丈夫だ。お前なら多分できるぞ」


 先輩はそう言うと、本当に動かなくなってしまった。


「こいつら、本当に俺たちのことを舐めてるぞ……」

「それであれば、まずはそいつの方から……」


 トロールの群れは、不穏な動きをしだした。

 先輩の方を振り返ると、何体ものトロールたちが先輩に襲い掛かろうとしていた。

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