第5話

 精悍な横顔が、にこりと微笑む。

 窓から差し込む光が、先輩の顔を照らしている。

 柔らかな光は、顔の造形を際立たせる。



 男である僕から見ても、惚れ惚れするような顔だ。

 少し僕の主観が入ってないとは言いきれないけれど、顔はイケメンな部類に入るはず。

 ずっと見ていても飽きないくらい。

 見惚れてしまいそうだ。


 この顔を間近で見れていることが、実は幸福なんじゃないかと錯覚させられるくらい。

 先輩は、手に持ったフラスコを揺すって、綺麗な紫色の液体を眺めていた。


「これは、良いぞ……」


 紫色の液体は、光に照らされて綺麗に輝いて見える。


 そんな様子の先輩は、とても絵になる。

 先輩が題材とされた絵画が高値で取引されていたとしても不思議じゃないくらいだ。


 ただ一点だけ、難点がある。

 先輩が着ているローブがボロボロなのだ。


 ローブはところどころ穴が開いていて、みすぼらしい。

 元の色は黒色なのかもしれないけれども、汚れが溜まり過ぎて灰色に見える。

 黒色の衣服が汚れていると分かるって、どれだけ洗っていないのか。


 衣服を洗うのが僕の仕事と言われたけれども。

 どうしたものか。


 一声かけてみたけれども、先輩はあのローブを脱いでくれそうにないんだよなぁ……。

 相当お気に入りなんだろう。


 この家に着いてから、先輩はずっと魔法調合をしている。


「そういえば、これ途中だったから、お前はちょっと掃除して待っててな」


 そう言われてから、二時間はあの調子でいるんだ。

 僕には、何が良いかはよく分からないけれども、先輩はずっと夢中になってる。


 魔法は凄腕で、顔も良いんだけれども。

 人が寄り付かない理由は、こういうところなんじゃないかなって思ってしまう。


 先輩の身長は高めだし。

 スタイルも良いし。

 顔も。


 カッコイイな……。




 ……と、そんな先輩を眺めていないで、僕は掃除してしまおう。


 先輩は、相変わらず一人で鍋をかき混ぜながら、恍惚な表情を浮かべている。


「よしよし、いいぞー。この反応だ……」


 先輩は、ずっと独り言を言ってるんだよね。

 新入生が寮に来たんだから、オリエンテーションの一つでもやって欲しいものだけれども。


 そろそろ、お腹もすいてきたし、一応声をかけておかないとな。


「先輩、昼ごはん何にしますか?」



 返事は返ってこなかった。

 案の定、先輩は話を聞いてくれない。


 僕の声は、家の中で迷子になったみたい。

 勢いよく先輩の元まで飛び出していったけれども、虚しく僕の元まで帰ってきた。


「……はぁ。しょうがない」


 僕は、とりあえず自分の昼ごはんだけでも作り始めようと、台所へと向かった。


 そして、台所も想像していた通り。

 とても汚かった。


 何かの獣から剥いだであろう皮が、そこら中に散らばっている。

 そして、シンクの中には使い終わった食器の山ができている。

 肝心な食材はと言うと、見当たらないし……。


 どうしようもないな……。

 この寮生活。前途多難だ……。


 汚さに呆気にとられてしまったが、このままじゃお腹は膨れないと思い、先輩のいる部屋まで戻ることにした。

 元の部屋へと戻り、先輩に言う。


「先輩、食材が無くて、昼ごはんが作れませんよ」

「ああ。そうかそうか、じゃあ、森に食材を取りに行ってくれ」


「……えぇ? この家って自給自足なんでか?」

「もちろんだろー? こんな森の奥にいて、自給自足以外ありえないだろ?」


 先輩の言うことも、一理あるけれども。

 これじゃあ、寮生活じゃなくて、サバイバル生活っていう感じだよ……。


 本来の目的である魔法だって、教えてくれる気があるのか無いのか……。


 けど、こんな状況でも僕は生きていかなきゃならないからね。

 ライセンスのために頑張らないと!


 僕は、魔法の研究に夢中になっている先輩を家に置いて、森の中へと足を進めた。

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