第18話

「アリス、何を言ってるんだ」


 俺は驚いてアリスを見るが、構わずにアリスは続ける。


「シェヴェル様にご同行いただければ、私にお好きなだけ稽古けいこをつけられますよ。これであれば、先ほどと何も条件は変わらないはず。旅は道連みちづれって言いますし、どうせ住む場所を探すのなら、複数人で探したほうが効率的ではないでしょうか?」

「ちょっと待てアリス。自分が何を言っているのか、わかっているのか」


 アリスは俺の言葉に目だけを向けてうなずく。

 シェヴェルはため息をついた。


「さっきの話を聞いていなかったのか、小娘。今の私にそんな余裕は——」

「私はシェヴェル様に『自分を売る』という覚悟を決めました。今さら『あれは無しで』なんて、それこそ無しですよ!条件も、先ほどシェヴェル様ご自身が提示ていじしたものと何ら変わりありません。ですよね?」


 アリスがこんな強気に出るのは初めてで、俺はおどろいた。

 いや……そういえば、俺についてくると言った時もなかなかに強引だったか。

 見た目に似合わず、交渉ごとは意外と力技で乗り切るタイプなのかもしれない。


「それに私、シェヴェル様にぜひ魔法を習ってみたいんです。バルト様はご覧になっていないと思いますが、先ほどのシェヴェル様の魔法、本当にすごかったんです」


 アリスは真剣な眼差まなざしをシェヴェルに注ぐ。

 それを見たシェヴェルが少し押されて困り顔になっていることに、俺はさらに驚いた。


 だがよく考えれば、ここでシェヴェルをのがすと次に封印魔法を解けるほどの強力な魔法使いにいつ会えるかわからない。

 シェヴェルの迷い顔を見るに、このまま押し切れるかもしれない。

 俺もアリスの作戦に乗ることにした。


「シェヴェル、やはり俺からも頼みたい。責任の一端は俺にもあるし、移住先を探す手伝いをさせてくれ。それにアリスが言う通り、アリスを弟子にして俺たちと同行してくれれば、アンタが提示した条件と何ら変わらないだろう。むしろアリスの教育は、移住先を探す間の余興にちょうどいいじゃないか」


 シェヴェルはかなり悩んでいる様子だったが、やがて口を開いた。


「……もう一つ、条件がある」

「条件?」


 シェヴェルは俺の方に改めて向き直る。


「確かにこんな事態になったそもそもの原因は、貴様が不届ふとどき者どもを結界内に招いたせいだ。私が家を新築するための金は、お前にかせいでもらおう」

「え……それ本気で言ってるのか」

「当たり前だ。その回収のため、お前が逃げないようについていくことにする」


 家の新築費用なんて、一体、いくらかかるのだろうか……。

 本気なのか冗談なのかわからないが、封印魔法解除のためには他に選択肢はない。


「わかったよ。俺も罪の意識はあるんだ。可能な限り、シェヴェルがいい住まいを手に入れられる協力はする」


 それを聞いたシェヴェルは満足げな顔をした。


「今の言葉、忘れるなよ」


 アリスが満面の笑みを浮かべる。


「良かった!じゃあ、ご一緒できるんですね!魔法の稽古、楽しみにしてます!」

「では追手が来ないうちに行くとするか」


 アリスが両手をシェヴェルに突き出す。


「シェヴェル様、先に封印魔法の解除をお願いできますか?この拘束具がいつまでもついたままだと魔法が使えませんので」

「わかっている。だがその前に、契約を済ませてもらうぞ」

「契約……?」


 アリスの首元にシェヴェルが魔力を込めると、首の周囲に光のリングが生み出された。

 リングは徐々に半径がせばまり、やがてアリスの首に光のラインを描いて消失した。


 俺は咄嗟とっさにシェヴェルをにらむ。


「アリスに何をした」

「こやつの望み通り、私と排他はいた的な主従しゅじゅう契約を結んだのだ。これで私は小娘を意のままにすることができる」

「何だと……?」


 俺の鋭い目線にシェヴェルは答える。


「案ずるな。小娘に何かしようなどという気は更々さらさらない。さりとて口約束だけではしゃくだからな。契約を実行したまでだ。それに、ある意味これは小娘を守る保険もねている」

「保険?」

「ないに越したことはないが、時が来れば自ずとわかる」


 シェヴェルは続けてアリスの両手首に手をかざすと、集中して強く魔力を込めた。

 次の瞬間、拘束具の回りに小さく球状に光るオーブのようなものが生まれ、アリスの手首を包む。


「これで魔法解除の準備はできた。では行くぞ」

「……これで終わりか?もう解けたのか?」


 あまりにあっけない解除魔法に、俺は困惑して思わずたずねた。


「何を聞いていたのだ。そんなわけがなかろう」

「え、じゃあ何なんだこれ?」

「そのオーブは私の意識とつながっている。私の頭の領域を一部使って、解析作業を進めているのだ。一日もあれば解読と復号は終わると思うが、そうすればかせも自然と外れよう」


 俺は驚いてアリスの手首に光るオーブを見つめた。


「すごいな……そんな器用なことができるのか」

「私が魔法の研鑽けんさんにどれほどの時間を費やしてきたと思っている。つきっきりで術解除などしていては、時間の無駄だ」


 俺はシェヴェルへ再び目を向ける。


「意外だな」

「何がだ」

「妖魔が時間の無駄を気にするか」

「どういう意味だ」

「いや、俺たちよりはるかに長寿のアンタたちにとっちゃあ、時間など無限に存在すると思っていたんだが」

「結果的に生きながらえているだけだ。いかに妖魔が長寿と言えど、永遠の命があるわけではない。お前だって、やがて来る死を常に意識しながら今この時を生きているわけではなかろう。限りある時間を価値あるものに費やしたいのは、私とて何ら変わらない」


 妖魔の感覚は俺にはわからないが、そういうものなのだろうか。

 俺は改めてシェヴェルを見つめる。


「そんな貴重な時間を俺たちとの旅に割いてくれて、改めて礼を言う」


 シェヴェルは俺の方を振り返りもせず言った。


「自惚れるな。私は家を建て直す金をお前たちから回収するために同伴どうはんするだけだ。びた一文いちもん負けないから覚悟しておけ」


 日が大分傾いてきた。

 アリスが西日をにらむように見つめる。


「そろそろ日没ですね。一旦、南の町まで戻りますか?」

「いや、刺客は南の町から俺たちをつけてきた可能性がある。宿に泊まって寝込みを襲われたら終わりだ。このまま奴らをいて北へ向かおう」


 俺はシェヴェルの方を振り返った。


「この辺りの地理には詳しいか?」

「北へ行くなら、次の町までは馬でも半日以上はかかるな。おそらく途中に民家もほとんどなかったと思う」

「なら、どこかで野営するしかないか」


 とりあえず俺たち3人は結界の出口まで向かった。

 残念ながら、乗ってきた馬はすでに消えていた。


「やはり馬は刺客たちがどこかにやってしまったか」

「歩いて進む以外、方法はないですね。今日のうちに進めるだけ進んでおいた方がいいので、急ぎましょう」


 俺たちは街道との合流地点がある丁字路まで行くと右へ折れ、そのまましばらく街道を北へ向かって早足で進む。


 しばらく行くと高原が途切とぎれ、下り坂の後はひたすら同じ景色の原っぱとまばらに生える木々の景色が続いた。

 どれくらい歩いたかわからないが、辺りが大分暗くなってきた。

 残念ながら民家と思われる明かりも全く見えない。

 俺たちは水の確保のため、小川が流れている場所まで歩いて行った。


「そろそろ時間的にも限界だが、この辺りでそのまま野宿するのも少々危ないな」


 俺が腕を組んで考えていると、シェヴェルがおもむろにカバンを探り出した。

 中から小さな木箱を取り出し、何やら魔法をかける。

 すると木箱は徐々に膨らんでいき、ごく小さな物置小屋くらいの大きさになった。

 よく見ると、入口や窓のようなものが付いている。


「何だ?これは」


 俺は思わずシェヴェルに尋ねる。


「寝床の簡易コテージだ。いつも旅に出る時に使っている」

「すごいな!こんなものまで入っているのか」


 俺は驚き、早速コテージの扉を開ける。

 中はかなり狭いが、野外での寝床としては全く申し分ない。

 二段ベッドが壁ギリギリの幅で置いてあった。


 シェヴェルがそっと俺の肩を叩く。


「悪いな小僧。このコテージ、見ての通り2人用なんだ」

「……わかった。俺が外で寝るから、コテージはアリスとシェヴェルで使ってくれ」


 アリスが驚いて叫ぶ。


「いえ!バルト様はお怪我をされています。今夜は私が外で寝ます!」


 アリスの気遣いが心に染みて俺は泣きそうになるが、アリスだって疲れているはずだ。


「いや、アリスはしっかり休んで魔力を回復させてくれ。その上で明日、俺を回復してもらった方がいい」

「でも……」

「遅くとも明日の夕方には封印魔法が解除されているだろう。その時に使える魔力を出来るだけ多く残しておいた方がいいだろ?」


 シェヴェルが俺の横から口をはさんだ。


「こやつの言う通りだぞ、娘。それに、騎士の申し出はありがたく受け取っておけ。それも淑女しゅくじょたしなみだ」


 お前が言うな、と俺はシェヴェルに思ったが、アリスが素直に従ったのでよしとしよう。

 そもそもシェヴェルがいなければ野宿だった訳だしな。

 シェヴェルはさらに縦長の木箱を取り出すと、同じように魔法で大きくした。


「今度は何だ?」

「簡易版の体洗い場だ。とりあえずお前から入れ。いつから風呂に入っていないのか知らんが、お前、少々匂うぞ」

「え?」

「お前は少し念入りに洗うか……」


 シェヴェルはそう言うなり、魔法でいきなり俺を宙に浮かせた。

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