第17話

 突然、刺客しかくの動きが止まる。


 真横から巨大な氷の大槍おおやりが飛んできて、刺客の胴体をつらぬいた。

 それを見て一気に形勢が不利になったと悟ったのか、もう一人の刺客が全力でその場から逃げ出す。


 俺は思わず大槍が飛んできた先を見る。

 シェヴェルが魔法で助太刀すけだちしてくれたようだ。


 相手をしていたらしい敵の魔道士たちは消えていた。

 もしや、すでに全員倒したのか。


「ひどい有様だな」


 シェヴェルが俺の方を見る。


「それよりシェヴェル!あの残党ざんとうを追ってくれ!」


 俺は刺客が逃げた先を指差すが、すでに遠く攻撃の射程しゃてい外まで離れていた。


「クソッ、らしたか」


 アリスが俺の方にけ寄ってきた。

 どうやら命は無事だったようで、俺は安堵あんどした。


「バルト様……大丈夫ですか!?」


 アリスは俺のもも裂傷れっしょうを見て、小さく悲鳴を上げる。


「ひどい傷……!すぐ治療しますね」


 アリスは俺の傷口の様子をじっくりと確認する。


創傷そうしょうが皮膚の下まで達しています。筋組織の結合が必要かもしれません」


 アリスは目を閉じて俺の足にそっと手を当て、強く念じる。

 拘束具の魔力制限のせいで、アリスはかなり辛そうで額に汗がにじんでいた。


「……やはり、筋肉まで達していますね。少しお時間いただきます」


 その手がうっすらと青白く輝く。

 まず俺の傷口にこびりついていた異物が浮かび上がり、取り除かれた。

 やがてゆっくりと少しずつではあるが、俺の傷が内側の方からえていくのが見えた。

 じんわりと温かく、徐々に痛みがうすらいできた。


 どれくらい時間が経ったかわからないが、しばらくすると俺の足はほぼ無傷のような見た目になった。

 アリスはぐったりした様子で汗をぬぐい、一息ついた。


「ふぅ……かなり時間がかかってしまいましたが、一旦はこれで大丈夫です。組織の定着が必要なので、あまり強くは動かさないでください。しばらく痛みは残ると思いますが、完治すれば消えます」


 戦闘で負った傷を魔法で治療してもらうのは、これが初めてだった。

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 確かに痛みはあるが、歩く分には問題なさそうだ。


 治癒魔法とは、これほどまでにすごいものなのか……。


「アリス、ありがとう。おかげでかなり楽になったよ。しかし驚いた……まるで傷がなくなったみたいだ」

「深い傷の治療は単に回復魔法をかけるだけではダメで、体の組織を丁寧ていねいにつないで元通りにしていかないといけないんです。それが治癒魔法です」

「すごいな……それなら医術の専門知識も必要だろう」

「はい。もちろん医術は治癒魔法に欠かせないので、徹底的に勉強しました。人体の構造もおおよそ頭に入っています」


 アリスの見識に改めて俺は驚いた。

 よく考えれば、最初に受けた解毒げどく治療だってかなり高度な技だ。

 俺の隊にあてがわれたことはなかったが、回復系の魔法が使える魔道士が戦場に一人いるだけで百人力だ。


「アリスは怪我ないか?」

「大丈夫です。シェヴェル様が守ってくださいましたので」


 シェヴェルの方を振り返るが、傷一つついていない。


「俺とアリスを助けてくれて感謝する。なかなか強そうな魔道士に見えたが、大丈夫だったか?」

「あんな三下さんした風情ふぜい、赤子の手をひねるようなものだ。尻尾しっぽを巻いて逃げていきおった」

「だが、なぜアンタを狙っていたんだ?てっきり俺への刺客かと思ったが」


 シェヴェルは俺をにらむと、質問には答えずにつかつかと歩み寄ってきた。


「そこだ。先ほど『つけられた』とか言っていたな。あれはどういう意味だ」


 俺は仕方なく、これまでのいきさつをシェヴェルに話した。




「全く……よくもそんな厄介やっかいごとに私を巻き込んでくれたな」

「そんなつもりはなかったんだ。背後にも十分気をつけてはいたんだが……俺たちのせいで結界の存在を敵にまで知られてしまったのは、本当にすまないと思っている」


 シェヴェルはあきらめた様子でため息をついた。

 俺は先ほどはぐらかされた質問を改めてたずねた。


「それで、結局あの魔道士たちはなぜシェヴェルを狙っていたんだ?そもそも何者か知っているのか」


 シェヴェルは遠い目をして口を開いた。


「奴らはファシュナイトの手の者だ」


 それを聞いて俺は驚いた。


「なぜファシュナイトがアンタを?」

の国は元々、私たち妖魔が暮らしていた土地を領内に併合へいごうしている。奴らは妖魔についての知見もかなりたくわえていて、その力を国の主要戦力に組み込んでいるのだ」

「てことは、奴らはアンタの力を欲していると」

「ああ。だが、私は奴らにくみする気など毛頭もうとうない。何度も断っているうちに、強硬手段を取るようになった。私は南へと逃れ、ようやく身を隠せる土地に流れ着いたのだ」


 最初に俺たちを見てすぐ臨戦体勢を取ったのも、ファシュナイトの手のものである可能性があったからか。

 先ほど戦いの様子は確認できなかったが、ファシュナイト軍に目をつけられているということは、シェヴェルはやはり相当な魔術の使い手なのだろう。


 アリスがふと疑問を口にする。


「でも変ですね。バルト様の敵はブレネン側で、シェヴェル様の敵がファシュナイト側だとすると、先ほどなぜ一緒に攻めてきたのでしょう。敵国同士ですよね?」

「彼らは彼らで与えられた最重要任務がある。局所的に休戦して、それぞれの任務遂行のために協力した方が得策と考えたんじゃないかな」

「そんなこともあるんですね」

「ああ。俺だって、ファシュナイトの人間を見つけたからと言って無闇むやみに攻撃したりはしない」


 ふとシェヴェルを見ると、トボトボと家の方に歩いて中を見回していた。

 家の半分が粉々に破壊され、残された部分も何とか形を保っている有様ありさまだ。

 もはや、とても住める状態ではなくなっていた。

 かろうじて立っていたドアに手をかけると、そのまま音を立てて崩れた。


 続いて庭と畑の方を見て回る。

 こちらも散々に踏み荒らされた上に、先ほどの魔法戦闘のせいか地面があちこちえぐられている。

 せっかく大切に育てたと思われる草花や野菜も、見るも無残むざんな姿になっていた。

 シェヴェルは試しに根菜を引っ張ってみたが、根本で千切れ、引っこ抜くことすらできない。

 

 見るからにしょんぼりして、肩を落とすシェヴェル。

 何ともいたたまれなくなり、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「ここでの穏やかな暮らしを台無しにしてしまって、本当にすまない。魔法で何とか元に戻せないものか」


 俺の言葉に、シェヴェルは首を横に振る。


「ここまで原型を留めないほど破壊されたものを修復するのは私とて無理だ」

「そうか……なんというか、すまない」

「別にお前たちのせいではない。それに、起きたことはもうどうしようもないことだ」


 淡々たんたんと語るシェヴェルに俺は尋ねた。


「……こんなこと言える立場ではないのは百も承知だが、俺たちに腹は立たないのか」

「私たち妖魔はお前たち人間のいう『恨み』や『憎しみ』といった感情をほとんど持たない。というか、その感覚がよくわからないのだ。物事はなるようにしかならない。それ以上でも、それ以下でもない」


 シェヴェルはそう言って、壊れた家を見回す。


「いずれにせよ、この場所は奴らに知られてしまった。新しい移住先を探すしかないな」


 シェヴェルは寝室と思われる部屋へ向かい、クローゼットから服を取り出す。


「……何をジロジロ見ている。旅の装束しょうぞくに着替えたいのだが」

「え?あ、ああ……すまない」

「乙女の寝室をのぞくとは、デリカシーのない小僧だ」


 俺は急いでシェヴェルに背を向け、見えない位置へ移動する。

 少ししてシェヴェルが俺に声をかけた。


「もういいぞ」


 振り返ると、旅の服に着替えたシェヴェルがそこに立っていた。

 深紅しんくと黒の衣装が黄金色の髪に映え、よく似合っている。

 アリスが横から声を上げた。


「シェヴェル様、すごくお似合いで可愛らしいです!」

「久方ぶりにこいつを着たが、あまり体型が変わっていなくて幸いだった」


 それからシェヴェルは寝室の引き出しをゴソゴソと漁ると、中から小さな肩掛けカバンのようなものを取り出す。

 それを持って、今度は瓦礫がれきの中から使えそうなものを探し出した。

 持っていけそうなものをり分け、次々にカバンの中へと突っ込んでいく。

 不思議とそのカバンは全くふくらんでいく様子がない。


「それは一体何なんだ?」


 俺は驚いてシェヴェルに尋ねた。


「収納したものを魔法の力で小型化できるカバンだ。嵩張かさばる重い荷物を道中ずっと持ち歩くわけにも行かないからな。入口に物を近づけると、自動で収納される。命ある者には魔法がかからないよう制御せいぎょしてあるが、部屋一つ分の積荷つみにくらいなら余裕で入る」

「何だその便利なアイテムは……魔法でそんなものが作れるのか?」

いにしえより私たちの間に伝わる、空間を操る魔法の一つだ。妖魔にとっても高難易度の魔法だが、私ほどの使い手になればこれくらい容易たやすい」


 さらっと語っているが、何気なにげにすごいことをやっているのは素人しろうとの俺にもわかった。

 呆気あっけに取られる俺を尻目に、シェヴェルは無傷で残っていた本棚の魔導書をどんどんカバンに詰め込んで行く。


「まあ、こんなものかな」


 やがてシェヴェルは作業を終え、カバンをパンパンと叩いた。


「では私は行くとしよう。いつまでもここに残っていると、またいつ奴らが舞い戻るとも限らん。お前たちも、達者たっしゃでな」

「ちょっと待ってくれ。アリスの封印魔法の解除がまだ終わっていない」


 俺は最も肝心なことを尋ねたが、シェヴェルは面倒くさそうに答えた。


「ああ、あれか。もう私には住む家も無くなったし、もはや小娘相手に余興よきょうなど楽しんでいる余裕はない。それとも何か?今すぐ30000スタール払えるアテでもあるのか?」

「それは……」

「払えないなら、悪いが他を当たってくれ。じゃあな」


 そう言って手を振るシェヴェルに、アリスが叫ぶ。


「……待ってください!」

「まだ何か用か」

「あの……移住先を探すのであれば、見つかるまで私たちと行動を共にしませんか?」


 不意を突かれたような顔をして振り返るシェヴェルに、アリスは続ける。


「先ほど提示された条件、私、飲みます。対価は私自身。お望み通り、シェヴェル様の弟子にしてください!」

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