第16話

「30000スタールだと!?」


 それを聞いて、俺とアリスは開いた口がふさがらなかった。

 それだけあれば、上等な馬車一台が余裕で買える。

 俺は戸惑ったが、請求された以上はなんとか工面くめんするしかない。


「わかった。かなりの大金だが、金は俺がなんとかする」

「バルト様……!?」


 アリスが思わず俺の方を見る。

 シェヴェルはそんな俺の言葉を鼻で笑った。


「ハッ!『何とかする』だと?一体どう都合をつけるつもりなのだ」

「この近くの町で用心棒なり傭兵ようへいなりの需要はあるだろう。それなりの報酬ほうしゅうはもらえるはずだ。それをてれば……」


 俺の言葉に、シェヴェルは再び笑い出す。


「ここらの相場すら知らないようなので教えてやろう。用心棒でも月のかせぎは500スタールにも満たない。そこから生きるのに必要な金を抜いて、一体、支払いに何年かけるつもりだ」


 言葉に詰まる俺を、アリスが援護えんごする。


「私もシェヴェル様の家事手伝いでも何でもします。お金で払えない分は体で払います!」


 その心意気はとてもうれしいが、誤解を招く言い方は危ないと、アリスには後で言って聞かせなければ。

 それを聞いたシェヴェルは口元に笑みを浮かべると、アリスに歩み寄り顔をぎりぎりまで寄せた。


「わ、私に何か……?」


 アリスは緊張で体を硬直させ、微動びどうだにしない。

 シェヴェルはアリスを凝視ぎょうししたまま口を開く。


「娘、その状態で、そこの小僧にかけた治癒魔法とやらを出してみろ」

「え?」

「聞こえなかったのか。早くしろ」

「は、はい……」


 アリスは戸惑いつつも、シェヴェルに言われるがまま両手をかざして治癒魔法を放つ。

 拘束具で魔力を制限されているせいか、かなり苦戦していた。

 俺を治療してくれた時も、これだけ大変な思いをしていたのだ。


 それを見ていたシェヴェルの表情が思わずほころんだ。


「やはりな……決めた。対価はこの娘自身だ。望み通り、お前の体で払ってもらうとしよう。それで金は勘弁かんべんしてやる」


 言わんこっちゃない。俺は声を荒らげた。


「オイちょっと待て!さすがにそれはダメだ」


 シェヴェルはあきれ顔で俺を見る。


「何を勘違いしている。私がこんな鼻垂れ娘を取って食うはずなかろう。こやつに魔法の稽古けいこをつけ育ててみたくなったのだ。久方ひさかたぶりに弟子を取るのも、退屈しのぎの余興よきょうにちょうど良い」

「いや……いきなり何を言いだすんだ?アンタ」


 あまりに唐突な展開に訳がわからなくなった俺を見て、シェヴェルは続ける。


「お前とて、なり行きでこの娘を救っただけだろう。こやつのすえがどうなろうと、お前に何の関係がある?それともお前、この先ずっと娘を連れ回すつもりだったのか」


 図星ずぼしを突かれ、俺は何も答えられない。


「そもそも拘束具はこの娘自身の問題だ。お前が肩代わりする義理はどこにもなかろう。それにこやつ自身が今、何でもすると言ったのだ。何か問題でもあるのか」


 そこまで言われると反論の余地はない。


「……確かにアンタの言う通りだ。アリスがそれでいいのであれば、俺に口出しする権利はない」


 俺はアリスの顔を見た。


「バルト様……」


 アリスは目をうるませて俺を見つめてくる。


「私は……」


 俺はそこで気づいた。

 彼女に選ばせてはダメだ。


「君はここに残れ、アリス」

「え……?」

「シェヴェルが封印魔法を解いてくれる。そうすれば君は晴れて真に自由の身だ。おまけに魔法の稽古までつけてくれるそうじゃないか。帰る家もできる」


 アリスは途端とたんに泣きそうな目で俺を見つめる。

 頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。


「でも、私は……私、バルト様と——」


 アリスが何か言いかけたその時——

 爆音がとどろき、シェヴェルの家の壁が吹っ飛ばされた。

 

「うおっ!」

「キャァッ!!」


 俺たちは反対の壁へ叩きつけられ、そのまま床へ落ちた。


「アリス、大丈夫か!?」

「はい、何とか……バルト様は?」

「俺も問題ない」


 本当は吹き飛ばされた壁の破片で、身体中を強打していた。

 だが、今は気にしている場合ではない。

 アリスも見たところそれほど重傷ではなさそうで、一安心した。

 シェヴェルはといえば、無傷のままその場に呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。


「え……私の家……」


 俺は壊れた壁の先に目をやる。

 中心に魔道士らしき人物が3人。見たこともない衣装を着ている。

 だがその脇に森で遭遇したのと同じ衣装の刺客を複数人見つけ、俺はすぐに臨戦体勢を取った。

 少人数では俺を倒せないと踏んだのか、魔道士の他に刺客が6人に倍増している。


「クソッ、つけられていたか」


 シェヴェルが俺をにらむ。


「……どういうことだ」

「訳は後で話す。今はあいつらを倒すのが先だ」


 直後、敵の魔道士たちがシェヴェル目がけて炎を放つ。

 シェヴェルはすぐさま防御魔法を展開して、攻撃を受け流した。


 ——なぜシェヴェルが狙われているんだ?


 この魔道士はブレネンから放たれた刺客しかくの一味で、俺を殺しにきたのではないのか?


 そちらに気を取られている隙に、刺客がすぐそばまで迫っていた。

 俺はすかさず腰の短剣を抜いて逆手の二刀流で構える。

 先頭の刺客が剣を横にいで初手を放った。

 それを右の短剣で受け、そのまま左の短剣を相手の右脇に思い切りねじ込む。

 剣は刺客の右腕をほぼ切り落とすくらいまで食い込み、刺客はうめき声をあげて倒れた。


 残り5人。

 先ほど壁の破片で強打した部分があちこちひどく痛む。

 骨にヒビが入っているかもしれない。

 さすがにこの状態で、これだけの人数を同時に相手にするのは厄介やっかいだ。


 せめて飛び道具でもあれば。

 俺はシェヴェルの家に武器がないか、素早く目を走らせた。


 ちょうど隣の部屋へと続くドアが先ほどの衝撃で破壊され、奥に狩猟しゅりょう用の道具が見えた。

 広い場所で大人数を相手にするより、せまい空間の方が少しでも勝率が上がる。

 俺は短剣をさやおさめて奥の部屋へ滑り込むと、弓矢を手にしてひるがえり、入口に向かって構える。


 案の定、刺客たちがなだれ込んできた。

 そこを矢で狙い撃ちする。

 最初の一人は射抜いたものの、すぐに刺客たちは物陰に隠れた。

 さすがに相手も警戒してこれ以上踏み込んでこない。

 そのまま膠着こうちゃく状態が続くと思われた。


 しかし、それもつかの間。

 再び爆音がとどろき、部屋の壁が壊された。

 敵の魔道士が再度魔法を使ったのか。


 シェヴェルとアリスの安否あんぴが気がかりだったが、そちらに構っている余裕は無い。

 壁が壊され部屋がき出しになり、刺客たちが一斉に襲いかかってきた。


 残りの矢を撃つも、不意打ちが効かない状態ではじかれる。

 更なる手練れを送り込んだのか、前の奴らとは格段に動きが違う。


 俺は咄嗟とっさに奥の壁に立てかけてあったまき割り用の斧を手に取る。

 そして刺客の一人に狙いを定め、素早く投げた。

 刺客は剣で防いだものの、斧の重みで体勢が崩れる。

 俺はそのすきをついて素早く弓に持ち替え、全身の痛みをこらえて矢を放った。

 今度は近距離から刺客の脳天に命中したが、これで矢のストックも尽きた。


 残りの3人は勢いを落とさずに俺に向かってくる。

 背後は壁だ。


 俺は短剣を抜き、刺客の一人に向かって投げる。

 さすがにそれは防がれたが、突撃の勢いをぐことはできた。

 俺はその隙にもう一つの短剣を抜き、刺客の一人に切りかる。

 うまく剣の間合いをくぐり抜け、短剣をのどに突き刺すことができた。


 俺はそのまま刺客を倒し、包囲を突破しようとする。

 だが、刺客にまだ息があった。

 止めを刺し損ねたのだ。

 そいつは最後の力を振りしぼり、俺を羽交締はがいじめにした。


 身動きが取れなくなった俺に、残りの2人が同時攻撃する。

 俺はなすすべなく、足に攻撃を喰らった。


「うッ!」


 切られたももに激痛が走り、俺はその場にひざまずいた。


 手負いの状態でこの人数の手練てだれを同時に相手にするのは、さすがにきびしかった。

 しかし、ここまでして俺の命が欲しいのか。

 俺をはめた連中の、恐ろしいまでの執念しゅうねんを感じる。


 俺は死を覚悟した。

 もはや、これまでか——


 刺客が剣を高々と振り上げ、俺の脳天目がけて思い切り振り下ろした。

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