第14話

 アリスの涙を見て、再び俺は自分の気の回らなさを恥じた。

 俺が思っていた以上に強い不安を感じていたのだ。


 よく考えれば、俺が剣を振るう力を拘束されているようなものだ。

 この先も魔力が制限され続けるとしたら、それは恐ろしくなるのも当然だろう。


「封印が解けないと不安だよな。だが、きっと情報屋が見つけてきてくれるさ。ダメでも、俺がきっとどこかで強い魔道士を探して何とかする」


 しかしアリスはうつむいたまま涙を流し、首を横に振るだけだ。


 俺は戦場ばかり駆け回っていたせいか、こと、女性の気持ちを推し量るのは苦手だ。

 こういう時、なんて声を掛ければいいのだろう……。

 俺は無様に頭をいた。


「……違うんです」


 アリスは涙声を搾り出した。


「……私、バルト様のお役に立てればと思ってお供したのに、ただの足手まといで……迷惑ばかりかけて……心底、自分が情けない。なのに……何の得にもならない、私なんかのために……こんな……」


 アリスはそこまで言うと、声を詰まらせて泣き続けた。


「何言ってるんだ。足手まといな訳ないだろう。現に、俺の命を助けてくれたじゃないか。アリスがいたから、俺は今こうして生きていられるんだ」


 俺はアリスの肩をそっとつかんで、目を見つめた。

 その身体は壊れそうなほど華奢きゃしゃで柔らかい。


「うぅ……」


 泣き止まないアリスに、俺は笑いかける。


「とりあえず、今日はもう寝よう。情報屋が妖魔を見つけてきてくれれば、万事解決だ。心配していても始まらない。明日に期待しよう」


 俺は泣きじゃくるアリスを何とか寝かしつけ、自分も床に入った。


 夜の静寂せいじゃくが訪れた。

 外で虫の鳴き声が聞こえる。

 明日は情報屋がいい知らせを持ってきてくれるだろうか。


 そんなことを考えながら、俺はベッドの中でまどろんでいた。


 ふと、何か近くでゴソゴソと音が聞こえる。

 目を開けると、アリスが俺のベッドに潜り込んできた。


「……アリス!?」


 アリスの頭が俺の顔の前にくる。

 ふわりと甘い香りが鼻をかすめた。

 それと同時に、全身が何か暖かいものに包まれたような気がした。


 アリスが小声でささやく。


「バルト様の回復に今日分の魔力を全て使います。バルト様のお体が少しでも元気になりますように。そして、神様——どうかこの先もバルト様をお守りください」


 全身をほのかに包む、暖かい光。

 拘束具に未だ残る封印魔法に必死であらがい、全力で魔力をしぼり出し俺を癒してくれている。

 アリスの慈愛じあいが直接俺の身体に注がれているような気がした。

 俺はその何とも言えぬ心地よさの中、そのまま深い眠りについた。




 翌日、目が覚めると、昨日と同じくアリスはすでに起きて身支度を整えていた。

 すでに日が高い。少し寝過ごしたか。


 俺はゆっくりと起き上がる。

 体がものすごく軽い。

 昨日とは比べものにならないほど快調だ。


「あ、おはようございます。バルト様」


 アリスは俺に声をかけるも、心なしか気分が沈んでいるように見えた。

 俺はアリスの気持ちを何とか持ち直そうとした。


「おはよう、アリス。今日はびっくりするほど調子がいい。昨日、俺に回復魔法をかけ続けてくれたのか?」


 アリスは少し顔を赤らめ、こくりとうなずいた。


「今の私にできるのは、それくらいなので……」

「ありがとう。大変だったろう。きっと情報屋が妖魔の居所を見つけてきてくれるさ。そうすれば、アリスの魔力も全力で解放できる。楽しみだな」

「そうですね、だといいのですが……」


 俺は能天気を装いアリスを横目で見たが、やはりうつむいたままだ。

 その目からは今にも涙が溢れそうだ。


 これは中々重症かもしれない。

 これで情報屋に進展がないと、いよいよまずいな……。


 昼前に俺たちは宿を出た。

 少しばかり重い足取りで町の酒場へと向かう。

 アリスをチラッと見たが、目も若干虚じゃっかんうつろで、終始無言だった。


 参ったな……。

 俺はもう、情報屋が吉報を運んでくれることを神に祈るしかなかった。


 酒場にはすでに情報屋が待っていた。

 俺たちは情報屋へ駆け寄り、調査結果を確認する。


「どうだった?」


 俺は緊張しながら情報屋の答えを待った。

 アリスも拳を強く握りしめている。


「結論から言おう。お目当ての妖魔らしき人物と、その住処すみかを見つけたぞ」


 俺は思わず歓喜の声を上げ、ほっと胸をで下ろした。

 アリスも一気に表情が明るくなる。


「よし!これで一歩前進だ。礼を言う」

「良かった……本当に良かったぁ……!ありがとうございます!」


 アリスは心底安堵しんそこあんどしたようで、先ほどとは打って変わって晴れやかな表情になった。

 俺も一安心だ。


「真偽のほどは不明だったが、大昔に少しだけ交流のあったらしい婆さんを見つけたんだ。当時の記憶を掘り起こしてもらって、おおよその位置を特定した」

「しかし、どこに住処があったんだ?実は昨日俺たちも北の高原に行ったんだが、抜け道らしい道ですら全く見つけられなかったんだ」


 情報屋は、さもありなん、といった顔で俺たちを見た。


「そいつはそうだろう。伝手を使って色々と調べていたんだが、どうやら妖魔たちの中には『迷彩めいさい結界』を使って居住エリアを隠せるほど強い能力を持つ者がいるらしい。あんたらが探していた妖魔もそうだった」

「『迷彩結界』……?」

「見た方が早い。場所がかなりわかりにくいから、案内するぜ」




 俺たちは情報屋とともに、馬を駆って再び北の高原を訪れた。

 情報屋は丁字路ていじろを東に折れ、中ほどまで来たあたりで馬を降りる。

 昨日この辺りも念入りに調べたが、それらしい痕跡は見当たらなかったはずだ。


「ここだ」


 俺たちも馬を降りて、情報屋の跡を追った。

 道を外れ少し歩いたところの地面に、何やら木彫りの小さな彫刻のようなものが2体埋まっている。

 昨日はさすがにそこまで気づかなかった。


「しかし、こんなわかりづらい目印よく見つけたな」


 俺の言葉に、情報屋は得意げにうなずく。


「これが俺たちの仕事だからな」


 情報屋が2体の彫刻の間を通り抜ける。

 途端にその体が見えなくなった。


「消えた……?」


 すると、今度は何もない空間から情報屋の顔だけが中に浮いて見えた。

 アリスが思わず小さな悲鳴を上げる。


「悪い、説明し忘れた。その彫刻の間からこっち側に入れるから、そのままこちらへ歩いてきてくれ」


 そう言って、再び情報屋の顔が消える。


 俺は何が起きたかわからないまま、とりあえず情報屋の言うとおり彫刻の間に恐る恐る足を踏み入れる。

 驚いたことに足先が消えてなくなった。

 思わず俺は反射的に足を引き戻す。

 そうすると、また足は復活して見えるようになった。


「なんだ、これは……?」


 すると、再び情報屋のあきれ顔が中に浮いて現れた。


「何をモタモタしてるんだ。早くしてくれ」


 情報屋に促され、俺とアリスは思い切って彫刻の間を跨いだ。

 いきなり先ほどの景色とは若干違う場所に出た。

 足元を見ると、森が開けてうっすらと道のようなものが先に続いている。


 俺は混乱した。

 そんなはずはない。

 先ほどまで、この先はしげる森になっていた。


 戸惑う俺に、情報屋が説明する。


「特定のエリアを結界で覆ってカムフラージュする魔法らしい。外側から見ると、周りの景色と同化して内側に何もないように見えるみたいだ」


 それを聞いて、俺は先ほどの現象にも全て合点がいった。

 これでは昨日、どんなに探しても見つからないわけだ。

 情報屋は道の先を指差す。


「この先にあんたらのお目当ての妖魔が住んでいる。婆さんの記憶では、名をシェヴェルというらしい」

「シェヴェルか。ありがとう」

「それじゃあ、金額分の仕事はしたぜ。俺の案内はここまでだ」

「改めて礼を言う」


 俺たちは情報屋に残りの金を渡して見送り、北へとびる道を進んだ。

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