第13話

 道すがら、アリスが不安そうに俺の方を見てたずねる。


妖魔ようまさん、本当にいるんでしょうか……」

「ここからファシュナイトや教皇領きょうこうりょうまではさすがに遠すぎる。いる方に賭けるしかない」


 アリスは俺が書き写した地図を広げる。


「結構広い範囲を探さなきゃならないですね」

「情報屋に相談してみるか」

「私たちだけでは無理でしょうか?お金もそれほど余裕ないですし」

「俺を狙う追手が来るかもしれないから、あまり時間に猶予ゆうよがない。それに、無闇むやみおどすつもりはないが、アリスにも追手がかかる可能性は否定できない」

「え、私に……?」


 アリスは息を飲んで眉をひそめた。


「奴隷商人の『積荷つみに』が届かないことを不審に思って調べ出す連中がそろそろ出てきてもおかしくないだろう。荷馬車はあのままにしたから、何があったかすぐにわかるはずだ。それにこの町まで雨でぬかるんだ道を馬で来たから、『道に刻まれた北へ向かうひづめの跡』にも気づかれたかもしれない」


 アリスはそれを聞いて、ハッとした表情を浮かべた。


「そんなこと、思いもいたりませんでした……」

「戦場では常に敵の思考を読んで先手を打つ必要がある。俺たちは今、戦場のただ中にいるのと同じようなものだ」


 俺とアリスは酒場に戻ると、情報屋を探す。

 先ほどの話の通り、同じ席で酒をあおっていた。

 俺は地図を片手に席へと向かう。情報屋も俺たちに気づいた。


「ここに戻って来たってことは、ダメだったか」

「相当強力な魔法使いじゃないと無理だそうだ。追加で人探しをお願いしたい。場所は北の高原地帯だ」


 俺は魔道士から聞いた話を情報屋に伝えた。


「できそうか?」


 情報屋は腕を組んで地図を睨んだ。


「うーん……これだけの広さとなると、探索と周辺の聞き込み含めて助っ人が一人必要だな。そいつの人件費として追加で100スタール上乗せだが、問題ないか?」


 正直、現状の蓄えを考えると厳しいが、背に腹は代えられない。


「もう少し安くできないか。手持ちが少々、厳しくてな」


 情報屋は少し悩んでいる様子だったが、やがて口を開いた。


「80までなら値引き可能だ。それ以上は難しい」

「わかった。それで手を打とう」

「結果は明日また報告する。前金は50スタールだ。昼前にこの場所でいいか?」

「ああ。いい結果を期待している」


 俺たちは情報屋に前金を渡すと、別れを告げて酒場を出た。


「これからどうしましょう」


 アリスが俺に尋ねた。


「この町で手をこまねいていても仕方ない。打てる手は打っておいた方がいい。俺たちも北の高原に行こう」

「結構な距離ありそうですね」

「俺はうまやに預けた馬を取ってくる。アリス、乗馬経験はあるか?」

「はい、訓練していたので大丈夫です!」

「じゃあ、ついでにもう一頭馬を借りよう」


 俺たちは厩で馬を受け取り、早速、北の高原へ向けて馬を駆った。




 高原の入口に着いたのは昼を過ぎた辺りだった。


「さて、ここからどうやって探すか……」


 俺は地図を広げて見当をつける。

 高原の入口から伸びる街道は高原を南北に貫く一本道で、高原の真ん中あたりで東側へ直角に脇道が一本まっすぐに伸び、高原の途中で途切れていた。

 行き止まりの先、さらに東側には小さな沢が流れているようだ。


「いくら一人で暮らしているとはいえ、さすがに下界と完全に交流を絶っているわけではないだろう。家から伸びる道が必ずどこか別の道と繋がっているはずだ。とりあえずこの街道沿いに進んで、脇道の痕跡がないか探してみよう」

「この東に伸びる道の先も怪しそうですね」

「ああ。しかも高原の東側には沢が流れている。生活用水の便も考えると、こちら側に住んでいる確率が高そうだな。まずは可能性を潰すために、街道沿いに入口がないか探してみよう。俺は右側を調べるから、アリスは左側を見てくれ」

「わかりました!」


 俺たちは街道を北へ進みながら、地図に載っていない脇道がないか目を凝らした。

 途中で太い脇道が東に伸びる丁字路ていじろに差し掛かった。

 これが地図にっていた脇道と思われたので、一旦、ここで馬を停めた。


「アリス、それらしいのはあったか?」

「いえ、かなり注意して見てはいたのですが、林とやぶしか確認できませんでした」

「こちらも特になしだ。このまま北の出口まで調べてみよう」


 俺たちはさらに北へと進みながら脇道を探したが、やはりそれらしい入口は見つからない。

 アリスが高原の出口で馬を停めて向き直る。


「街道沿いにはなさそうですね。やはり東の脇道でしょうか」

「かもな。中腹まで引き返そう」


 先ほどの丁字路まで戻ると、そのまま東に折れて脇道に入る。


「さっきと同じく、俺は右側を調べる。アリスは左側を頼む」

「はい!」


 脇道は街道と違ってあまり舗装されておらず、俺たちは慎重に馬を走らせた。

 しばらく進むが、抜け道の痕跡すら見当たらない。

 アリスの方も確認するが、同じく何も見つけられなかったようだ。


 やがて俺たちは脇道の東端にたどり着いた。

 「この先行き止まり」の看板と柵が立てられていたので、馬を降りて柵をまたぐ。


「アリスはここで待っていてくれ」


 俺は念のため先に続く道がないか確認しながら、途切れた道の先に進んだ。

 少し行くと、遠くで水のせせらぎが聞こえてきた。

 さらに歩を進めるも、道の痕跡は完全に途絶え、その奥は沢に続く崖になっているようだった。


 遠くから魔物と思しきうなり声が聞こえてきた。

 この辺りで限界か。

 俺は諦めて引き返した。


「この先も道らしきものはなかったな」

「そうですか……絶対どこかにあると思ったんですが。やっぱり、ただの噂だったんですかね……」


 アリスが若干気落ちしている様子だったが、こればかりは俺にも何とも言えない。


「もう少し探してみてダメだったら、一旦、町へ引き返そう」


 俺たちは道が続いていそうな箇所を分け入って進んでみたが、やはりその先に人が住んでいる痕跡を見つけることはできなかった。

 日没が刻々と近づいていた。


「そろそろタイムリミットだな。情報屋にも頼んでいるから、そいつに期待しよう」


 そう言って、ふと俺は気づいた。


「そう言えば俺たちがこの辺りを調べている間、情報屋を一度も見なかったな。道も複雑ではないし、どこかですれ違っていてもおかしくなさそうだが」

「どこかで秘密の抜け道を見つけて、そこへ入り込んでいるのかも知れませんね!」


 アリスは気分を持ち直したように声を上げた。


 俺は逆に情報屋を疑い始めていた。

 まさか、金だけ取って調査をサボっていたりしないよな……?

 悪徳業者には見えなかったが、俺は自分の目利き力にすっかり自信がなくなっていた。

 とは言え、せっかく持ち直したアリスの気分をあえて下げる必要もない。


「そうだな、彼らもプロだ。俺たちでは気づかない何かに気づいて、うまく調査を進めているかもしれない。ひとまず町に戻って、情報屋の結果を待とう」


 俺たちは馬を走らせ、町に戻った頃にはすっかり陽は落ち辺りは暗くなっていた。


 まずは夜までやっていた屋台で簡単な夜食を調達した。

 続いて町の宿屋で一番安い場所を探し、一部屋一泊分の料金を支払う。

 狭い部屋に、最低限のベッドが2つ。

 値段相応といったところだ。

 俺と相部屋でアリスには申し訳ないが、贅沢も言っていられない。


 俺は早速ベッドに寝転び、夜食のパンをほおばりながら地図を広げた。


「何か少しでも細かい情報があればいいんだがなぁ……無闇に沢の方に行くと危ないし、あまり森深く分け入ると魔物に遭遇そうぐうする危険がある。それか、もしかすると西側だったのかもしれないな。アリス、どう思う?」


 返事がないのでふとアリスの方を見ると、ベッドに座ったまま項垂れている。


「まあ、そう落ち込むな」


 俺は体勢を起こし、アリスを励ますため正面に回った。


 気づくと、アリスは小刻みに震えている。

 その目から、一筋の涙がほほを伝って流れ落ちた。

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