第12話

「さすがに俺の武器だけでは、その手枷を手首から綺麗に外すのは無理だ。まずはダメ元で町の鍛冶屋かじやに聞いてみよう」

「確かこの通り沿いにありましたね。さっき通った時に見た気がします」


 道をしばらく進むと、鍛冶屋の看板が見えてきた。

 店に入り鍛冶屋の店主に事情を相談すると、こころよく引き受けてくれた。


 俺たちは工房に案内され、試しに右手側から破壊を試みることにした。

 まずは万力で徐々に圧を加えてみるが、わずかにゆがみもしない。

 そのうち万力の方が回らなくなったので、あきらめて次の手段を取ることにした。


 次にかせ万力まんりきで固定して工具を当ててみるが、何度試みても魔法の力ではじかれ傷ひとつ付けられない。

 鍛冶屋は諦めた様子で首を振った。


「旦那、こりゃあダメですぜ。普通の工具じゃびくともしねぇ。恐らく封印魔法を解除しないことには外せませんぜ。魔道士に頼んでみてくだせぇ」

「……やはりか。ちなみに、この町に魔道士はいるのか?」

「さあ……あっしにはえんのない世界なもんで」


 予想はついていたが、仕方がないか。

 アリスが思い出したようにつぶやく。


「両手を繋いでいた鎖はバルト様の一撃でち切れましたよね。なぜでしょう?」

「あそこは魔法がかかってなかったんじゃないか。破片は捨ててしまったから確かめようがないけどな。もしくは、ものすごく強い力を瞬間的にかければ破壊できるのかもしれない」


 アリスは手枷てかせで万力に固定された自分の手首を見る。


「さすがにそこまではできないですよね……」

「ああ。たとえ固定していても、アリスの手首を傷つけずに斬撃ざんげきり出すのは無理だ」


 俺たちは鍛冶屋に礼を言い、店を出た。


「やはり封印魔法を解くしかないか。それなりの力がある魔法使いを探す必要があるな」

「この町に教会はありますかね。そこなら教会所属の魔道士がいるはずです」

「見た所なさそうだな」

「では在野ざいやの魔道士を探すしかないですね……道行く人に聞いて回りますか?」

「それだと何日かかるかわからないぞ。鍛冶屋も知らないくらいだしな」


 アリスは困り顔で尋ねる。


「どうやって探しましょう……」

「アテがないわけじゃない。とりあえず町の酒場に行ってみるか」

「昼間から……ですか?」


 不思議そうな顔のアリスに、俺は説明する。


「酒場と言っても昼は飲食店として開けているところが多いんだ。そこに飯や近隣きんりんの情報目当てで旅のものも多く集まるから、情報屋として日銭をかせぐ連中も自然と集まっている。中には金を積めば調査もしてくれる者もいるから、そいつらを探そうと思う。前に地方の調査任務に就いていた時に得た知識だ」

「そうなのですね。私は用事がない限り侯爵家の敷地から外出を許可されていなかったので、ちまたの細かい事情には何かとうとくて……」

「わからないことがあれば何でも聞いてくれ」

「ありがとうございます!」


 俺たちは早速、町の情報が集まりそうな大きめの酒場を目指した。

 店に入ると、まだ午前中ではあったがすでにちらほらと客が入り始めている。

 俺は情報屋を探して店内を見渡した。


 壁際かべぎわの席で、それらしき男がちびちびと酒をあおっている。

 雰囲気から察するに、それなりに伝手つての多そうな情報屋に見えた。


 俺はその男に目配せする。

 すると、男はこっちへ来いと俺たちに手招てまねきした。


「どんな情報が欲しいんだい。町内の詳しい情報は1つ5スタール、聞き放題で50スタールだ」


 値段も妥当。明朗めいろう会計なのは良い情報屋の条件だ。かんが当たったか。

 俺は男に尋ねる。


「あんた、調査請負ちょうさうけおいも可能か?」

「もちろんさ。内容にもよるが、80スタールから上乗せだ」


 俺は銭入れを開いて残金を確認した。

 武器の売却で得た分からアリスの服代を引いて、300スタールほどはあった。

 十分行けそうだ。


「この町か近郊で、力の強い魔道士を探している。できれば急ぎたい。頼みたい依頼はこれだ」


 俺はアリスの手首を情報屋に見せる。


「この手枷に封印魔法がかけられているんだが、それを解除してもらいたい」


 情報屋は手枷をしげしげと見つめた後で言った。


「へぇ、こいつは見たことない代物だな。この町に教会はないが、目抜き通りの突き当たりに魔道士が一人住んでいる。こいつを解除できるかは聞いてみないことにはわからんが、まずはそいつに相談した方が早そうだな。案内するか?」

「頼む。もしダメだったら、追加調査を依頼するかもしれん。ここにはよく来ているのか?」

「ああ、大体いつもこの辺りに座ってるぜ。それじゃあ、ついて来な」


 俺は情報提供料の5スタールを渡すと、情報屋は魔道士が住むという家まで俺たちを案内した。

 情報屋が扉をノックすると、中から男の魔道士が出てきた。

 そのまま情報屋が事情を説明する。


「詳しい話は中で聞こう」


 魔道士は俺たちを屋内へと案内した。


「俺はここまでだ」


 情報屋はその場を去り、俺たちは魔道士の家へと入った。


 早速、客間で魔道士がアリスの手枷を確認した。

 しばらく念入りに調べていたが、眉間みけんしわを寄せて首を横に振る。


「おそらくブレネンの上級魔道士が考案した高度な封印魔法に加え、保護用の暗号術式が使われている。私の力では、これは解除できない。すまんな」


 半分覚悟はしていたが、ダメだったか。

 アリスもがっくりと肩を落とし、目に見えて落胆しているようだ。


「見ていただいただけでも助かりました。ちなみにこれが解除できそうな魔道士はご存じでしょうか」

「それこそブレネンの王都レーヴェまで行けばいるかもしれないが」

「訳あって、ブレネンへは向かえないのです。周辺諸国のどこかに心当たりがあればありがたい」


 魔道士は記憶を手繰たぐるようにあごへ手をやった。


「これは風の噂で聞いただけだが」

「構いません」


 風の噂だろうが何だろうが、俺はとにかく情報が欲しかった。


「ここから北へしばらく行った高原のどこかに、下界との接触を絶って暮らしている妖魔ようまがいるらしい」

「妖魔……?」


 不思議そうな顔をして横から尋ねるアリスに、俺は答える。


「人間の姿形をした最上級の魔物だ。と言っても人を襲うわけではないし、知性も人より優れている者が多いらしい。その上、魔力は人間のそれをはるかに凌ぐと聞く。かつては大陸の北のエリアに国を築いていたらしいが、人間との抗争に敗れて今は散り散りになっているとのことだ」

「今思い出しましたが、そういえば魔術の講義中にそんな話を聞いたような……私の国では見たことがないですね」

「元々数が少ない上に争いを好まない性格らしいから、人間社会から逃れてひっそりと暮らしているものも多い。そういえば、ブレネン領内にも妖魔たちが暮らしている集落があったな。周辺の村ともほぼ交流を断っていたようだが」


 魔道士が話を続ける。


「なんでもいにしえの妖魔の国の生き残りらしいが、それ以上の詳しい話は私も知らない」

「具体的な場所はわかりますか?」


 魔道士は棚から地図を取り出して机の上に広げた。


「ここがこの町だ。北の高原がこの辺り。しばらく街道を北へ向かえばそのうち着く」

「それなりの広さがあるな……」

「私も実際に見たわけではないし、そもそも存在するかどうかの保証もできかねる。ただ、おそらく近隣諸国の魔道士レベルではこれを解除できないだろう。まあ、そもそもそう易々と解除できるようであれば、拘束具としてようさないからな」

「それはそうですね……」

「ブレネンに行くのが難しいのであれば、ファシュナイトの王都ユングフラウ、もしくは教皇領の聖都イェニ・ヒサーリまで行くしかないと思う」


 俺は迷ったが、この状態のままアリスをずっと連れ回すわけにもいかない。


「ありがとうございます。まずはその妖魔をあたってみます。この地図を写しても構いませんか」

「ああ。あまり力になれず、申し訳ない」


 俺たちは地図を簡単に書き写し、魔道士の家を後にした。

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