第10話

 突如、稲光が走り、すぐ近くに雷が落ちた。

 アリスは思わず小さな悲鳴をあげて俺に体を寄せる。


「大丈夫か」


 俺の言葉にアリスはハッとして顔を赤らめ、急いで俺から離れた。


「ごめんなさい……!大丈夫です」

「続きを聞かせてくれ」


 アリスはうなずき、体勢を戻した。


「……ルーケ卿の急死を受けて緊急会議が開かれ、ルーケ卿の弟である伯爵はくしゃく急遽きゅうきょ、後をぐことになりました。伯爵は元々ルーケを中立国からファシュナイトの同盟国へ変えたがっていたので、恐らく彼の手のものによる暗殺と思われます」

「そんなことが……」


 国の大小に関わらず、どの世界にも権力闘争が絶えることはない。


「ブレネン軍はルーケの国境目前まで迫っていました。新しいルーケ卿配下の新体制の元、すぐさまファシュナイト同盟へ加盟しました。元々同盟国だった周辺諸国から、すぐに援軍が駆けつけました。これでブレネン軍に対抗できる。国の誰もがそう思っていたのです。しかし、全ては裏で仕組まれていたことでした。私たちは、ファシュナイトに文字通りの『盾』にされたのです」


 アリスは手を固く握りしめる。


「ルーケは大陸中央の『くびれ』を横切る山脈の南側にある南北に長い国で、山越えが一番しやすい場所に位置しています。ブレネン軍がファシュナイトへ攻め入るには、ルーケ領内の長距離移動と山越えの準備が必須です。ファシュナイトからすれば、ブレネン軍を足止めさせる絶好の緩衝かんしょう地帯だったのです」


 そこまで聞いて、さすがに俺にも察しがついた。


「……焦土しょうど作戦か」


 アリスは無言でうなずいた。


「ファシュナイト配下の騎士団がルーケに入るや否や、家という家、畑という畑に火をつけて回り、村々は次々に焼き払われていきました。中立国として村民にも戦闘の心得はありましたが、訓練された大国の軍勢にかなうはずもありません。私たちの一族も魔法で軍勢を撃退しましたが、結局は多勢に無勢。おまけに軍の中に恐ろしく強大な力を持つ魔法使いが一人いて、私たちですら歯が立ちませんでした。戦況は徐々に不利になり、私たちはルーケ侯爵邸を最後のとりでとして立て籠りました」


 雨音が徐々に小さくなっていく。


「最後の夜でした。父と母は、魔力の尽きた私を地下にある秘密の通路から逃してくれました。嫌だと必死に叫びましたが、魔法で意識を飛ばされたようです。どう運ばれたのか、気づくと侯爵邸から遠く離れた出口で目覚めました。朝日を浴びた村々はどこもかしこも焼け野原で、ブレネン軍がすでに領内に入ってきていました。奴隷商人も駆け回っていたらしく、混乱にじょうじてあちこちで無抵抗の子女しじょをさらっていました。そこで私も捕まり、今、ここにいたります。その後侯爵邸がどうなったのか、確かめるすべすらありませんでした」


 そこまで一気に語り終えると、アリスは大きく息を吐いた。


「奴隷の運び屋の立ち話を後で聞いたところによると、全ては弟である新ルーケ卿とファシュナイトの裏取引によるものでした。新ルーケ卿は焦土作戦の前に国外へ逃れ、ファシュナイトの国王から莫大ばくだいな金と別の領地を与えられたそうです」


 俺は静かな怒りに震えていた。


「その弟が全ての元凶か。万死に値する外道だな」

「作戦のおかげでブレネン軍は進軍に必要な物資を一切現地調達できず、山越えをあきらめ戦線を後退させたとのことです。私たちの全てを犠牲にして」


 アリスは涙声になり、そのまま口を閉じた。


「辛い話をさせてしまったな」

「いえ、バルト様には、何があったか知っていただきたくて……」

「確かに直接手を下したのはファシュナイトとルーケ卿の弟だが、遠因を作ったのはやはりブレネンだ。それについては何も言い訳はできない」


 俺はアリスに頭を下げた。


「いえ!バルト様は何も悪くないです。どうか頭をお上げください!」


 俺は顔を上げてアリスを見た。

 全てを許すようなその表情に、俺の胸は余計に痛んだ。


「騎士団長だった俺がなぜ今ここに至るのか、君にもきちんと話そう」


 そうして俺は、自分の身の上話を始めた。

 第三騎士団での任務。

 国境警備の仕事と、フィリップ王子との出会い。

 そして、そこで起きた事件。

 何者かにれ衣を着せられ、国外追放となった話。


 そして、俺自身の身に起きた夢か奇跡としか言いようのない、時間の逆行。

 さすがにそこまで話すつもりはなかったが、アリスがあまりに親身になって聞いてくれたので思わず全てをさらけ出してしまった。


「なんてひどい話……それはお辛かったでしょう。でもきっと、バルト様へのひどい仕打ちを不憫に思われた神様がやり直しのチャンスを与えてくださったのですね」


 アリスは心の底から俺を気遣ってくれているように思えた。


「俺の話を信じてくれるのか。こんな荒唐無稽こうとうむけいな話を」

「私には、バルト様が嘘をつくような方には思えません」

「それは買いかぶりすぎだぞ」


 そうは言ったものの、出会って間もない得体の知れぬ俺のことを無条件で信じてくれたことに、内心では強い喜びと安堵あんどを感じていた。

 もはや他人に対する猜疑心さいぎしんしか残っていなかったが、アリスのおかげで不思議と勇気がいてきた。

 彼女には人の心をもいやす何か特別な力があるのかもしれない。


「今はまだその時ではないが、俺はいつかブレネンへ戻る。そして俺をおとしいれた黒幕を見つけ出し、ヤツらの罪を白日の下にさらけ出す」


 アリスが小声でつぶやいた。


「私……少しでもバルト様のお役に立てれば……」


 ふと気づけば、雨はだいぶ小降りになっていた。


「なんだか暗い話になってしまったな。気持ちを前向きに切り替えよう。そろそろ雨も止みそうだ。出発の準備をしなくては」


 俺はそう言って、荷台を出ようと立ち上がる。

 ふとアリスを見ると、何やら様子がおかしい。

 体を震わせて、心なしか息も荒いようだ。


「顔色が悪いぞ、大丈夫か」

「はい……」


 アリスはゆっくりと立ちあがろうとするが、途中で腰が抜けたようにへたり込み、そのまま倒れた。

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