第6話

 遠目からでもわかるくらい、馬車はかなり大型なものに見えた。

 やはりこの道は輸送路として使われているらしい。

 関所を通らずに物資を運搬しているのだろうか。


 いずれにせよこれ以上面倒にかかずらうのは御免だ。

 俺は隠れてやり過ごすことにした。


 やぶの隙間から徐々に近づく馬車の様子を垣間見る。

 鉄製の箱のような、大型の荷台だ。


 鑑札かんさつはついていない。

 関所を迂回うかいしてここまでやってきたのだ。


 城門は関所に頼りきりで、検査が甘いとも聞いている。

 街に入る手前で偽の鑑札をかかげる手筈てはずだろうか。


 いずれにせよ、どうやら俺の推測は当たっていたらしい。

 この道は物資の密輸のため何者かによって作られ、維持されているのだ。


 荷台の形状にも見覚えがあった。

 俺は記憶をたぐり寄せる。


 間違いない。あれは奴隷商人の馬車だ。


 だが、ブレネンでは数年前に人身売買およびそれに関連する取引に関わる一切の活動が法で禁止されたはずだ。


 そこでようやく俺の頭の中で色々なピースが繋がり、全体像がおぼろげながら見えてきた。


 人権意識が芽生えてきたとはいえ、奴隷自体の需要が一気に無くなったわけではない。

 いくら法で禁じようと、買い手がいればそこに売り手が生まれ、地下でマーケットが形成され続ける。

 表向きには中央の王侯貴族から積極的に奴隷を解放してはいる。

 だが、王の目が行き届かない辺境や一部の地域ではまだ需要は根強いはずだ。


 それに国全体が一枚岩と言うわけではない。

 いまだに奴隷禁止法に反感を持つ者も一定数いる。

 裕福な商人や貴族の間では、愛玩あいがん用奴隷の闇市場があるとも聞く。


 さらにブレネンを越え大陸の南にある異国には、王宮内に王族の侍女や妃の候補を囲い込むハレムを持つ国もある。


 ブレネンは大陸中央の「くびれ」から南側を東西に長く伸びる国境で塞いでおり、南北間の陸路での主要交易ルートをほぼ全て押さえている。

 今回の法制定でブレネン国内の奴隷輸送も公には禁止となったため、南北間の奴隷輸送は海路への変更を余儀なくされた。

 だが、小規模の輸送は圧倒的に陸路の方が安上がりだ。

 そうした奴らにとって、こういった抜け道は必須の存在だろう。


 さて、どうしたものか。


 俺自身、人身売買には昔から反対だった。

 愛玩用などは論外だし、自分の領内でも奴隷の売買は禁じてきた。

 だがここで事を荒立てたところで自身の立場が危うくなるだけだ。

 あの馬車を止めたとして、それ以上、今の俺に何ができよう。

 いっそのこと、このままやり過ごそうか。


 そう思っていたが、自然と体が動いていた。

 そもそもあの馬車が奴隷運搬用だと決まったわけではない。

 ただ積荷を確認するだけだ。

 そう自分に言い聞かせながら馬車へ向かっていたところ、思わぬ事態が生じた。


 前方の藪の中から突然、ぞくが湧いて出たのだ。

 俺は咄嗟とっさに道の脇へ身を潜めた。


 御者ぎょしゃは馬を止め、賊のかしらと思われる男と何やら話を始めた。

 表沙汰にできない商品ともなれば、逆にそれなりの価値が闇市場で保証されているはず。

 「お宝」の横取りを狙うやからが出てくるのは至極しごく当然の流れだ。


 どうやら交渉の雲行きが怪しくなってきたようだ。

 頭は明らかに苛立った様子で、対する御者は何やら焦っている。

 「通行料」が足りなかったのだろうか。

 御者は必死で頭を下げた。

 頭はもう取り合うのをやめたようで、部下に合図を送る。


 突然、荷台の側面にある扉が開き、武装した男が二人飛び出した。

 おそらく雇われの護衛だ。

 運び屋にとっても、こういった襲撃はあらかじめ想定されていたのだろう。


 賊と護衛の間で戦闘が始まった。

 最初は護衛が賊を討ち取り優勢に見えた。

 だが賊に仲間が加わり、護衛は次第に劣勢になっていく。

 ついにそのうち一人がやられる。

 次にもう一人。

 さらに賊たちが逃げ惑う御者を取り囲み、頭が問答無用で首をはねた。


 賊たちはそのまま勢いで俺が隠れていた藪に突っ込んできた。

 俺と真正面から目が合う。


 賊の一人が俺を睨みつけて叫んだ。


「なんだ、テメェは!」


 面倒なことになったが、隠れた場所を後悔しても遅かった。

 賊の頭が俺を見て言う。


「どこのどいつか知らねぇが、見られた以上、生きて帰すわけには行かねぇな」


 予想はしていたが、まあそうなるだろうな。

 頭の合図に、手下どもが一斉に切りかかる。

 俺は間髪入れず、先ほど刺客から奪った矢を賊の何人か目がけて放つ。


 狙い通り、放った矢は胸と頭部にそれぞれ命中し3人を同時に倒した。

 頭は驚いた様子で俺を見る。


「テメェら、たかだか一人相手に何手こずってやがる!早くやっちまえ!」


 しかし先ほどの俺の弓捌きに恐れをなしたのか、手下どもは警戒して俺から距離を取っていた。

 残りは頭を入れて4人。

 相手の力量を見るに、先ほどの刺客よりはるかに格下だ。

 この程度ならすぐに一掃できるだろう。


 遠くで稲妻が光り、続けて雷鳴がとどろいた。

 雨が降らないうちに片付けるか——


「来ないならこちらから行くぞ」


 俺はすぐに矢をつがえ、立て続けに残りの賊を射る。

 しかし思いのほか手練れが残っていたのか、俺の矢はかわされたり、剣で弾かれる。

 ようやく一人倒した所で、ついに手持ちの矢が尽きた。

 それを合図に残りの賊が束になって襲いかかる。


 俺は弓を捨て、十分相手を引きつけたところで手持ちのナイフを投げつける。

 見事相手の胸を貫き、賊が一人倒れた。


 あと2人。


 俺は素早く戦利品の短剣を抜き、残りの手下を速攻で切り伏せる。

 ついに頭を残すのみとなった。


「テメェ……よくも!」


 頭は怒りにわなわなと腕を震わせていた。

 こういう時は、感情的になった方が負けだ。

 俺は刺客から奪った上物の短剣をもう1本抜いて、両手で剣を構えた。


 短剣の二刀流は、俺が好んで使うスタイルの一つだ。

 間合いは短いがその分防御とカウンターに優れており、槍やロングソード相手でも初手を封じて相手の懐に潜り込めば、高確率で勝てる。

 もちろん俺の体術と剣捌けんさばきがあってこそなので、素人にはおすすめしないが。


 頭は完全に頭に血が上った様子で太いロングソードを振り上げ、俺に襲いかかってくる。

 俺は冷静に最初の一撃を2本の短剣を交差させて受け、ロングソードを薙ぐ。

 だが、さすが頭をやっているだけの男ではある。

 すぐに体制を立て直して素早く追撃してきた。


 もちろん、それも想定済みだ。

 俺は二撃目も短剣で封じる。

 そのまま体を半回転させて相手の懐へ潜り込み、後ろへ回り込むと首を一思いに切り裂いた。

 頭は叫び声を上げる間もなく、首から血を噴き出して倒れた。




 さて、これで全て片付いたが、どうしたものか。


 密閉された鉄の荷台の中から、くぐもった話し声や悲鳴が聞こえる。

 やはり積荷つみには奴隷か。


 まずはとりこになっている人々の解放だ。

 俺は勢いよく荷台の後部にある扉を開く。


 一瞬、芳香ほうこうの甘ったるい香りと軽くすえた臭いが混ざった、何とも言えない匂いが鼻をついた。

 途端にいくつもの甲高かんだかい悲鳴が上がる。

 中には数人の女性が閉じ込められていた。

 皆、その「商品価値」が分かりやすいように薄手の服を着せられている。


 よく揃えたな、と思うくらいの美貌びぼうの持ち主ばかりだ。

 おそらく愛玩用の密輸品か、南国のハレム行きの奴隷だろう。

 相当な高値で売れるはずだ。


 皆の顔からは明らかに極度の疲労が感じられた。

 劣悪な環境で長時間閉じ込められていたのだ。


「もう大丈夫だ!皆、出てこい」


 女たちは初めのうち恐怖でおびえて動こうとしなかったが、俺が何度も促すと次第に落ち着きを取り戻し、荷台の外へと降りてきた。

 賊の死体を見てパニックに陥る者たちをなだめつつ、俺は彼女たちに元来た道を案内した。


「このまま南へ進めばブレネンへ続く街道に出られるはずだ。そうすれば道行く人々に助けを求めれられるだろう」


 この道がブレネンへの奴隷の密輸を目的としているのなら、北へ引き返すと別の奴隷商人に遭遇する危険もある。

 その上さらに、どこにまた別の賊が潜んでいるかもわからない。

 少なくとも、俺が来た南側の道は北へ戻るよりはるかに安全だ。


 彼女たちは俺に礼を言うと、ぞろぞろと南へ向かって歩いて行った。


 さて、これで一件落着だ。

 女たちをこのまま馬車で連れて行ってもよかったが、十中八九、俺が奴隷商人に間違われ捕まるだろう。

 そうなっては元も子もないし、そんなリスクも負う気もない。

 申し訳ないが、あとは自力で何とかしてくれ。


 俺は旅先で役立ちそうなものがないか、馬車を一通り見て回る。

 やっていることは賊と変わらないが、もはやなりふり構っていられない。

 こうなってしまっては、いただけるものはいただく。

 彼女たちの命を助けた分、天からのささやかな褒美ほうびだと思うことにしよう。


 ふと何者かの気配を感じ、俺は荷台をのぞき込む。


 暗がりの奥に、誰かいる——


 俺は咄嗟とっさに剣を抜き、身構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る