第5話
草むらをかき分けてしばらく進むと、ようやく道らしい道にぶつかった。
脇道と言えど、それなりに整備された道だった。
地面の様子を確認する。
両側にうっすらと
この辺りは俺が守備していた国境からは遠いため、地理にはそれほど明るくない。
だが、少なくとも荷馬車が通るくらいの交通量はあるらしい。
それなりに使われている道のようだ。
だが、そうなるとやはり気になる点がある。
先ほど見た印象では、街道との合流地点の手前から、まるで道がなくなるように草が生えていた。
人や馬車の往来があれば、道の形は保たれるはずだ。
特に合流地点が自然に消えるとは考えにくい。
考えられることは一つ。
この道の存在を知られたくない何者かがおり、何らかの理由で意図的に隠されている。
先ほどフェラートは街道の方を見ながら「この先の関所」と言っていた。
そこでは役人が積荷の検査をしているはずだ。
例えば
そんな考えを巡らせてはみたものの、お偉方の
ただでさえ俺は命を狙われているらしいのだ。
これ以上の面倒ごとに巻き込まれるのは御免こうむりたい。
そもそも今の妄想には何の根拠もない。
第一、役人も馬鹿ではないだろう。
そう簡単にこれほどの規模の道を隠し通せるのか疑問だ。
俺は先ほどの考えを頭から消し去り、急いで道を進むことにした。
その時だった。
ふいに強い殺気を感じ、俺は反射的に身をひるがえす。
耳元で、ヒュッという風切り音が聞こえた。
同時に矢が勢いよく首元をかする。
俺はすぐさま矢が飛んできた方向を見定めた。
——やはり、俺の命を狙いにきた刺客か——
腰に刺したナイフを素早く抜くと、狙いをつけて思い切り投げる。
「ぐはぁッ!」
ナイフは見事、刺客の胸に命中した。
叫び声と共に刺客が倒れる。
俺は別の方角から飛んでくる矢をかわしながら倒れた刺客の元まで走る。
急いで刺さったナイフを胸から引き抜いて回収した。
刺客の胸から一気に鮮血がほとばしる。
返り血をモロに浴びたが、構っている場合ではない。
続いて刺客の手から弓を強奪し、先ほど飛んできた矢の方向を見極める。
瞬時に影が動き、こちらにもう一本の矢を射た。
俺はその矢の軌道を見定め、飛んできた矢をかわしながらそれを素手で掴む。
「何ッ!?」
刺客が動揺した一瞬の隙をついて、俺は掴んだ矢を素早くつがえると、二人目の刺客目がけて放った。
再び森の中に叫び声が響く。
もはや新たな矢が飛んでくることはなかった。
うまく急所に命中したようだ。
まだ残党がいるかもしれない。
俺は意識を集中し、藪の中の気配を探る。
突然、背後に強烈な殺気を感じた。
俺は
どこから現れたのか、ロングソードを持った別の刺客が俺の上に覆いかぶさってきた。
間一髪、短剣でロングソードを防いだものの、俺は刺客もろとも地面へ倒れ込んだ。
ロングソード相手に護身用の短剣で受けるのは、さすがに分が悪い。
このままでは身動きが取れないと思った俺は、力の限り足でそいつを弾き飛ばす。
刺客はすぐに体勢を立て直すと、俺との間合いを図りながら近づいてくる。
こいつが暗殺部隊の
それなりの
だが——
俺から見れば、まだまだ動きがトロい。
不要な戦闘は避けたかったので、ダメ元で刺客に叫ぶ。
「この俺にサシで勝てると思うか!誰の差し金か知らんが、命が惜しければやめておけ」
「忠告もっともだが、こちらとて『白銀の狼』をこのまま野放しにするわけにはいかんのでな」
まあ、そうだろうな。
刺客は一気に間合いを詰め、俺目がけてロングソードを振り下ろす。
俺はそれを上段で受け、一気に相手の間合いの内側まで踏み込んだ。
至近距離でロングソードの間合いを封じれば、もうこちらのものだ。
すかさず腰から左手で鞘を抜き取り、逆手で握ったまま刺客の脇腹を思い切り打つ。
「グッ……!」
刺客のうめき声が聞こえた。
手応えがあった。
鞘は硬い金属製。あばらが何本かいったはずだ。
刺客が苦痛に顔を歪め、体勢を崩した。
その隙を突いて、今度は鞘の先を使い脳天を打ち抜く。
敵が思わぬ攻撃によろめいたところを狙い、とどめに右手の短剣で首を
血しぶきを上げ、ついに刺客は倒れた。
もはや殺気は消えていた。
おそらくこれで片は付いただろう。
それなりにできる奴らではあった。
だが、剣、槍、弓矢、その他格闘術すべてを身体に叩き込み鍛え上げた俺の相手ではない。
誰の指示か知らないが、俺の力を見くびりすぎだ。
むしろ、武器の手土産を持ってきてくれて大助かりだ。
俺は息絶えた刺客たちの手からロングソードと残りの弓矢、長めの短剣2本を拾い上げた。
特に短剣は上質なもので、かなりありがたかった。
俺は短剣を腰に刺し、弓矢とロングソードを肩に担いで歩を進めた。
何とか窮地を切り抜けたものの、俺の心にはうす暗いもやが立ち込めていた。
果たして、フェラートはどちらの味方だったのだろうか?
彼が最後に放った「団長のような人を失う」という言葉に、俺は引っかかりを感じていた。
始めは純粋に軍の戦力損失を意味していると思ったが、あの時のあの表情——
どうも俺自身に身の危険が迫っており、彼の力ではどうしようもない、と暗に仄めかしているようにも思えた。
そこで俺は、フェラートが何らかの理由で嘘をついている可能性を考えた。
例えば黒幕に弱みを握られ脅されており、俺が門を出た後であたかもこっそり会いにきたように見せかけ、実際に刺客を配備している脇道へ誘導するよう指示されていたのかもしれない。
その筋書きであれば、哀れな俺は「心優しい元部下の助言」をすっかり信じ込んで、油断しきっているはずだった。まさか裏切られているとも知らずに。
そこを仕留めるのは容易いことだ。
だが俺もそこまで馬鹿ではない。
もし本当にフェラートが俺のために危険を承知で来てくれていたのなら、あの場所は門からも近く、見つかる可能性がかなり高い。頭の良いアイツがそんなヘマをするとも思えなかった。
第一、フェラートは長い間俺と一緒にここから遠く離れた国境警備の任についていたのだ。なぜこんな、恐らく地図にも載っていない秘密の脇道のことを知っていたのか。
そもそも辺境警備の団長の立場とはいえ、暗殺部隊の待ち伏せなどという中央の極秘情報を一体どうやって手に入れたのだ。
それに、召集の合間を縫ってきたというのもどうにも嘘くさかった。軍幹部にそんな時間的余裕はないだろう。
心構えができていたからこそ、刺客の殺気を感じた瞬間にすぐ反応できた。
やはりフェラートには感謝しなければならない。
だが、もしフェラートが既に敵方についており、本当に俺を
俺の失脚により、確かに彼は騎士団長に昇進した。
だがあの性格からして、そんな卑怯な手を使って喜ぶとも思えない。
いや——もしかすると、愚かにも俺は彼の野心に全く気づいていなかっただけかもしれない。
そもそも彼は
俺がいなければもっと早く団長の座についていただろう。
顔には一切出さなかったが、はるかに年下の若造である俺の配下につくなど、色々と思うところもあったはずだ。
ワインに薬を混ぜておくのも、俺の悪評を流すのも、俺を犯人に仕立てる偽装工作も、全て隊の中での立場が上であればあるほどやりやすい。
俺はそこで考えるのをやめた。
そんなあまりにも悲しい可能性を、俺自身、信じたくはなかった。
今となってはどうにもならないことだ。
正直、俺はもう疲れていた。
もはや誰を信じたらいいのかわからない。
王都を出るまでは俺をはめた裏切り者への復讐に心が燃えていたが、正直、それもどうでもよくなってきた。
とにかく今は次の町を目指そう。
そして、俺のことを誰も知らない名もなき土地で、静かに暮らそうか。
後のことはそれから考えよう。
俺は心を切り替えて歩を進めた。
しばらく進み正面に目をやると、遠くに一台の荷馬車が見えてきた。
そこに囚われていた一人の少女との出会いが俺の運命を大きく変えることになるとは、この時、俺はまだ知るよしもなかった。
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