第4話

 数日後、中央から派遣された役人とイーサ教会の魔法調査官が到着し、現場検証が行われた。


 イーサ教会——大陸で信仰されているイーサ教の最大宗派、かつ国を越えた魔法技術全般の管理と調査、異端審問等の裁定を取り仕切る教団だ。


 残念なことに、ほぼ間違いなく俺をはめた連中の息がかかっていたのだろう。

 中央の役人は形だけの調査を行った一方、教会の調査官により魔法の形跡がない点だけは入念に調べられた。

 魔法を使える外部犯の可能性を断ち、容疑者を俺に絞りこむためだ。

 やはり結果は変わらず、俺が筆頭容疑者として拘束された。


 結局、俺の言い分は一切聞き入れてもらえず、俺は王都レーヴェへ連行され、そのまま軍法会議にかけられた。




 「前回」と決定的に違ったのは、その後フェラートが再調査を懇願こんがんしてくれたことだ。加えて騎兵隊の部下たち数人も、不敬罪の恐れをかえりみずに嘆願書を出してくれたらしい。

 さらに運よく中立な立場の役人が選ばれ、時間をかけて行われた再調査で運よく賊らしきものが窓から忍び込んだ痕跡が見つかったのだ。

 これは前とは大きく異なる点だ。少しばかりの証拠でも、俺の冤罪を少しでも晴らす助けになる。敵方の唯一の手落ちに俺は感謝した。

 俺の容疑が完全に晴れたわけではないが、窓の侵入痕が見つかったことで俺の犯行と断定できなくなったこともあり、わずかながら未来が変わった。


 そして、運命の判決の日——


「バルト・ハインライン、国王陛下の命により、ブレネン王国軍第三騎士団長を解任、全ての爵位を剥奪はくだつの上、国外追放処分とする」


 判決を聞いて、俺は心の底から安堵した。


 国外追放で安堵というのもおかしな話だが、何とか極刑だけは免れた。

 文字通り、首の皮一枚で命が繋がったのだ。

 わずかではあるが、運命への働きかけにより未来を変えることができた。

 何よりも断頭台のつゆと消えずに済んだのは大きい。


 今回の事件の黒幕は十中八九、ハンス王子の派閥の何者かだろう。

 フィリップ王子さえいなくなれば、玉座は自然とハンス王子の手に転がり込む。

 ともすると、ハンス王子が直々に密命を下したのかも知れない。


 俺はふと、最後にフィリップ王子が発した言葉を思い出した。

 「もし自分の身に何かあったら」と言っていたような気もする。


 だが、あの時の俺はひどく意識が朦朧もうろうとした状態だった。

 あれが本当にフィリップ王子の言葉だったのか、それとも俺の空耳か。

 今となっては、もはや確かめる術はない。


 加えてもう一つ、今回判った重要なことがある。

 保険の手段であるはずのワインには眠り薬が入れられていた。

 俺は「前回」、たまたまその場に居合わせたせいで濡れ衣を着せられたのかと思っていたが、どうやら黒幕のもう一つの目的は、王子暗殺の罪を俺になすりつけ犯人に仕立て上げることらしい。

 王子の暗殺だけが目的なら、最初からワインに毒を入れておけばいいからだ。


 状況的に俺を利用するのが得策だったのか。

 それとも、何らかの理由で俺個人を失脚させる目的を兼ねていたのか。


 わからないことは山積みだが、今はわずかな身動きすらできない。

 だがいつの日か、必ずや真相を暴いてみせる。

 そしてフィリップ王子の無念を晴らし、俺の汚名をそそぐのだ。




 時は経ち、王都レーヴェからはるか遠く、ブレネン王国北東の国境付近——


 俺は二人の衛兵に付き添われながら、国境沿いに築かれた古い砦の城門までやってきた。

 この辺りの地理にはうといが、記憶が確かならゼーゲ公国との国境辺りか。


 ここから先、舗装された街道沿いに深い森がしばらく続く。

 さらにその先は、ブレネンの主権が及ばない辺境諸国の地だ。


 携帯が許されたのは、わずかばかりの路銀ろぎんと携行用の堅焼きパン。

 あとは賊や魔物から身を守るための最低限の武装のみ。


 もちろん「罪人」の見送りになど誰も来るはずがない。

 空を仰ぎ見れば、俺の心を映したような鉛色なまりいろ曇天どんてんだ。


 大きな音を立てゆっくりと城門が開いた。

 衛兵に促され、俺は追い出されるように門を出る。

 俺を追放するとすぐ、その巨大な扉は固く閉ざされた。


 今まで実感が湧いていなかったが、こうして物理的に国から締め出されたことで、この先二度と祖国の地を踏むことはないかもしれぬという強い寂寥せきりょう感に襲われた。


 だが、もはやどうしようもないのだ。

 これは神が俺に与えたもうた試練であり、やり直しのチャンスでもあるのだ。

 俺は気持ちをふるい立たせ、門からまっすぐに続く街道沿いに進むことにした。

 ここから1日ほど北へ歩けば、隣国であるゼーゲ公国内のどこかの町か村落にたどり着くはずだ。

 それから先のことは、その町についてから考えよう。


 そんなことを思いながら少し道を進んだあたりで、道路の脇に人影が見えた。

 副団長のフェラートだった。

 いや、今は「団長」か。


 驚きとわずかな喜びで、俺は思わず声を上げる。


「フェラート!」


 だが俺はすぐ冷静さを取り戻し、あたりをはばかった。


「なぜここに……西の国境警備はどうしたんだ?ここまで馬でも数日かかるだろう」

「国内予備軍の幹部にこの近くの前線基地への召集がかけられたのです。その合間を縫ってきました」

「馬鹿な真似を……こんなところを誰かに見られたら、どうなるかわかっているだろ……!」

「団長……」

「いや、すまない。本当を言うと、お前がここに来てくれただけで俺は嬉しい。それに俺はもう、団長ではないよ」


 フェラートは何か伝えたいことを言葉にできない様子で沈黙していたが、やがて口を開いた。


「これからどうされるおつもりですか」


 俺は城門から北の森へと続く街道を指差した。


「とりあえずは国境を越えてゼーゲに向かう。それから先はわからんが、辺境諸国のどこかで剣の道が活かせる職でも探すさ。さすがにファシュナイトに迎えられることはないだろうからな。奴らにとっちゃあ、俺は同胞の憎き仇だ。いくらブレネンを追放されたとは言え、そもそも敵国に寝返るような、騎士として恥ずべき真似などする気はない」


 どこで誰が聞き耳を立てているかわからない。

 万一にでも、俺が国内の裏切り者への復讐を心に誓っているなどと思われてはまずい。


 フェラートは何かを言い淀んだ様子だったが、やがて街道の向こうに目を向けて声をひそめた。


「……ここから少し歩いたところにある関所の手前で、刺客が待ち伏せしています」


 それを聞いて、俺は自身の迂闊さに愕然がくぜんとした。

 なぜその可能性を考えなかったのだろうか。

 あまりにも脳天気すぎる自分を恥じた。


 そもそも俺は死罪相当のところを、運良く国外追放で済んだのだ。

 それをこころよく思っていない連中がそのまま俺を逃すはずはなかった。


 おまけに自分で言うのも何だが、俺の武術の腕はブレネンでも随一ずいいち

 その力が他国にわたるような事態を防ぐのは当然の判断だ。


 フェラートは道の脇に続く草むらを指差した。


「遠回りになりますが、そこをしばらく行くと抜け道に出ます」

「……ありがとう」

「誰が何と言おうと、私は団長の無実を信じています」


 俺はその言葉に涙をこらえ、フェラートの肩を叩いた。

 フェラートはなおも何か言いたげだったが、これ以上彼を拘束するのもまずい。

 この現場を見られれば、彼もただでは済まないのだ。


「団長、私は……団長のような人を失うなんて……」


 含みのある物言いから、俺はおぼろげながらその意味を推し量った。


「今は何も言うな。俺はもう行くよ。お前は命の恩人だ。この恩は忘れない」


 フェラートと硬い握手を交わす。

 俺はそのまま振り返ることなく、先の見えない脇道へと歩を進めた。

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