蒼き夜・テンゲル /致命的な友人(Fatal Friend)3

「国境の軍が貫通されたようです。彼らは北京の方に行くと言われていましたが」


「ダメだ。もうこうなったらおしまいだ。彼らは避難できないだろうね。焼き尽くされる」


ビルが焼け、溶けるように崩れていく姿を眺めている。

美しい、死の一幕。


「まずは生き残ることを考えるしかない」


「タルサに連絡をしようと思ったけど、出来ない」


「彼女は歴戦の戦士です。理解し、行動するはず」


「ただし、優しい。探し続けて巻き込まれないといいけど」


「そうですね。一応、伝書鳩を飛ばしておきましょう。モンゴルの鷹に捕まらなければいいのですが」


晩霧は、どこからともなく、手から鳩を出した。白い羽が舞った。

整った毛並の白鳩。

瞬時に、脚に紙のような何かがまかれる。


「鳩さん11号、頼みましたよ」


すぐさまハトは飛び立って、見えなくなった。


「ここに来たっていうことは、ここから南まで巻き込んで北京を包囲しにくるかも」


「最悪です。軍は完全に意表を突かれてますね。彼らは北京を守り、満州を取り戻そうと、かなりの戦力を投入しているはず。こっちは穴場です。彼らの後ろには、必ず戦車と歩兵がついてくるはず。親衛戦車軍も後方にいるでしょう。たぶん、街を迂回するでしょうが。もう近隣の野戦軍は軒並み破滅した」


第一親衛十三トゥメン軍の前線部隊は、すべてが非人間族と騎兵で構成される。

一人につき数頭から十数頭の魔馬を持ち、とてつもない速度と、圧倒的な戦力を誇る。

魔族の馬は、非人間族よりも素早く動ける。ちょうど人と馬の関係に等しい。

13万にして、数百万とも呼ばれる地球最強の、悪魔の軍隊だ。

極北の魔王には、ふさわしい軍隊だ。


「鉄道すらいらない。補給にもはや鉄道は必要がない。彼らは圧倒的な補給能力を持つ。大量の軍馬が彼らを支える。貫通した後は、散開し、とんでもない戦線幅で平押しすることも、そのまま進むことも出来る。進軍速度は一日に百キロを遙かに超える。二百キロかも。弓矢で対空、砲撃、対戦車もできる。突撃は数十キロを二分で駆けてくる。一定の距離で散開し、その範囲にいれば槍や剣で掃討しながら進める。悪魔だ」


旧来の軍隊とは違い、補給のほとんどは、魔馬で行われる。

ソ連・ロシア軍の欠点は、補給を鉄道に依存し、そこを西側の空軍に狙われるというのが定石だったが、彼らは鉄道ほどルートが固定されない。大道路でも、鉄路でも、草原でも構わず動くことができる。

さらに、それは前進時でも変わらない。


その間にも、空は蒼に光り続けていた。まるで昼間のように明るい。このままでは、街全体が業火に焼かれるだろう。

街全体で、狂ったような大音量でリピートされていたモンゴル兵士の歌が、切り替わった。

旧ソ連軍歌の、赤軍に勝るものなしの、編曲のはずだ。騎兵に勝るものなしだったかな。


「これからステルス魔法をかけます。たぶん気づかれないでしょう。しかし、気をつけて行動を。自分の背中に乗ってください。背負いますから。脚をかけて捕まってください。敵が近いときは喋らないで」


「お願い」


そうして、僕たちはものすごい早さで街を走り始めた。渋滞した車を飛び越え、家々を越える。

首に衝撃が来ると思ったが、全く振動一つない、快適なビルの旅だ。

街を駆け抜け、ビルを飛ぶ、窓を突っ切る。



その間にも、モンゴル兵と中国軍の戦闘が、至る所で行われている。

戦車やドローンと、騎兵や歩兵の戦いだ。


モンゴルの槍騎兵が戦車を突き倒し、中華連邦軍のパワードスーツ歩兵がロケットランチャーや対戦車ミサイルでなんとか撃ち倒した。


ドローンは弓で落とされ、スワームドローンは、鷹や弓や剣にやられた。歩兵達はサーベル騎兵に次々と切り倒され、吹っ飛ばされる。


ビルに隠れた歩兵は火矢で燃やされ、消えていった。

人々は馬や砲火に巻き込まれ、死んでいった。


市民の波に、馬が突っ込み、人が血煙となってはじけ飛んでいく。


ビルが次々と倒壊したり、燃えて溶け落ちていく。


晩霧はある場所で止まった。一人だけしかいない、モンゴル兵が目の前にいる。


伝統的な革鎧だ。しかし、黒い。精鋭だ。

皮や鉄で出来た長方形の板で出来ていて、胸には金属のプレートがある。ヘルメットの先端からは、黒いふさふさの

房が垂れている。顔の側面には革のカバーが垂れている。

胴より下は、前が開いたロングコートのようになっていて、茶色の、モンゴル式乗馬靴を履いている。


左腰には弓のケースと、弓と鞘。右腰には沢山の矢。


左手には大きな円盾、右手にはモンゴル式の、分厚くてまっすぐな片手刀、サーベルを持っている。

鍔は丸く、柄はまっすぐだ。


顔は濃く、まさにモンゴル人といった顔付きだ。中年だろうか。少し太っている。


彼はあたりをきょろきょろと見回し、なにかを探している。


道路の向こうから、中国兵が飛びだしてきた。



生身の歩兵、たぶん徴兵か民兵の数人が、使い捨てのロケットランチャーを持って、モンゴル兵に向かって撃った。

モンゴル兵はひらりと身を躱し、瞬きする間に数十メートルの距離を詰め、サーベルで斬り殺した。

三人は、たぶん血煙となって消えた。後に何も残っていない。


「うわ。ありゃ勝てないね」、僕は小声で呟いた。


「一個騎兵小隊で、一個大隊規模の戦闘力があります。しかし、下馬すれば戦闘力はだいぶ下がる。それでも、スーツによる射撃補正がないとほとんど当てられないでしょう。特に散開している場合は」


「皆散開してる」


「あの場合、たぶん歩兵狩りか、捜索のフォーメーションでしょう。斥候かもしれません。この街にはあまり軍がいないですから」


「何を探してる?」


「さぁ。そこまではわかりません。たいした司令部もないはずですが」


移動している間にも、履帯のついた無人戦闘ロボット、市街地戦用の3m級パワードスーツ。飛行ドローン、スワーム

ドローン。戦車、装甲車、装甲歩兵、歩兵、ありとあらゆる多種多様な兵器。

次々と、多種多様な鎧をつけた、モンゴル兵に切り倒されていった。


「槍よりは、刀のが汎用性がある?」


「ま、取り回しはいいでしょうね。建物に当たることもあんまりないですし。純粋に、モンゴル軍は槍騎兵が約4割なので、弓騎兵が突撃するときは刀を抜きますから、刀を持った歩兵のが多いですね」


「ユー!キサーユー!」、あるモンゴル兵が叫んだ。そういって、モンゴル兵はどこかに消えていった。


「なんて言ってる?皆同じ事を叫んでる。翻訳機が使えないから、わからない」


「誰かを探しているようですね」


数人の男が、なにかを喋っている。一人は弓兵、もう一人は盾剣兵だ。

曲がりくねった弓、円形の盾、バナナのように曲がった刀。


前は剃られていて、後ろから、長い髪が三つ編みのように編まれて、垂れている。満州人の伝統的な辮髪だ。

ヘルメットを腰から下げて、顔を露出させている。首から下は、しっかりと鎧を着込んでいるようだ。


布面甲と呼ばれている、満州弓騎兵の鎧。


青い布で出来ており、中心に太い黒線が、途中で別れて台形へと変化する。鉄の鋲みたいなものがそこら中に見えている。

長いスカートのように下に降り、半袖を斜めにカットしたような、肩当て。袖は長く、手の甲のあたりだけ更に長い。

腰についたヘルメットは、イスラム教のモスクはミナレットのような形。上が絞られた円筒形で、一番上からは房が垂れている。


弓ケースは青緑色だが、刀の鞘が後ろに向いている。矢は右腰のあたりに、沢山ついている。


満州人は、背中から腕を回し、刀を抜いた。そうして、肩に乗せた。満州人独特の抜刀法。


もう一人は太く、長い弓を持っており、矢は、1mぐらいの長さがありそうだった。



「ベヒンジクーハ、シ ぼお デ ゲネンビ。ビ ヤファン デ ゲネンビ」、彼らの一人はそう叫んだ。


満州語だ。僕も、通訳ソフトがなければほとんどなにもわからない。


「満州人です。弓兵、お前は家に行け。俺は庭園に行く。弓兵がたぶん、建物の上から見張るようです。更に気をつける必要があるでしょう」


「満州語がわかるの?」


「ある程度は。しかし、彼らは普通モンゴル語で統一するはずですが。たぶんシェヘリの親衛隊でしょう。というか、わかってて聞いてますよね?」


「えへ、ばれちゃったか」


僕は昔、誰かさんの都合で、多少満州語を勉強していたから、翻訳機なしでもわかるんだ。


そうして、また移動した。別の一団がいた。

また満州人だ。


満州弓。満州語ではベリと呼ぶ。150cmぐらいの大きな弓。太く長い矢を少量持っている。たぶん、12本か、18本ぐらいかな。

満州騎兵は見れば一目でわかる。大きな弓を腰に下げているからだ。

盾を持っている者も多い。


サーベルだけを持っている兵は、刀を左手で持って、柄を左手に、峰を肘の内側にかけている。

満州人の、刀を楽に保持する方法だ。


もう片方は、体中に鉄片が縫い付けられた鎧。目の部分だけが、鉄片がない。銀の鉄片と、黒い革紐がよく見える。

あまりに多くの鉄片で、銀色に光り、邪気を放っているかのような威圧感、まるで鋼鉄の悪魔だ。頭から赤い房が出ているのがチャームポイントかもしれない。


背中に両手刀を背負い、小さい弓、サーベル、メイス、斧を持っている。

一部は巨大な両手メイス。狼牙棒や薙刀のようなものを持ったり、長い槍を持ったり、サーベルを持ったりしている。

両手刀を持っている者もいた。


重歩兵達は、より雑多な装備をしていた。役割ごとに分けられている。

槍が槍騎兵を止め、薙刀が馬の足を払い、狼牙棒が装甲ごと殴り倒し、両手刀やサーベルが近距離の敵を倒す。

弓兵が歩兵の支援を行う。盾兵は室内戦も行う。


それで分隊を組む。だいたい5人ぐらいだ。

これは対非人間族に対するフォーメーションだ。

第一親衛軍の戦術は、軍事オタクの間ではそこそこ知られている。


「ここに非人間族はいるの?」


「いないはずです。警戒でしょう。あれだけまとまっていては、捜索の効率は悪い。すぐに分散して捜索するはずです」


晩霧の言うとおり、彼らは分散し始めた。


「重装甲の金代鉄浮塔、それに清代弓騎兵の布面甲。満州騎兵だ。彼らの歩兵戦闘能力は最高」、晩霧が呟いた。


鉄浮塔は柄が半分に近づくほど長く、大きな鉈のような両手刀を持って辺りを見回し、

弓騎兵達はサーベルを持って、住民の胸ぐらを掴んだりしている。


「遼金帝国の刀だ。生で見るの初めてだ。満州騎兵ばかりだ。モンゴル兵や、トゥルクの兵もいるみたいだけど」


彼らは鎧で、どの軍団か、師団に所属しているかわかる。

モンゴル人は、革鎧のように見える。満州人は、布のように見える。

トゥルク系は、ターバン型のヘルメットだったりもする。チベット人も独特だし。

ここまで混成している場合は、たぶんシェヘリの師団だ。


「あれは恐ろしい打撃力があります。歩兵向けですね。柄が長く、リーチは短いが、非装甲部位への斬り上げも得意だ。装甲を着た対人戦闘に向いてます。つまり、狭い場所で、非人間族歩兵に対して使うのに向いている刀です。彼らは通常軍を倒すのが主任務なので、あまり好まれませんが、親衛隊なのでしょう」


司令部への非人間族兵の奇襲は、最強の威力を誇る。だから、親衛隊は彼らにとって不可欠。

市街戦、精鋭歩兵、遼金の両手刀。


「シェヘリの乗馬化歩兵師団?そこの親衛隊?」


「都市部では彼らが役に立ちますからね。鉄浮塔はシェヘリの親衛隊。ヨーロッパの騎士ぐらい手強い突撃力を誇る。それに弓もあるから、射戦や城でも戦える。オールラウンドの極みとも言えますね。中東の重騎兵と同じです」


僕は、すべての合点がいったような気がしてきた。




https://www.youtube.com/watch?v=J0FZ2ObAckw

赤軍に勝るものなし。


https://note.com/kyomunomahou/n/na148d46614e0

キャラクターの設定絵。ここにはモンゴル側の軍隊とかの設計(部隊編成、師団編成、戦術~ドクトリンや、世界観、非人間族についてなどや、この世界観を生かしたウォーゲーム=ターン制のリアルな戦争チェスみたいなものの設計、満州語の勉強記録とかもあるよ)


https://twitter.com/kyomunomahou

Twitter


https://www.youtube.com/@user-mj6in1fr4s/videos

YOUTUBEアカウント(これの映像化、中東・遊牧などの武術・ゲーム・戦争・歴史などの解説。今のところまだ映像化と武術が中心)


追加予定:ノクターンでのR18小説。世界やキャラの説明としても有用。まずは優×タルサ編で、1~2万文字ぐらいを予定。

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