アンバー・マジックアワー/黄黑天 3


「盤古の予測によれば、モンゴル軍は侵攻しないはずです。戦力差もありすぎる。中国は世界最強の陸軍を保有しています」


「しかし、モンゴルにはエルリックがある。盤古は狂わされてるかもしれない」


「盤古は世界最高のAI。最高かつ万能の処理能力を持ち、食べている情報も多い」


「エルリックは妨害と攪乱、盗難と破壊専門、単能のAIだ。処理能力が盤古より低くても、盤古に部分的に勝利する事は出来る。人間同士の

マノマノに引きずり込めば、モンゴルが勝つ」


マノマノ。AIが軍事的指揮をするようになった現代において、EMPや妨害、砲撃や襲撃などの、AIへの物理的破壊などによって、指揮官同士のみの純粋な戦いにすることをマノマノと呼ぶ。スペイン語で、素手対素手だ。


「マノマノになっても、張と中国陸軍は素晴らしい能力です。とても勝てるとは思えないですが、万が一もあります。勝つ見込みがない戦いでも、やるしかないならやるでしょう」


張とは中国軍の最高司令官で、悪名高き中国の権力者であり、第二位の権力を持つ者。冷酷にしてカーンの信奉者かつ、彼の致命的な敵。発言は過激で知られ、大統領や政治にも口を出す。軍事の天才とも言われてる。


遊牧民族、つまりモンゴル連邦帝国国民の絶滅が挨拶代わりの一言だ。


中国軍が動員すれば1000万を超える大軍となり、ウランバートルまでを襲撃する。それは盤古という世界最高のAIや、多くの先端技術を持って行われ、正確無比な大軍が、モンゴルの戦車隊と騎兵隊を破壊すると、思われている。


「オリオン。モンゴルが中国に侵攻する確率を教えて」


「中国陸軍は予備役の動員も含め、現在世界最強の陸軍を保有しているため、モンゴル軍の勝率は低いと思われます。それに伴い、侵攻の確率も低いです。逆に、中国陸軍が先制攻撃する可能性もあります」


「これで攻めてきたら、エルリックはそこら中に手を出してることになる。オリオンも攪乱されてるんだろうね」


「冥王エルリック。世界に死をもたらした者。モンゴル・トゥルク神話の大魔王。対する盤古は、天地を分かち、

世界を作ったもの。中国神話の創世神にして大巨人。冥界の王と創世神の戦い。面白い」


「どうせ第一親衛トゥメン軍は北京やウランバートルの方にいますよ。こっちには来ません。中国の推測が正しければね。こんなつまらない話は辞めましょう」


そうして、晩霧は空を見た。黄金の夕焼け、黄砂、高層ビル。これら全てをミックスしてしまえば、華北の大都市できあがり。

北は砂漠、南は長大な河川。中国の景色は、あまりにも壮大だ。人類の至宝の一つとも呼ばれる自然を誇る。


「そういえば、この後の予定は?」


「僕は中国で何人かと会って、その後中東やインドに行く。そうして欧米を回り、最後にモンゴルに行く予定だった」


「世界旅行ですか。いいですね。自分も昔はよくしましたよ。昔は中国からインドに行くまで、何年もかかった」


「天竺」、僕はインドの旧称を呟いた。なにか教えてくれるかもしれない。


「天竺は仏像だらけだった。バーミヤンでガンダーラ美術を見たとき、生きていて最大の感動の一つでした。今の世界と同じぐらいの驚きでした。人類はここまで進化するのかと思いました。しかし、遊牧民エフタルの騎兵隊によって破壊された」


「また騎兵隊?昔ギリシャとローマを生きた者が言ってた。蛮族と騎兵隊が全てを焼いたと」


遊牧民は、世界の破壊力の源と、誰かが言った。

馬と弓による、圧倒的機動力は、その少ない兵数を補って余りある能力を発揮した。

そして、多くの文明を焼き払った。


「自分が感動した地域の多くは、騎兵隊に焼かれて滅びました。人は作り、そして盛大に壊す」


「匈奴、鮮卑、突厥、ソグド人、さだ族、モンゴル、満州人、チベット、ウイグル・・・・・・」、僕はつぶやいた。

普段はもっと西にいる、イラン系やトルコ系遊牧民ですら、中国北部にまで来て、国を建てたぐらいだ。


「もちろん、彼らは中原に侵攻しましたが、中原の人々も、彼らの土地へ侵攻しました。歴史とは、片方向ではありません。自分も、唐にいたときは、彼らの習俗をまねして、ワインをたくさん飲んで、羊肉をサーベルでスライスして食べていました。ゲルに住んでね。中国を焼いたのは、遊牧民の騎兵隊だけではない」


「そうだね」


「僕は、ここ、北京、南京、上海の後に、デリー、カブール、イスファハン、リヤド、イスタンブール、カイロ、ヴェネツィア、

マドリードにワルシャワパリロンドン、ニューヨーク、最後にウランバートルとかサハリヤンウラに行こうと思ってた」


「弾丸旅行過ぎませんか?」


「ほんとにね。結構ゆっくり行くつもりだったけど」


「サハリヤンウラはともかく、ウランバートルや、カラコルム、アスタナやカザン、サハはおすすめしませんよ。ノヤンごとに管轄が違いすぎる。モスクワは国家警察やPMCだらけですし」


「そうなんだよね。サハリヤン・ウラだけにしようかな。こんな状態だとね」


サハリヤン・ウラ。満州の州都。旧ハルビンだったか長春市。ウランバートル。帝国の首都。カラコルム、帝国の歴史的都市。つまり京都みたいなものだ。アスタナ、カザフの州都、カザン、西南部の州都、サハ、極北の州都。確か旧ヤクーツクだったかな?

それぞれ、大ノヤンごとに受け持つ地区が違う。警戒度合いとかも違うし、彼らは知人であればある程度便宜を図ってくれる。

今、虐殺でピリピリしてるオルドスなんかに行ったら僕は逮捕されるかも。


僕は一つ伸びをして、黄色の空を見た。国境の遙か向こう、二千キロ先から流れてくる砂は、空を包んでいる。

海の向こうの東京ですら、今日の空は黄色いはずだ。


「そういえば、人類は火星に進出するのが目前なんだとか。馬に乗ってた時代からは、とても信じられません」


「晩霧は2000才以上だもんね。2000年前のことを考えると誰でも驚くよ」


「宇宙時代になれば、神は見つかるのでしょうか。宇宙の向こうに、神が住んでいるのかも」


「神は宇宙人説?インテリジェントデザイン。僕たち生命を作ったのは、神なのかな」


「さぁ。誰が人を作ろうと、1万年も姿を現さない神とは、きっと薄情者なのでしょう」


「神さえいれば、僕たちは救われるのかな」


「何年経とうが、人類は苦しみます。それでも、昔よりはマシです。今じゃ癌になったって、体の一部を取り替えるだけで済む」


「昔は三大疾病にも、病原菌にも勝てなかった。今は勝てる」


「ただし、地球の環境は滅茶苦茶です。もしエネルギーを失えば、一気に地獄のような状態に逆戻り」


「はあ。僕は神を信じていないけど、いたとしたって、とんでもない薄情者だろうね」


人類は多くの病気を克服し、今では完全な死亡か致命的な寿命以外で、ほとんど死ぬことは出来ない。

ただし、お金があればの話だけど。

癌になってもその部位を変え、手足や目がなくなっても移植する。なんでもできる。

ただし、地球環境は致命的だ。

アメリカ、中国、インドの農地は次々と枯れ、南太平洋は次々と沈み、中国や中東は致命的な暑さだ。北極の氷は溶ける。

夏は暑く、冬は寒い。

農業や住居、なにもかもに影響が出る。それを技術で補おうとしているのが、今の時代だ。


この暑さの中で元気なのは、元々が寒いモンゴルだけだ。しかし、冬は致命的な寒さとなる。


人類の未来について思いをはせていると、バイザーに通知が来た。


開いた瞬間に、ふわふわのゆるい猫のアイコン。


今日の夜そっちにつくよ。という文字と共に、猫の映像がついていた。

イスラムの祈りのマットの上に、猫がたたずんで、見上げている。今やイスラム教は、世界最大の宗教だ。

にゃーん、と猫が鳴いた後に、彼女もにゃーんと言った。


赤くてふわふわの髪と、オレンジから赤あたりの瞳を持つ女性。ゆるやかな笑顔で、ふわふわしてそうな感じだ。


名はタルサ。ペルシャで最も有名な戦士にて、美しき女性。ペルシャ騎士として、多くの伝記が残されている。


正確に言うと、彼女より有名な戦士は死んだ。

非人間族で、あまり頑固で、男らしい人々は残っていない。


非人間族の死因は老衰ではなく、戦死と処刑、自殺、それに自殺に近い行動だ。

寿命で死ぬものはほとんどいない。千年だって生きているだろう。

だが、皆戦争の後遺症に苦しんでいる。

陣営の交代を受け入れられないものも、多くが処刑される。


つまり、柔軟さと、対ストレス能力が必要だ。

生き残ってるもののほとんどは、性格もふわふわしてるし、見た目もなんだか可愛らしい。


晩霧も、絶世の美青年と言う感じの見た目だし、タルサなんかはとっても愛らしく、髪の毛もふわふわだ。


ある一節を、ふと思い出した。


オールド・テスタメント。 エクソダス、1ー22。

   旧約聖書。     出エジプト記。1章22節。


そこでパロ(ファラオ)は命じて言った。

「ヘブライ人に男子が生まれたならば、皆ナイル川に投げ込め。しかし、女子は皆生かしておけ」


すぐに、視界にホログラムの通知が入った。テキストを空中で拡大する。


「タルサから連絡が入った。今日の夜には合流出来るって」





https://note.com/kyomunomahou/n/na148d46614e0

キャラクターの設定絵。


https://twitter.com/kyomunomahou

Twitter


https://www.youtube.com/@user-mj6in1fr4s/videos

YOUTUBEアカウント

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る