さようなら、旧き魔法少女達よ

 獣から大華へと姿を変えた黒。

 澱みを喰らう者が伸ばした触手は、五人の内二人を正確さと無情を以て吹き飛ばした。


「っ、くそがァ!!」

「おい待て、馬鹿犬ッ!!」


 激昂のままに魔力を昂ぶらせ、変遷した黒の華へと飛び出すレイドッグ。

 鈴野すずのはそんな無謀な犬耳女を呼び止めながら、二人の下へ向かおうとするも、動揺から何度も目線を行き来させてしまう。

 

 今の一撃に鈴野すずのは反応すら出来なかった。恐らくは、残り四人もそうだろう。

 感覚で理解してしまう。本能が悟ってしまう。

 強さに差はなくとも、あれは今この瞬間に適応した。あれは人類よりも先に私達という塵を払うべき、その姿を変えたのだと。


 その証拠に、的確に最初に潰すべき二人を潰しにきた。

 どこまでいっても個でしかないやつより、魔力次第で無限に力を広げられる二人を的確に。

 

 どうする。私はどう動けばいい。

 一人で乗り込んだ馬鹿の加勢をしなければあいつも危ない。けれど倒れた二人を置き去りには出来ない。どっちを選べば、両方を──。

 

「儂も出る! ひめは二人を!」

「……悪い!」


 掛けられた言葉の後、エターナルが姿を消すよりも前に二人の下へ向かう鈴野すずの

 二人の傷をすぐに治し、戦場へ趣いて援護に回る。

 それが今の最適解。下手に考える前に、まずは動けない二人を治さなくては。


「お前ら……なっ、イナリっ!!」


 そうして二人の下まで辿り着いた鈴野すずのは、その惨状に思わず声を荒げながらより酷い方──イナリの側へと駆け寄っていく。

 歪に千切れた右足と尾。胴には大きな穴が開き、凄まじい勢いで血と魔力を流出させている。

 何より体がボロボロと崩れ始めている。零ではなく過度なマイナスの状態になった魔法少女に起こる、避けられない結果の定まった滅び。 

 幻想崩壊。ともすれば、例え心臓や脳が欠損した状態でさえ復活を可能とした魔法少女における死神の鎌が、自分の仲間の下へ訪れてしまっていた。


「けふ、けふっ。あれ、ひめちゃん、声がするな……」

「馬鹿ッ!! 待ってろ、すぐに治すから。だからっ!」

「ああ、そこにいるんだね。でもボク、もうなんも見えないや……」


 すぐに手を当て、全霊を以て治療を試みる鈴野すずの

 だが鈴野すずのの治癒魔法がイナリの体を癒やすことはなく。それどころか拒絶されることすらない、ざるに水を掛けるかのように落ちていくばかり。

 

 出力を上げる。意味はない。

 集中力を高める。何も変わらない。

 無理矢理にでも留めようとする。どうにもならない。


 無駄。無価値。無意味。無謀。無様。無能。

 どれほど重ねようと鈴野すずのは死にゆく同胞一人も救えない。その力はどこまでいこうが自らの生存本能が生み出した、呪いに過ぎないものだと思い出させられるかのように。


「くそ、くそ、クソッ!!」

「ごめ、んね……。多分、もう手遅れ……」

「馬鹿言ってんじゃねえ! 私とヤりたいんだろ!? だったらこんな所でくたばるんじゃねえ!!」


 それでも、他と無駄だと理解していようが続けようとする鈴野すずのの手に置かれた手。

 掠れた手は塵へと変わり始め、最早力も温かみも残っていない。

 あんなにも元気であった狐耳の魔法少女はもう、唯一無二と懸想した相手の姿も声も聞こえていない。それでもその手は、確かに泣いている愛しき女の側へと置かれたのだ。


「一つ、お願い。どうかボクを、受け入れて……」

「っ、ああ、ああっ! だから──」

「ああ、やった。ひひっ、嬉しいな……☆」


 それだけ言葉にして、ほんの僅かに笑みを作ったイナリは全身を塵に、そして消え去っていく。

 もうイナリの──狐峰こみねめいの姿はどこにもない。

 最後に残った黄金色の光が鈴野すずのの胸の中へと溶け込んでいき、ついに彼女の痕跡はどこにもなくなった。


「……ありがとう、めい。ちょっとだけ先にっててくれ」


 じんわりと体内へ渡る、黄金の魔力の──純粋なる鈴野すずのへの愛の残滓。

 ほのかな温かい感覚を噛み締めながら腕で涙を拭い、倒れているもう一人へと寄って魔力の光を灯していく。

 同等の一撃を受けたというのに負傷はなく、浅い息ながらも確かに生存を果たしているギアルナ。

 その理由をすぐに察する。イナリには二つの大欠損、対してギアルナには零。つまりはそういうことなのだろう。


「悪いなまりな。後は任せたよ」


 無理矢理起こすことはせず、鈴野すずのは治療のみを済ませて音の壁をギアルナを守るよう展開し、それから戦場へと飛んでいく。

 

 もしも自分達が負けた際、未来のために誰かが残るというのが彼女ら五人の決めたこと。

 その役割を、魔法少女の継承という長きにわたる責務からようやく解放された女へ強いることへの罪悪感が鈴野すずのにはあった。

 イナリは眠った。レイドッグも、エターナルも、そして自分も今から役割を果たす。だから残るのは、生きるのは寝ているお前しかいない。

 

 あの日と同じく自分かギアルナかの二択になるんじゃないかと、そんな漠然とした予感はあったのは確か。

 だからこそ、私はお前に生き残って欲しい。もう少しだけ頑張ってもらうのは心苦しいが、誰よりも頑張ったお前に未来を生きて欲しい。

 だからきっとこれが最適解。かつての鐘に振り回された三人と、愛に殉じた虚空の狐と、私達の中で誰よりも報われるべきな働きウサギの、旧い時代の残党達が辿り着くべき結末のはずだ。

 

「ぐっ、最早刻ですら縛れんか、この大うつけめが!」

「くそがっ、化け物がァ!!」


 百を超える触手を、黒い粒子の雨を払いながら吠える二人。

 着物を血色に染めた老少女にいつもの上品さはなく、犬耳の女のと片耳と牙は砕けてしまっている。

 それでもなお抗う二人。無限に生え直す触手を前に、荒れ狂う暴風で黒を千切り、空間自体を停止させ巻き込む形で切断し続ける。


 そんな光景を前に、鈴野すずのもまた黒を滲ませる。

 鐘の音響く桜色の魔力ではなく、どす黒い星の怒りとさえ思えてしまう、目の前の黒い大華に負けず劣らずの漆黒を。


「避けろてめえらッ! 黒塗りの雑音ブラックノイズ最大浸食インベーダー!!」


 怒号と共に鈴野すずのが放出した黒の豪波。

 波打つそれは周囲の自然諸共呑み込みながら進軍し、大地へ根付いた黒の大華と衝突する。

 

「危ねえだろ!! それ喰らったら全部おじゃんじゃねえか!?」

「悪い。めいは逝った。婆さん、ここで幕引きだ」

「……そうか。もう少しだけ削りたかったが、なれば儂らも続くとしようぞ」


 鈴野すずのの一言を聞き、残された二人の魔法少女は一瞬だけ、悼むように目を閉じた。


「最後に合わせろくそガキ。馬鹿とは同胞なかま、使い果たしてでも殴ってやらなきゃ気が済まねえ」

「……ああ。私も、このまま終わるんじゃ腹の虫が治まらねえよ!」


 鈴野すずのとレイドッグは眼前の大敵を、狂犬の形相で睨みながら魔力を昂ぶらせていく。


「犬牙流、決着魔奥義。剣牙竜けんがりゅうッ──!!」

最終鐘音ラストベル。少しは響け、糞野郎がッ──!!」


 自らの黒よりなお黒い、鈴野すずのの魔力である大波を無数の触手で抑え付ける黒。

 そんな敵を前に一人は重なる音、もう一人は純粋で竜の歩みのように荒れ狂う魔力を正面へと放つ。

 熾烈に並び合い、空を奔る二人の魔力はやがて混ざり合い、囂々と進み黒の大華の中央から食い破りひたすらに暴れ続ける。

 

「そこにあれ偽りの世界、あるはずのない境目の穴よ。三柱の魔女を基に彼の者をいましばらく留めたまへ。どうか人々にもうしばらくの安息と猶予を。我らの身勝手にせめてもの応報を。──束ねて歩ませず、仮夢託結界いまいっときのまくひきじゃ!!」


 その最中、怒りのままに仕掛けることのなかったエターナルは唱える。

 謳い、謡い、詠い。着物の老少女によって紡がれた言の葉は、黒の大華を囲むほどの四角の空間を想像していく。


 黒の大華は吠える。二人の魔法少女の放った特大の攻撃を喰らいつくし、悍ましいほどの速度で再生を続けながら、それを認知したと同時にけたたましい軋み音を上げる。

 

 それは叫び。声を発することのない、人と言葉を交わすことのない慈悲なき怪物が発した本能。

 かつて自らを、澱みを喰らうものを封じ込めた大結界。

 星の恩恵を預かりながらも溜まった罪を清算せずと、芥が如き人が為した負の奇跡。

 黒の大華──澱み喰らいは再生すら中断し、触手を伸ばして一点を狙う。


 その結界の発生源。再び審判の刻を遅らせようと企てる、星に仇なす不届き者に誅伐をと。


「おっとォ! 俺の目が黒い内にやらせっかよォ!!」

黒塗りの雑音ブラックノイズ。どうかこの黒が、僅かだけでも蓋とならんことを」


 だがその触手は一本残らず防がれる。牙も爪も砕かれながら、未だ熱纏う犬耳の女に。

 そして空へと昇っていた鈴野すずのは、先と同様の黒の大波を今度は雨のように落とし、無色透明であった結界を満遍なく黒く塗り潰した。


 最早黒の大華の音は、叫びは何者にも届かない。

 完全に隔離された世界。黒の空にて埋め尽くされた結界の中で可能なのは、触手を伸ばしそれを割ろうと足掻くのみ。

 もちろん相手は世界の澱みを喰らうもの。少しの時さえあれば、小さな世界と塗りつぶしの黒で固めた封印でさえ容易く崩してしまうだろう。──そのままであれば。



『我が身を糧に! この身は小さき世界の柱なり!』


 

 だがそれは叶わない。三角に散らばった三人による同時の唱え。

 その宣誓は三人の体を光へと変えていき、大結界をより強固に、複雑に確立させていく。

 

 それはかつて魔法少女ベルベットとエターナルが十年をかけて編み上げた封印結界。その奇跡をエターナルが引き継ぎ、次の脅威にも対応出来るように組み上げ直した最新にして最後の作品。

 例え柱となる三人が現想にまで辿り着いた者だとしても。

 それでもかつて十人もの人柱を要したそれは、強度だけなら八年前の堅牢堅固に相違なく。星の怒りの代行たる、澱み喰らう浄化機構でさえ暫し抑え込む。


「ではな我が自慢の孫娘達よ! 悪くない、嗚呼、実に悪くない最期であったぞ!」

「……ったく、今度は何年持ってくれるんだろうなァ! くそがよォ!」


 最期の言葉に悔いはなく。死よりも苦しい永劫を前に、二人の魔法少女は恐怖などない笑みで姿を消す。

 彼女達は既に柱。故にその身朽ちるまで、或い結界を外部から干渉されない限りそれを覆す意思も自由もない。

 そしてそれは不可能。最古の魔女、そして最初の魔法少女たるエターナルが手がけた作品を視認することなど、現代の粋を尽くそうと不可能に近く。

 故に人であることも、魔法少女であることも許されず。二度も挑みながら、それでも届くことのなかった責務を己を薪としながら食い止め続けるのだ。


「じゃあな馬鹿共。……約束守れなくてごめんな、結月ゆづき


 そして鈴野すずのもまた、最期に力なく笑みを浮かべながら消失していく。

 消え際の一瞬、積み上げた全部を裏切ってしまった少女の顔を思い出し、出すまいと秘めていた謝罪と共に。


 やがて光は失せ、人を喰らう黒も、そして喰らう者を呑み込んだ黒も影も形もなく消え去った。

 全てが消えて残ったのは、まるでそこには最初から何もなかったかのような静けさ。されど朽ちて、荒れ果て、失われた近隣一帯がこの戦いが幻想であることを否定する。

 

 かくして結界を砕かれ、鏡界ホールから突き出し、それでもなお防がれた星の裁き。

 例えそれが無意味な延長だったとしても。いつかは人々が清算せねばばらない因果だとしても。

 誰にも知られることなく、仮初めの平和をもたらした旧い魔法少女達は確かにいた。──希望は僅かながらに残されたのだから、それはきっと惨敗であろうと勝利と呼ぶべきものなのだろう。

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