澱み喰らい 2
「牙装。行くぜおらァ!!」
深紅の魔力で作り出した鋭利な牙を両の手と口に装着し、再度突撃していくレイドッグ。
獣が如く雄叫びを上げ、空へ残る赤い軌跡。
目まぐるしく駆ける一匹の犬を遠目に見ながら、
「
「停止摂理。触れれば理は移り出すものじゃ」
鐘音は不可視の壁と化し、動こうとしていた黒の獣の後ろと左右、更には上を綺麗に囲む。
逃走はなしとばかり現れたそれを破壊すべく、黒の獣は至る所から触手を伸ばし割ろうとするが、それが壁に触れた途端に動きを止めてしまう。
「動くなよ犬っころッ!! 乱れ掻きッ!!」
逃げ道のなくなった黒獣の全身をなぞる赤の軌跡。
ずっぱりと引き裂かれた無数の跡から噴き出す黒は、さながら出血のよう。
このままの勢いで噴き出し続ければ、瞬く間に躰以上の量を超え、絶命は愚か霧散すら免れないほど大量放出。──もちろん、それが生物の範疇に収まる存在であればの話だが。
「…ちっ!!」
「一旦戻れっ! 閉じるぞッ!!」
「うるせえよっ!! くそがっ!!」
伸びる勢いを増した黒の触手の一本に足を掴まれたレイドッグ。
手に付けた牙で何度も斬りつけるも、足から離れようとせず更に強く締め付ける黒触手。
まずそうだと、
「まったく使えない連中ね。阿呆二人じゃ時間稼ぎも出来ないの?」
「ギアルナッ!!」
「はいはい。そら乗りなさいウサギ共。そんなちんけな雑音に万匹乗っても大丈夫かしら?」
空から降りてきたギアルナが号令を掛けると、まるで雪のように落ちてくる無数の白ウサギ。
白い大群は音の壁に着地していき、重量を以て黒の獣を埋め尽くしていく。
厚く、重く、充ち満ちていくそれはまさに豪雪、自然災害の再現。
一種の獣によって引き起こされた人災を目の当たりにし、
「……お見事。やっぱりお前とは敵対したくないってつくづく思うよ」
「一度勝っておいてどの口が言ってんだか。ああうっざ、ほんとむかつくガキねあんたは」
「それはどうも。ゴスロリ趣味の年増の負け惜しみほど耳障りで愉快なものはないね」
圧倒的数の暴力。兵の数で言えば一国の軍にすら劣らず、新世代の魔法少女総出を座したまま殲滅できる唯一の魔法少女。
そんなゴスロリ姿のウサギ耳な彼女の得意げな態度に
「喧嘩なら後でやれ馬鹿共ッ! んでギアルナよォ、助かったのには礼を言うがあっちの首尾はどうなんだ!?」
「うっさいわね、くそ狐の塩梅なんて知らないわよ。まあ順調そうだし、あれはしばらくは動け……うえっ」
何故かいがみ合う二人の間に着地したレイドッグは、両者の間に挟まり礼を交えながらもギアルナへと睨み尋ねる。
だがギアルナはまるで意に介さず。さっぱりだと首を振りながら否定していると、埋もれたはずの黒が徐々に滲み出すようにウサギの山から溶け出してきた。
「……自信なくしそうね。一応あれ、手頃な建物くらいなら圧し潰せるってのに」
「心配すんな。お前の自尊心と責任感はうつであろうと曲げられねえよ」
「あらどうも。でも頑張ってるからこそ潰れちゃう、そんな健気な私に感謝して生きなさいな」
ふんと鼻を鳴らしながら、それでも苦々しげに顔を歪めるギアルナ。
だが手を空に上げ、忌々しげに何かの号令を掛けようとしたその瞬間、ギアルナは吐血し自らが乗っている歯車に膝をついてしまう。
「……ぐっ、くそがッ、あの馬鹿喰らい共がッ」
「おい大丈夫かよ。木陰で休んでても文句は言わねえぞ?」
「ならもっと働きなさいよ……。くそがっ、
ギアルナは不満を零しながらも、誰の手も借りずに立ち上がって口元の血を拭いていく。
健在な力強さを醸すうさ耳少女に
「まだか馬鹿イナリッ!! 普段私のケツ追っかけてるときの速さはどうしたんだ!?」
「むむむむーっ☆ もうちょっと待ってー☆ あ、出来た☆ おっけーい☆」
実に軽い、悩んでいた数式を解いたみたいに軽快な喜びを露わにするイナリ。
周囲を彩る黄金色の魔力の中で舞う彼女は、まるで一面に敷き詰められた小麦畑で遊ぶ狐のよう。
「さあさあご覧あれっ☆ これがボクの愛の証☆
愛らしい掛け声が辺りへ響き渡る。
黄金の狐は髪と耳、そして尾の色を黄金から黒へと変えて──否、まるで誰かに染められたみたいに戻していき。
そして黄金の光は凝縮されてイナリを包み、そのまま変わる新たな尾へと形を変えていく。
一本だけが眩いほどの黄金で、他の九本は耳や髪と同じく黒毛の狐巫女。
はちきれんばかりの魔力を噴き出しながら、変わらず下の
「かしこみーかしこみー☆ ではでは皆さんどうぞご覧あれ☆ これぞ
お祓い棒を力強く投げ捨てて、ぱんぱんと高らかに手を鳴らすイナリ。
直後、投げられて空を舞い落ちていた虹色の花火となって弾けたお祓い棒。
だがその光は垂れ消えることはなく、まるで意志を持っているかのようにそれぞれの色で十の人型を形成していく。
十の人影。かつてこの場で散り、人柱として目の前の黒を戒めていた魔法少女の名残。
泥臭い美を。
天使のような小悪魔を。
傷の絆で繋がった姉妹を。
聖夜の奇跡の結晶を。
王を名乗った小市民を。
回帰を願った引きこもりを。
現想を否定した、荒野に鳴いた一羽の
関わりを重荷と切り捨て、
そして現最強の鐘の音が師と、或いは恩人と仰いだ最強ろくでなしな鐘の音を。
遠き日の戦いに消えた命。無念ながら、それでも笑って黒の獣に向かって散った傑物達。
イナリの魔法の最奥はその戦士の勇姿を再現する。姿だけではなく、あの日戦いに趣いた十人をそのままに。
例え一夜の奇跡であろうと。以後叶わぬ幻想であり、意志など持たぬ骸と変わりない魔力であろうとも。
されど隣に彼女らはある。例えそこにいなくとも、確かにそこに存在していた。
「……なんと。まさかこんなサプライズを用意してくれるとは。まるであの頃のようじゃ」
「相変わらず出鱈目ね。っていうかあいつ、興味ない振りして案外ちゃんと覚えてるじゃない。はー嫌だわ」
「……やっぱ変態は違えよ。餌与えとけば不可能なんてないんじゃねえか?」
何色もの光にて形作られていくそれを目にし、他四人は各々別ながらに驚愕を顔に出す。
エターナルは追想を。ギアルナは苦笑を。レイドッグは呆然を。そして
「はは、はははっ!! やっぱお前はすげえやイナリっ!!」
「いやーん☆ 姫ちゃんがデレたー☆ 思わず尻尾がゆれゆれしちゃうー☆ けふっ☆」
くねくねと体を揺らしながらも、不意に口や零れる赤い液体を腕で拭うイナリ。
足は震え、尾は力なく垂れ下がり、星を宿した瞳の片方は潰れ、手で押さえられたもう片方の目は赤く染まってしまっていた。
「イナリ、お主っ」
「──ノンノン☆ それ以上は野暮ってもんさ、おばあちゃん☆」
唯一隣にいた故に気付いたエターナルへ、イナリはにこりと変わらぬ笑みを浮かべるのみ。
十の魔法少女、それもそれぞれが曲者であった旧世代の完全再現などそれこそ無謀。
イナリはその十人を細かく覚えているわけではなく、それこそ記憶を頼りにした再現ですらない。
再現という過程を無視し、再現という結果だけを手繰り寄せただけ。ただしそれは、無限に近い循環機能を借りていたとしても自らの全部を急速に削るほどの負担を強いられる反則であった。
「百年後への献身とか、未来への可能性とかどうでもいいんだけど☆
それでもイナリは決意した。このままいけばジリ貧で、ただ意味もなく敗けるだけだと。
「さあさあ脳筋共っ☆ みんなであの日を超えて、精々がんがん削っちゃって☆ せめて昔よりもダメージ与えないと、するべき計画も通らないぜ☆」
尾に貯まった魔力を無理矢理絞り出し、再び下で立て直していた三人へと魔力を付与するイナリ。
開幕よりも力に溢れた状態且つ温まった、言うなれば120%の状態で三人は黒の獣を見据える。
「さあ行くぞ馬鹿共っ!
「ははっ、あれか! まさかお前とやることになるとはなッ!!」
「あのクソ馬鹿技ね。あんたこそ、やったことないからって足引っ張るんじゃないわよ?」
言葉と同時に飛び出す三人は、大空間を舞う十の光に交わりながら黒の獣へ力を振るう。
かつての同胞、熾烈を極めたライバル達との再会を祝すかのように。
天使と悪魔の響きが黒を祓う。荒野の鳥は羽根の弾丸を束ねて発射し触手を縫い付ける。
美はあらゆる存在を希薄に変え、王は号令をかけ、聖夜の結晶は流星を喚び、引きこもりは不沈不壊を誇る無敵の
そして鳴り響く鐘の音は、
まるで自分こそが本家であると、かつてその音色に進行を阻止されたことを思い出させるかのように。
黒の獣は吠える。その鐘の音に反応するかのように、形のままの咆哮を上げる。
確
意思なき人形故に合わせることなく、各々があの日の再現に過ぎないけれど。
それでも彼らの強さは健在。理不尽の魔法少女が創り出した在りし日の再現は、確かに黒の獣を削っていく。
そして
「
「
「
桜髪と赤髪の魔法少女は現実と幻想を混ぜ、ゴスロリ服のうさ耳少女はそのままで。
輝きは一層増す。顕現した十の光、そして上空で奇跡の具現を支える狐耳の美少女にだって負けず劣らすな魔力の光を。
「なんそれ。土壇場で知らないもん出さないでくれ」
「実年齢での恥晒しだけが最高地点じゃないの化石共。まあ今の子達だって無知で無能じゃないってだけの話よ」
「……
「ええそうよ、悪かったわねッ!! どうせ私は公私を切り分けられる完璧故に男の寄りつかない社畜様よ!」
ギアルナは吠えながらうさ耳を付けた何百もの歯車を縦に並べ、巨大な砲身を作り上げる。
その中の一つ一つにはウサギが入っており、からからと音を建てて回して魔力を強固に繋がれた増幅装置であった。
「回し歯車。そらウサギたち、死に物狂いで駆け回しなさい」
「反響。鐘の音よ、いつまでも響き膨れあがれッ!!」
鐘の音は一瞬限りに止むことなく、むしろがんがんと音を強め内部の空気と砲身を揺らしていく。
ウサギが回れば回るほど、音が響けば響くほど中の力は増すばかり。
次第に詰められた魔力は赤黒く放電しながら砲身を軋ませ、外部にすら熱と衝撃を漏らす。
「
「発射だおらァ!! 全部全部吹き飛んじまえッ!!」
今にも崩壊しそうなほどぐらつく砲身。
そして内部で弾けてしまいそうな魔力の塊を前に、レイドッグは低く構えてすぐに一直線へと飛び込み魔力の塊を衝突し外へと弾き出した。
音すら軽く置き去りに発射された赤黒い魔力の砲弾は、黒い獣に届いた瞬間膨張して破裂する。
抑え付けられていた魔力の塊は、巨大な城はあろうかと思えるほど膨張し黒の獣を、そしてイナリによって現れた十の光を呑み込んだ。
辺り一層、大空間内全土へ炸裂する衝撃の嵐。
十の光は当然として、分厚い山壁が瞬く間に崩れ、パリンと音を立てて結界は崩壊し、眩しい陽の光と青空が露わになってしまう。
「けふっ。流石は最新、ババアの結界まで貫いちまった」
「恐れ入ったわ。流石は良妻賢母の似合う私。なんで男は私に振り向かないのかしら」
「やかましい。ともあれこれで少しはましに……はっ?」
しばらく経ち、砂煙も収まった頃。
降り注いだ膨大な岩や土を弾き飛ばし、どうにか立ち上がった
大技の直撃に自らを形成する黒も削れ、発する魔力も確かに減っていたはずの獣──否、獣であったはずの黒。
四足の喰らうものであったはずのそれは既にその形を捨て去っており、地面に根ざし、太陽に巨大な花弁を咲かせた植物のような姿に変化してしまっていた。
「嘘だろ? あんなの前はなかったじゃねえか」
「随分派手にやったねー☆ で、あれはどういうこと? 犬っころが変な植物っぽくなっちゃった☆」
「以前とは魔力の、いや存在の質がまるで違う。……まいったのう、どうやらあれ自体への停止は最早意味をなさんようじゃ」
無事であった残りの二人が側へ降り立ちながら、それぞれが目の前で育つ黒に苦い顔をみせてしまう。
黒に減衰はなく。むしろ大技を当てた直後だというのに、更に力と姿を大きくしていく。
この世のものとは思えないほど際限なく、青空にすら届いてしまいそうなほどどんどんと高く。
周囲一帯の生命を枯らしながら、自らの存在を星に刻みつけるかのような壮大さで。
「いやいや、あんなんどうすりゃいいんだよ?」
「やるしかないでしょ。ま、触手が増えてきもいけど、これで的にしやすくはなった──」
そう言いかけた瞬間、ギアルナとイナリの姿が揺らぐ。
破砕音の連続と、肉の裂かれた不快な音。
誰の認識すら追いつかないほど速く突き抜けた二本の触手は、ギアルナとイナリを突き飛ばした。
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更新が遅れてしまい申し訳ございません。
新作の書き溜めを増やしているのと単純にこちらの執筆が滞ってしまっているためです。
次回も遅れるかもしれませんが、気を長くして付き合っていただけると嬉しいです。
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