澱み喰らい 1
気の済むまで飲み明かし、飽きるまで語り合い、そして夜は明け決戦の日を迎え。
そうして五人の魔法少女は互いに準備を済ませ、誰も知らぬ封印の地へと足を踏み入れた。
赤黒の厚雲に覆われた、どこまでもどこまでも続いた瘴気満ちる大空洞。
隔絶され、幾重にも重ねられた結界の中。最早独立した世界とすら形容可能な異空間。
そんな巨大なドームを何個も詰めたような空間の中央に置かれているのは、真ん中に亀裂が走り、今にも割れてしまいそうな墨色の大岩と小さな社であった。
岩に僅かに残っている白は、まるでその僅かなそれこそが猶予とでも告げるかのよう。
そんなおどろおどろしさすら滲ませる岩を前にして、それでも五人は恐怖など微塵も出さず色々と観察していた。
「真っ黒ね。置いた頃はあんなにも白かったのに、漬け物石もびっくりよ」
「まあ瘴気を浴び続けたせいじゃな。ともあれここまで充ちるのは最低でも半世紀後じゃと、そう踏んでおったのじゃがのう」
「……ああ、そういえば前に
社と大岩。そのうち大岩の方に近づいた
そして社に寄ったのは
三人は戸を開け、中に置かれたいくつもの古びた小道具を手に持っては和気藹々と話していた。
「しっかし綺麗だな。もうちっとぼろくなってると思ってるもんだと思ってた」
「ったく、感謝しろよ馬鹿共。ババアがずっと見てくれてたから整ってるんだ。じゃなきゃ今頃瘴気塗れのクソ場所だぜ?」
「はえー☆ ありがとおばあちゃん☆ ボクはどっちでもいいけど☆」
イナリのこの場にそぐわない、綿のように軽いお礼にひらひらと手を振るエターナル。
その最中、ラブリィベルこと
「見ろよこの写真、懐かしいなぁ。銃にヨーヨーにダンベル……ははっ、あいつらのも随分とぼろくなってらぁ。なあ
「うむ。……あやつらにも時の流れを与えたかっただけの、何とも半端でくだらないだけの感傷じゃ」
「はっ、いいじゃんくだらぬ感傷。そういうのなきゃやってられないだろ、墓守なんてよ」
少し寂しそうに笑ったエターナルに、レイドッグは笑い飛ばしながら手に持っていたヨーヨーを置く。
自らが咥えていたパイプを新たに置くと、それに釣られたか他の四人も自らの私物を置いていく。
ギアルナは手のひらサイズの歯車を。
エターナルは一本の小刀を。
ベルは自らが胸に付けた鈴を。
そしてイナリは何故か鈴野の写った写真を。
「
「儂だけ何もなしは寂しいじゃろ? これは昔、儂が切腹したときのものでのう? けじめが必要な際は、いつもこれを使って──」
「分かった分かった。そういうじゃんちゃ話はもっと前に聞きたかったよ」
もちろん誰も写真にはツッコまず。されど小刀のことを
そうして緩み、和やかになった空気の中。
けれど
「さてお主ら。
「聞くなよ、くだらねえ」
「まったくね。嫌なら帰って仕事探してるわよ」
「おっけい☆ 来世は
「……ああ。あんたこそ、
ふとエターナルが尋ねれば、それぞれ口々に同じ方向性な返事をしていく。
そして
「……そうかえ。ならば楽しかったぞ、最期の朋がお主らであったのは儂の幸運であり誇りじゃ」
「おいおい、まだ死ぬ確定じゃねえからな。一人は生き残るかもだ」
「そうよ。私は勘弁よ、こんな珍獣共と共倒れなんて」
「……ふふっ、頼もしいやつらじゃよ。では儂も、心置きなくあの日のやり残しに励むとするかのう」
そうしてエターナルは一歩前へ出て、真っ直ぐに黒い大岩を見つめながら手を翳す。
彼女から溢れ出る魔力。着物と同じく深緑の魔力は、自身が伸ばした小さな手へと宿っていく。
「停止解除。要石よ、十の同胞よ。どうか安らかに眠りたまへ。……ご苦労じゃったな」
エターナルは感謝を、そして別れを告げるように祈り唱える。
ピシリと響き、連鎖するように木霊する大砕音。
大岩を囲うように建てられた十の柱は風化していき、黒い岩は塵と変わり消えていった。
そして蓋が外れたように空いた大穴。
静けさが保ったのはほんの一瞬。直後、静寂を切り裂いたのは、まるで遠吠えのような一啼きだった。
dが直後、穴から噴きだした姿を現わしたそれは犬にあらず。
形成されていくのは獣でも人でもなく形なき巨大な黒。無限に穴から溢れ出る澱みの凝縮であり、人が本能的に拒み恐れるもの。
畏れ敬え。あれこそは人の積み重ねた業の結晶、進歩にて人が置いてきた負債そのもの。
澱み喰らい。澱みを喰らう星の浄化機構。魔法少女とは異なる正しき星の怒りの代行者。
かつて十五の魔法少女を以てして、封印まで追い込むのが精一杯だった怪物の刻は、今再び動き出した。
「澱み喰らい。暗い喰らいクライ。あー、何だっけ?」
「くっだらねぇ。黒っころでいいだろこんな汚物」
「形失ってるねー☆ お目覚めだからかな?」
そんな存在を前にして尚、微塵怯えず呑気に声を発する魔法少女達。
目の前の五人の塵芥を薙ぎ払おうと、あの頃と同じように敵と見定めたその黒は、形なき黒を触手と変えて地面ごと抉りながら横に振る。
「はいお触りブブー☆ じゃあじゃあ全員、位置についてよーい☆ どん☆」
パンと拍手が一つ。祭りの始まりを告げるように、軽い調子の弾ける音。
すると五人の魔法少女は迫っていた鞭を、そして黒を遙か上空から、最初からそこにいた言わんばかりに見下ろしていた。
「
「それでも流石はまりな。この一時、我の魔力は有限から解き放たれた。そして|やはり完全には停めきれないかっ! 流石は同胞達の仇よな!」
ギアルナが現出させた無数の歯車は組み立てられ、エターナルの後ろへとくっつく。
直後、爆発的に増したエターナルの魔力と共に黒の動きは止まる。
否、黒を取り巻く刻が着物の老少女の意志の下、流れることを禁止された──はずだった。
げに恐ろしきはその黒の圧倒的な魔力の密! 際限なく膨れあがろうとする脈動!
例え時間を停めてしまう最古の魔法少女が、擬似的且つ刹那的な永久機関を与えられようと。
完全な停止など叶わず。かつての完成形へと組み上がろうとする過程を阻むのみだった。
「かしこみー☆ かしこみー☆ みんな強くなーれ☆
そんな藻掻く黒にを見下ろしながら、狐耳の巫女少女はひたすら笑顔で、九つの尾を揺らし舞いながら唱えていく。
そして更に拍手がもう一つ。それと同時にイナリを除く四人の魔法少女に金色の光が宿り、それぞれの魔力が更に膨れあがった。
「さあ開幕だっ!! しっかり合わせろよくそガキッ!! 大層な
「てめえこそだよ犬っころッ!!」
歯を剥き出しにするほど笑う探偵風の少女。その大声に乗りながら共に降りていく桜髪の魔法少女。
落ちていく二人は一瞬見合い、笑い合った後にそれぞれ拳に魔力を集めていく。
「「
同時に振り下ろされた拳と拳。音と衝撃の魔力は重なり合い、この大空間全土を振るわせる。
吹き抜ける爆風の奔流に黒はひしゃげ、圧され、塊としての形を失う。
着地した二人は一段落したように砂煙に隠れた黒の方へ向きつつ手応えを確かめてはいるが、どちらもが同じように一撃決めたとは思えないほど渋い顔であった。
「……ちっ、ぴんぴんしてらぁ。結構
「あんなんで勝てても拍子抜けだろ。悪くはないと思うけどよ」
「まったく中途半端なくそ脳筋共! どきなさい? 力押しってのはこうやるのよ!」
徐々に晴れていく砂煙の前で話す二人の背から、高らかに叫ばれる勝ち誇ったような自慢声。
どしんどしんと地面を揺らし、背後から現れた大きな黒にも劣らない、至る所に歯車を付けたウサギの巨人。
厳密に言えば巨人にあらず。数多膨大、数万を超える歯車ウサギが集まって出来た集合体。
そしてその額に乗り、ウサギを椅子にし優雅に座るのはゴスロリ服のうさ耳少女。
その名はギアルナ。五人の中で最も数と圧に長けた、その気になれば一人で軍すら組める魔法少女。
「
ギアルナは高笑いながら指を鳴らすと、ウサギの大巨人は拳を形作り黒を殴りつける。
ラッシュ! ラッシュ! ひたすらラッシュ!
そこはリングだと勘違いしそうなほど、塊を戻そうと少しずつ抵抗をみせる黒をサンドバッグのように殴り続ける。
「ほーっほっほっほっ! ストレス発散には最高ねっ! これで啼いてくれれば言うことなしっ!!」
「あいつ結婚とか絶対無理だろ。……さて、馬鹿狐ぇ!! 合わせろッ!!」
「えー☆ じゃあ三秒で☆ しっかりね
壁際まで一気に退いたレイドッグは、空で舞い続けるイナリへと吠えながら構える。
クラウチングスタートのように姿勢を低く。眼光を光らせただ真っ直ぐ──獲物たる黒の一点を睨みながら下唇を舐める。
「過程省略☆ 最短転移☆」
「えぐれろ、
駆け出したと同時に一つ手が鳴れば、何百何千メートルも離れた距離は無意味と化す。
加速よりもなお速く。紅蓮の犬の突進は一条の槍となり、殴られ続ける黒を綺麗に抉り飛ばした。
「邪魔よ野良犬っ! あんたごと殴るわよ!?」
「うるせえ! てめえこそ、そんな馬鹿遊びしてねえで一旦退け!」
二人の魔法少女は怒鳴り合いながら、伸びてきた黒を躱して追撃を入れ続けていく。
「エターナルっ!!」
「うむ。五秒分じゃ、存分にな」
「さんきゅ」
目の前に現れた巨大な鐘をひたすら殴り、殴り、殴り続ける
けれど停止の魔法を掛けられた鐘は不思議なことに、僅かな音を鳴らすことも揺れることもなく。
されどひたすらに打ち続ける
「音とは蓄積。重なり、束になり、より凶暴な揺れと化す。
最後に大きく振り上げ叩かれた鐘は向きを変え、ウサギと犬に殴られ続ける黒へと定められる。
それは砲口のよう。鐘の中に溜まった音と魔力は、内部で暴れ続け今にも弾けようとしていた。
「いい喧しさね! 乗せなさいっ!」
「応よっ! イナリッ!」
「りょ☆ 大集合ウサちゃんズ☆ 今だけ集まりじゃなくて一塊で☆」
そして頭に拳をぶつければ、重ねられた音波は一気にはち切れ、轟音と共に黒へと突き抜けて。
イナリの一声でウサギの集合体は、集まりから一体の巨人へ。
大空間を奔る音波はウサギの腕にぶつかると、そのまま振動を速度に変えて強く振り抜かれ、黒へとぶつかり吹き飛ばした。
「ふふん! どうよラビットウェーブパンチ! ご苦労ね
「ワンダウンってとこか。イナリ、調子どうだ?」
「気分爽快エクスタシーだよ
吹き飛ばされた黒はもにょもにょと蠢きながら、ゆっくりだが確かに再生を続けていく。
「まあ応えてねえよな。さてエターナル、どう見る?」
「前回とは比較にならぬほど濃く、密であり、強大じゃのう。この十年でよくもまあここまで溢れ濁ったものよ」
「ウィルスだの震災だの、どうにも近年忙しなかったからな。おかげでバイトも失った」
初動にて与えるべき攻撃は与えた。だが結果はこの様、サンドバッグに出来ているのはやつの準備がまだ整っていないからだけのこと。
へこんだりひしゃげたりするのは、あくまで黒が黒であるから。あれはそもそも形なきものなのだから、欠損や損傷に一喜していいものではないのだ。
つまり、まだ本番すら始まっていないということ。
それでも以前よりもない手応えは、明らかにこちらの手数が足りない証拠。如何に五人でましになろうと、十五人のときより多忙なのは当然であった。
「……せめてあと五人くらいいてくれればな」
「ないものねだりは雑念になるだけじゃ。……そら、化けるぞ。儂の停止すら押し通り、お主らの奮戦も無為に化す。ようやくあの日の再来、と言ったところじゃな」
蠢く黒。停止の魔女の干渉すら無為に変化を始めたそれは、変遷し、あるべき形へと完成していく。
そうして形なき黒は形を取り始める。それはこの星において最も狩ることに適した、八年前と同じ四足の躰へと。
澱み喰らい。その本質は咀嚼と清算。この星にこびり付いて離れない、許容を超えた澱みとそれを生み出す生命体に罪を償わせること。──つまり、人類という種と繁栄の完食である。
「儂の停止も長いことは保たん。してお主ら、初撃は通用せんかったがどうする?」
「どうもこうもあるかよ。ひたすらでかいのを喰らわせて削る。ババアの停止が破られるまでにな」
「はいはーい☆ とっておきをやってみたいから
「……私は?」
「応援して☆ 出来れば脱いで愛を囁いて☆」
「行くぞ犬野郎。今度は合わせて百連発だ」
そんな完成しつつある怪物を尻目に、作戦会議はほんの僅か。
魔法少女達は頷き合い、一人の戯言を無視しながら、再び戦いの場へと趣いた。
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