夏はまだ終わらない
かつての戦友との激闘に幕は下り、ようやく再びの平穏へと戻ることが出来た
しかしながら、全てが完全にも元に戻ったかと言えばそうではなかった。
「……で、誰なんですかこの美少女」
「んー☆ 強いて言うならフィアンセ、かな☆ 負けヒロインのめーいーちゃん☆」
気怠さと失笑を合わせたような、目の前の女が心底嫌で嫌で仕方ないと顔で訴えてくる
そんな少女を前に勝ち誇ったようにどや顔を曝け出しながら、隣から手に持つ箸を
丁度
長身巨乳の
そんな彼女の名前は
「おーねーえーさーん!?」
「いや私悪くない。こいつ帰らないんだもん。……もぐっ」
差し出された脂の乗った鮪の寿司を、怒り心頭な弟子へと言い訳してから頬張る
舌で蕩けながらも下品に感じない、まるで縁の無かった上質なトロを味わいつつ。
この貧乏の象徴とも言える狭っ苦しい六畳間で、懐を気にせず昼間から特上寿司を食べる背徳的な贅沢にちょっぴり慣れてしまっていた自分が怖い
「えー☆ せっかく甘ーい蜜月を楽しんでいたのに☆ 今日はお寿司☆ 昨日はうなぎ☆ 一昨日は焼き肉☆ そして夜のメインは常にボクとひめちゃん☆ 姪ちゃんの知らない、ひめちゃんの極上のメススメルとやわやわ感触……♡」
「み、みつ……? ……あっ、えっ!? つまりそれは、えっちな……」
「そう☆ 一枚の布団で体を寄せ合い、貪るように愛を確かめ合う大人のコミュニケーション☆ 姪ちゃんみたいなお・こ・さ・ま☆ には十年早い個別ハッピーエンドぐべらっ☆」
「阿呆、んなことやっとらんわ。JCの教育に悪い下ネタしゃべってんじゃねえよ変態」
口元を手で押さえ、頬を赤くしながらしどろもどろになり出す
「えーひどーい☆ あんなに一緒に寝たのに~☆ よよよー☆」
「ね、寝た!? お姉さんこの人と一緒に寝たんですか!? 私を差し置いて!?」
「……」
「おいっ!!」
露骨に黙り、誤魔化すように盆の上にあるいくらの軍艦を手で取って口に入れる
「まあまあ☆ こういうの、おこちゃまにはまだ早いからね☆ 詳細は披露宴で語ってあげるよ☆」
「何馬鹿なこと言ってんだ。てめえが私の布団に入ってきやがっただけだろ」
「てへっ☆ でも同衾だよ☆ 褥を共にしたんだよ☆ これはまさに☆ 愛情熱烈なラブナイトってやつだよね☆」
「うっさい。死ね」
言いたい放題なめいにピキリと目をひくつかせ、多少の魔力で軽い衝撃を放つ
回避も間もなく直撃し、吹き飛びはしたもののすぐにピタリと固定されたように固まったのも一瞬、次の瞬間には再度元の場所へと戻っているめい。
そんな瞬き一回ほどの合間に起きた一連に、
「お、お姉さん!? そ、その人って……」
「ああ、まあ昔の知り合い。一応客だから、まあその……我慢してくれ、うん」
「我慢ってひーどーいー☆ でもそんなあなたの愛に心も体も股もビックビクの大洪水☆ あぁん☆」
突き刺すような辛辣な罵倒に、自分の腕を抱きながらくねくねと身を悶えさせるめい。
最高の容姿を台無しにするピンク思考の変態。
そんな悲しき女を何一つ言葉をかけることなく、立ち上がって呆然としている
「……なるほど。つまりめいさんは中学生のお姉さんからの付き合いだと?」
「んー☆ まあね☆ 初めて会ったのはボクが十三の頃だったかなー☆ いやー思い出すなー☆ 出会いのバトル☆ 絆を深め合ったあの日々☆ そして別れのしっとりとしたラブシーン☆」
「……ちょっと羨ましいです。小さなお姉さん、ちょっとだけ気になっちゃいます」
「おー☆ じゃあ写真見る? いいよいいよ☆ 布教の機会は大歓迎☆」
そして寿司桶の中身が大分空いた頃。
中央に挟まれた
話題が自分のことばかりなのもあり、羞恥といたたまれない
しかし色々理由を付けて逃げようとしても、めいの
「……お前らさぁ、なんで普通に話せてるの? あの序盤の煽り合いで? あと
「まあ、美味しいお寿司をご馳走になってますし。色々無視すれば、言うほど悪い人ではないかなって」
「ひめちゃんトークが出来る人に悪はいないさ☆ にしても姪ちゃんは中々見所あるよ☆ 無論、ボクほどじゃないけど☆」
湯気の立った湯飲みを手に収めつつ、妙に意気投合した二人にため息を漏らす
あまりの億劫さに体が刺激を欲しがり懐に手を伸ばそうとするが、左右から予知でもしていたかのように伸びてきた手に止められてしまう。
「駄目です」
「ダメだよ☆」
「……はあっ」
お手上げだと、代わりにずずずと温かい緑茶で口を誤魔化す
だが求めていた刺激とは違う、渋さに物足りなさに更に吸いたい欲求が加速してしまい、暑苦しい二人から離れるように立ち上がる。
「およ? どこ行くのひめちゃん?」
「コンビニ。めいもいい加減帰れよ。仕事あんだろ?」
「あ、私も行きます」
「それは問題なーし☆ じゃあお留守番してるねー☆ グッラック☆」
まるで自分の家のように寛ぎながら、家から出ていく二人に手を振るめい。
バタンと扉を閉めた後、
「……いいんです? あの人を一人にしちゃって」
「まあ平気だろ。猫だと思えばいい。毛玉出さないだけまだ有情……ってことにしよう、うん」
どうせまた、服だの下着だの漁って顔でも突っ込んでるのだろうと。
目を瞑らずとも容易に浮かんでくる美少女のご乱心に、
「……何か、久しぶりですね。二人でいるの」
「ああ? ……まあ、お前が臍曲げてたんだからそうだわな」
「私は悪くありません。ファンを裏切ったお姉さんのせいです。ふん」
空は昼と夕方の中間ながら、真昼と変わらず真夏の熱気漂う道を歩きながら話す二人。
一週間ほどの反抗期を蒸し返されそっぽ向いてしまう
そんな少女に
「……なんか、ちょっとだけ明るくなりました?」
「空の色か?」
「茶化さないでください。お姉さんの話です」
ふと尋ねてきた
その顔に指を引っ込めた
「……まあ、そうかもな。もう少しで憂いが一つ、取れそうなんだ」
「??」
「昔の話さ。お前みたいな頃が、私にもあったってことだ」
答えになりきれていない曖昧な返しに、不思議そうに首を傾げる
「私は一服していくから適当に買いたい物決めてこい」
「……結局吸うんですか」
「だから出てきたんだわ。ほれ、いけいけ」
やがてコンビニに着いてから、
飛来物をキャッチした弟子に大層不満な顔をされてしまうも、雑に手を振って先に行けと促し入店を見届けて店前の灰皿へと近づいていく。
「こういう灰皿も最近は減ったよなぁ。ここのもいつまであるんだか」
喫煙者には世知辛い、クリーンこの上ない世の中だと。
投入口から袋のはみ出したゴミ箱を眺めながら、
口と鼻から迸り、瞬く間に五臓六腑へと染み渡る白煙。
ここ数日、あの帰ってくれない同居人のせいで碌に味わえていなかった至福の時間の到来に、思わず目を瞑って噛み締めてしまう。
『やっぱり吸ってる☆ もージャンキーめ☆ いけない
「……うっせえな。知ってるだろ? 私には無害なんだっつーの」
パチンコ店でさえ喫煙と禁煙に分けられたこの時代を見たら、きっとあの人はぐちぐち文句を言っていただろうなと。
ぷかぷかと煙を吹かしながら、時代の流れによる若干のセンチメンタルへ浸っていた
だが唐突に、人影もなく、けれども確かに耳元で囁かれる美声。
まるで天使のお告げのように鼓膜を擽るそれに、
『……いいの? もうすぐお別れだって話してあげなくて☆』
「性悪め。覗くなら一緒に来いよ」
『暑いのはいーや☆ それにボク、愛する人の帰りは待っていたい派なんだよね☆』
いつものように思考で繋げばいいのに、わざわざ囁きスタイルで話してくるめい。
そんな変態による技術の無駄遣いに、
『どんなに延びようとあと一月だけなのに☆ 説明してこそ師匠の責任ってやつじゃないかな☆』
「いいんだよ、あいつは何も知らなくて。それが平和ってもんだ」
『ひっどいなー☆ そんなのは誠意って呼ばないよ? ボクだったら一生墓前に張り付いちゃうだろうさ☆』
「はん。心中しようって馬鹿な女が何言ってんだか。それにお前は、私に何されようがタコみたいに張り付いてるんだろ?」
『……そっかも☆ いや違うね☆ きっと同じ墓に突入しちゃうよ☆』
けらけらと声を揺らがせながらも、珍しく、本当に珍しくめいに責められた
そんな言葉に
「おーねーえーさーん! まだですかー! 私決めましたけどー!」
「……おーう。今行くから待ってろって」
そんな感傷を吹き飛ばすように、自動ドアの間で急かしてくる
……ま、最後くらいは騒がしいのが丁度良いか。
まるであの頃のようだ。……なあ、馬鹿ばっかだけど楽しかったなよな。
『ところでひめちゃん☆ どうせコンビニならあれ買ってきてよ☆ ボクマジカルなバナナ生やせるから遠慮無く──』
「死ね。だからお前は変態なんだ。少しは中坊の
『あぁん良い返し☆ じゃあ最初はひめちゃんタチで☆ ばっちしアヘアへして堕ちてあげるか──』
とりあえず、この期に及んでムードがん無視なあいつの猫になるのだけはごめんだと。
変態からの魔伝を雑に切りながら、何も知らない少女の笑顔がどうにも胸を締め付けられつつ。
それを覆い隠すようににやりと笑みを作ながら、待っている弟子の下へと向かっていった。
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ここまで読んだくださった方、ありがとうございます。
これにて二章は終了です。最後までお付き合いいただけたこと、とても感謝しています。
そして大変申し訳ございません。次回以降本作の更新頻度を落とし、週一~二ペースに落とさせていただきます。
一応山場である次の章までは必ず書き切りたいと考えていますので、それでもと言ってくださる方は最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。
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