鐘の音vs犬

 鳴り止まない衝突音。世界に酷く揺らし、悲鳴のように軋ませる轟きの連続。

 高く聳えるビルを突き抜け、数多の家を粉砕し、声なき街の全土をを巻き込み。

 周囲の一切を考慮せず、二人の魔法少女はひたすらに貪欲に拳を、自分の力を頬が裂けそうほど獰猛な笑みをぶつけ合う。

 そして遠くに残る三人の魔法少女。集められながら蚊帳の外である彼女達は、協力して結界を展開し、ちっぽけではた迷惑な争いを世界と隔離しながら成り行きを見守っていた。


「相変わらずでたらめ、これだから脳筋の阿呆共は。……ねえとこさん、これ持つと思う?」

「どうじゃろうなぁ。何せ相対するは儂らの中でも生粋の戦闘特化。どこまで行こうが結界なんて結界じゃし、ぱりんと砕かれるやもしれぬのう」

「ほらほら頑張って二人ともー☆ あ、そこ☆ うおーいいの入ったー☆ そこだひめちゃーん☆」


 鏡界ホールは現世と鏡合わせの世界であり、偽物でもあり本物でもあるもう一つの世界。

 故に如何に荒そうと、どれほど破壊の限りを尽くそうとも、一定周期で行われる修正によってその損傷の一切を消失さえ、現世に塵一つほどの影響を与えることはない。

 ただし例外は二つある。一つは穴によってよどみを排出し、その過程で現世を呑み込んでしまう事例。

 そしてもう一つは至ってシンプルだが極めて至難な方法──絶大な力の衝突という、ありきたりではあるが本来起きるはずのない方法が。


 もちろん、それが起きることは基本的にあり得ない。

 少なくとも現代の魔法少女では到達不可能であり、新世代最強とされたシロホープでさえ単騎でその現象へ辿り着くことはないだろう。


 だが、この日衝突するのは魔法少女レイドッグとラブリィベル。

 旧世代において片や近接戦闘最強、片や継戦最強という屈指の戦闘特化な二人の魔法少女。

 故に二人の戦闘の余波は空間を歪ませ、世界を突き抜けて現世にまで影響を及ぼすこと必至。現世の同場所に、原因不明への衝撃と崩壊は避けられない。


「っていうかイナリ、お前サボりすぎよ。呼びつけた張本人が怠けるなっつーの」

「仕方ないじゃん☆ これでもボク、みんなを喚ぶので結構疲れたんだもん☆ 設定範囲を全国にしたり、妙に強力な結界をかいくぐったり☆ 更年期なうさちゃんの想像以上にへとへとのとろとろなんだ☆」

「一言余計! じゃあもっと! そういう態度でいなさいよ! ほんっと何年経ってもクソ女で嫌になるわね!」

「どうどうじゃまりなよ。めいもあまり挑発せんでおくれ、まりなは繊細な子なんじゃから」


 だから残りの三人は結界を張り、現世への影響を最小限に抑えんがために尽力しているのだ。

 

 ギアルナは距離を。エターナルは構築基盤と強度を。イナリは協力そこそこに、両手に持った黄色のポンポンで鈴野すずのの応援を。

 いがみ合うと表すには、片方が一方的にキレてもう一方は平然と流しているのだが。

 ともかく口喧嘩を続ける二人の魔法少女を、真ん中で尽力していた老少女が呆れながらも宥めながら、広大に──街一つサイズで展開された強固な結界を維持していた。

 

「……で、どっちが勝つと思う?」

「ひめちゃん☆」

「さあのう。変わらずあの頃のままならば、最後に立っているのはひめちゃんじゃろうな」

「……賭けにすらならないわね。ま、私もノイズのやつね。癪だけど」


 それぞれがそれぞれの間を置きながら、けれど勝者は片方のみと一致させる三人。

 現状押しているのは紅蓮の犬。桜髪の魔法少女は善戦しながらも、顔を殴られ、腕を折られ、建物にぶつけられているのを繰り返すだけ。

 だがそれでも、彼女達は旧友が故に互いの手札を知っている。魔法少女ラブリィベルの……いや、その前身である、雑音塗れの魔法少女を知っている。

 だからこそ、最後に勝つのは桜髪の魔法少女だと彼女達は断定した。どんなに劣勢であろうと、最終的に勝利を収めているのは彼女であろうと。


「……そうじゃ。一つ訊きたかったんじゃ、めいよ」

「んー☆ どしたのおばあちゃん☆ ボクの誕生日?」

「二月二十九日じゃろ? そうではなくての。結局お主、なんて名前のVtuberとして活動してるんじゃ?」


 しばらく眺めていると、ふと着物姿の老少女が思い出したように隣へと尋ねた疑問。

 その質問を受け取った狐耳の金色少女は、秘密だからと否定するわけでもなくふわりと二人の前にまで移動し、ごほんごほんとわざとらしく数回ほど咳き込んだ。


「あれー言ってなかったっけ? ……ごほんごほん☆ はいおはこんこん♡ 貴方の未婚の嫁入り系Vtuber♡ 油揚あぶらあげコンだよー♡ ……こんな感じー☆」

「あああやつか。……しかし見事に声を変えとるのぉ。相変わらずの器用さじゃ」

「でしょー☆ あー♡ あー☆ あー♥ あ゛ー。……ひめ、アイラブユーフォーエバー♠ ボクは君の愛の使徒♠」


 偶像を。少女を。雌を。オンナを。そして最後に、女性とは思えない芯のあるイケボを。

 七色の声を巧みに操り、まるでそこに複数人いるかのように言葉を発するイナリ。

 その正体の宣言にエターナルは納得したように頷くが、反面もう一方、兎耳を生やしたゴスロリ長身魔法少女──ギアルナが空に膝を付けて崩れ落ちる。


「……うーんどしたのうさちゃん? そんな世の終わりみたいな顔しちゃってさ☆」

「……そでしょ? お前があの、登録者百万人越えの油揚あぶらあげコン……? じゃあ私より年収何倍も上? こんなやつが、真面目に働いている私より圧倒的に金持ち……?」

「そうかもねー☆ ちなみにちらちら資産運用もしてるから下手に意識高い人より安定もしてるよー☆ やーい社畜のお局さんー☆ そんなんだから出会いなんてないんだよー☆」


 非情な現実が受け止めきれないと、それはもう落ち込むギアルナ。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように側へと寄っていき、耳側でひたすらに煽りまくるイナリ。

 やがて爆発したように魔力を放出しイナリを吹き飛ばしたギアルナは、空に百を超える歯車を持った兎を顕現させる。


「……殺してやる。真面目に生きている社会人代表として、画面に可愛い絵出しながらゲームして億万長者になってるアマに鉄槌を下してやる!」

「お、やるか? ボクとの相性、うさちゃんなら覚えてるよね? 今度こそ、ボクとひめちゃんの愛の礎にしてやるよ☆」

「……やれやれ。お主ら、再会の言葉交わしは程々にせよ。……そら、そろそろ動くようじゃぞ」


 全方位から狙いを定められ、背に魔力の籠もった金色の尻尾を九本解放するイナリ。

 手心も遠慮もなく、互いに戦意を発し今にもぶつかり合おうとする二人。

 その様子にエターナルはやれやれと首を振りながら、少し声色で制止して本命の状況の変化を見つめる。

 閃光弾でも弾けるような極光。そして次の瞬間、爆発的に濃密に膨れあがる二人の魔法少女の魔力。


「しかしまさか、かさねめまで辿り着いていたとは……」

「あ、ボクも出来るようになったよ☆ まあボクにはほとんど無用だけど、ひめちゃんとおそろ☆」

「……私は出来ないわよ。あれば便利かもだけど、別に必要ないもの」

「……三日どころか八年じゃしのう。しかし優秀じゃのう、若人達は」

 

 現想混合トゥルーミックス。魔法少女の最奥にして、理想の自分を否定する自傷行為。

 互いの全力が、諸刃の最高潮がぶつかり合うその一瞬に、永遠の老少女は温かい視線を送りつつ。

 ほんの僅かに口元を緩めながら、ひび割れ出す結界の補強に回していた魔力を更に強めていった。






 吹き飛ばされ、瓦礫と化した都心の大きな一軒家の上へと這い上がる桜髪の魔法少女。

 痛々しく千切れた右腕。額や口元から零れる血。折れているのか力なく浮いた片足。

 そんなボロ切れよりもぼろぼろな全身のまま、鈴野すずのは空を見上げて舌を打つ。

 そしてまだある方の手で服に付着した石や灰を払い、赤黒い液体を地面へと吐き捨ててから、鈴野すずのは再び空へと飛び戻った。


「これで六度目の元通り。……相変わらずのゾンビだな、気色悪くて仕方ねえ」

「うっせえな、お前こそ相変わらずの脳筋め。わんこ流……だったか?」

犬牙流けんがりゅうだよ。合戦塗れの戦国時代から続く歴史ある対全古武術……まあ俺のはあくまでその発展、俺専用の怪物殺し術だがな」


 千切った腕を放り捨てながら、瞬く間に全快していく鈴野すずのを気味悪そうに眺める紅髪探偵風の魔法少女──レイドッグ。

 やがて腕を生やし終わした鈴野すずのは拳を数回軽く握り、異常なしと判断してから再び紅髪の魔法少女と睨み合う。


「鐘音波も無駄。近接戦闘は俺に分がある。お前が誇るは魔力の多さと常識外れの治癒能力だけ。……駄目だな、やっぱり欠陥品だよお前。どこまで真似ようがあいつには、ベルベットにはなれないぜ」

「……うるせえ。相変わらず、無駄に吠えるな。あの人の側に座っていただけの、忠犬風情が」

「負け犬がよく言うよ。とっとと使え本来の力を。お前ベルでなく黒い方ノイズなら、俺とだってまともに戦えるだろうよ」


 あの頃のようにと、レイドッグは吐き捨てるような雑さで鈴野すずのを挑発の言葉を投げる。

 その言葉に懐に手を入れ懐中時計を握りしめ、けれどすぐに手を放して向き直す。


「……ならねえよ。私はもうラブリィベルだ。ブラックノイズは、あの日あの人の手で死んだんだ」

「強情な。伝説なんて大層に語られようが、お前はやっぱりどうしようもないほど欠陥品ノイズ。後釜なんざにはまるで足りてねえ。そんな様じゃあ俺を黙らせることすら出来やしねえよ」


 勝ち目はない。そう断言されようと、鈴野すずのには否定を返すだけの材料がない。

 事実レイドッグの方の損傷は少なく、反面鈴野すずのの赤だらけの傷だらけ。

 もしもこれが公開試合、或いは中継でもされていたのなら。きっと誰もが──否、この戦いを間近で見守っている三人の魔法少女以外の大多数は鈴野すずのを不利と見なし、痛々しいと哀れにすら思うだろう。


 ──だがそこに、他ならぬ二人は入らない。

 探偵服の紅蓮の犬は、魔法少女レイドッグは微塵も敵意も警戒も緩めず、一瞬たりとも敵から視線を離さず犬のように低く構えるだけ。


「大人しく帰れよ。そんで黙って生きてろよ。牙の抜けたお前らなんざお呼びじゃねえんだ。俺が、俺だけがあいつの」

「……何しようって思ってんだよ。お前が、お前一人で」

「封印を強固にする。俺という存在と、この一年で地道に集めた魔力があれば可能なはずだ」


 自信満々に、まるで鈴野すずのの言葉をねじ伏せるように宣言するレイドッグ。

 だがそれを聞いた鈴野すずのは、一瞬息を呑みながらもすぐに無理だとゆっくりと首を横に振る。


「……馬鹿じゃねえの? あれが、あんなのがお前一人の手に余るかよ。それが出来るんだったら、あの日私達は誰一人失うことなく為せていたはずだ」

「そのための一年、俺とひびきが企てた第二プランだ。あいつがお前に全部を明かしていると思うか? 進歩を願い、次の時代へ先延ばしにすることくらいは出来る。してみせるさ!」


 拳を握り、遮られることなく聳える月へと掲げ、声高々に宣誓してみるレイドッグ。

 まるでこの場にいない誰かへの宣言。届くことのない星に夢を誓うかのような力強い叫び。

 けれどもその在り方は、レイドッグという一人の女が痛々しいほど割れたガラスのようだと、鈴野すずのはそんな風に思ってしまった。


 ──ああそうか。やっぱりお前も、未だにあの日に囚われたままなんだな。


「……足りねえよ。本当にお前一人で事を為せるってなら、あんな阿呆マンボウを見過ごすなんてなかったはずだ」

「ああ?」

「結局、お前も私達と同じなんだ。分かってるだろ? あの日を生き残ってしまった側で、あいつらと逝けなかった側で、あの人の……ひびきに救われた側。負けちゃいけなかったあの日の負け組なんだよ」


 鈴野すずのは首元の小さな鐘を握りしめながら、掠れるほど切ない声を絞り出す。

 

 あの日散ることも出来なかった敗残兵。己の命を糧にも変えられず、仲間を犠牲に安寧を手に入れてしまった生きる屍。それが私達、旧世代の生き残りだ。

 

 根本畜生なイナリのやつは、きっとどうでもいいと思っているだろう。

 遠い時代から生き続けているとこ婆さんは、きっと年の功で割り切ることが出来ているのだろう。

 ギアルナは、まりなは分からない。きっと人並みに憂い、けれど器用に生きているはずだ。


 けれど私と目の前の魔法少女──かさねにそれは出来ない。

 例え弟子なんて作ろうが、平穏なんて手にしようが、日常に友人が出来ようが。

 いつまでもいつまでもあの日を引き摺り、後悔し、それでもなおあの人の守った世界を生き続ける。それが私達の敗北、そしてあの人の願いだ。

 

「だから止めてやる。ノイズとしてじゃなく今の私ベルとして。……一人だけでなんて、馬鹿らしいほど水くさい暴走で逝かせるか。早抜けの楽なんてさせるかよ」

「……なら曲げさせてみろ。お前が本当に、最強の魔法少女ベルベットの意志を継いだのなら、俺程度の意志くらい折ってみせろよ!」

「ああ、やってやるさ。──現想混合トゥルーミックス


 鐘を握り、そして唱える。理想を現実を混ぜ、自らを曝け出す魔法少女の最奥を。

 桜色の光に包まれ、やがてそこから出てくるのは変わらぬ魔法少女服を着た鈴野すずの本来の姿。

 周囲の魔力は波打ちうねる。噴き出すような桜色の波動は、一際強い輝きを放った。


「──はっ、あのクソガキが随分と立派に育ったことだ。だがまあ、確かにそれなら届くどころか追い越すな。……八年前のままならな」

「……」

「だが今はもう違う。お前やババア、ベルベットの専売特許じゃねえ! 俺はもう! あの日の俺じゃねえんだ! 現想混合トゥルーミックスッ!!」


 荒々しくそれを唱え、刹那今度はレイドッグが、眩いほどの紅色の光に包まれていく。

 背丈は鈴野すずのより少しだけ高く、犬耳は消え、探偵服を着た赤みがかった茶髪で三白眼の女性。

 魔法少女レイドッグ──その真実、犬狩いかりかさねは紅蓮の犬を脱ぎ捨て、先ほどとは比較にならない魔力を発しながら、鈴野すずのを見ながらにやりと口角を上げていた。


「……いくぜ欠陥品ノイズ。これで同じ土俵だ」

「ああ。そろそろ終わりにしよう、犬っころ」


 それが最後の言葉。直後に二人の姿は消え、再び轟音が空へと響き始める。

 それは魔法少女でありながら、魔法という現想から最も離れた野蛮な衝突の連続。

 そして犬狩いかりかさねの犬牙流けんがりゅうに、我流でしかない鈴野すずのが太刀打ち出来る道理はない。──今までであれば。


「ぐっ!!」


 犬牙流けんがりゅう、噛み下ろし。

 鈴野すずのを拳を両の手で掴み、握力で骨を砕きながら投げ飛ばす潰しのあしらい技。

 だが捕まった鈴野すずのは砕かれることであえて内に音を増幅させ、接触していたレイドッグの腕から全身へと駆け巡らせる。

 

「なっ……!」

「顎に限らず、内側を揺らせば人はふらつかざるを得ない。……やっとまともな一発か」


 頭を押さえてふらつきながら、鈴野すずのを鬼の形相で睨み付けるレイドッグ。

 反発するように空中で制止し、一瞬で拳を元通りにした鈴野すずのは、そんなレイドッグの姿に小さく息を漏らす。


現想混合トゥルーミックスは自身の全ての極限まで高める変身。お前の強さの真髄が身体能力と技術での制圧である以上、身体能力が増すだけで大差はない。……向いてねえんだよ、私なんぞより遙かに甘いお前には」

「っそが……!!」


 現想混合トゥルーミックスとは、言ってしまえば強化でしかないもの。

 故に発展性のない力であれば、在り方自体が極端に変わることはない。

 もちろんレイドッグの身体能力を引き上げれば、それはいかなる魔法少女すら置き去りにする。それは確かな事実ではある。

 だが鈴野すずのの治癒と音はそうではない。それ自体が優れたものでありながら、現想混合トゥルーミックスによってそれらは別次元へと引き上げられる。


 即ち、一秒での回復は小数点以下の再生へと。

 音の衝撃は更に鋭く揺らし、比較にならない力と速度で突き抜けるように。


 要は噛み合い。魔法少女ラブリィベルと、魔法少女レイドッグの発展性の広さ。両者の実力に差がない以上、それだけの問題でしかないのだ。

 

 ──まあもっとも、ここまで拮抗しているのはそういう問題ではないのだが。


「だからお前はあの人に勝てなかった。……間近で見ていたお前が一番、分かっていたことだろう?」

「っるせえ! お前が、お前がそれを口にするんじゃねえ!」

「そうだな。私が言えることじゃない。お前の言うとおり、私はどこまでいってもあの人の偽物。それは認めるよ」


 結局のところ、これは強さ以上に心の問題でしかなかった。

 例え殺意を向けようが殺す気のなかった、一度も心臓や脳を潰そうとはしなかったレイドッグ。

 殺し合いですらなかったこの戦いで、折ろうが千切ろうが抉ろうが戦う鈴野すずのに勝てる道理など、初めからなかっただけなのだ。


「最後の一撃だけでいい、私を殺す気でやれ。それで倒れたら、生きていても私のけだ」

「……心底舐めてやがる。まったく誰に似たんだ、甘ちゃんが」

「さあな。案外あんたじゃねえか、かさねさん?」


 鈴野すずのは軽く微笑み、静かに受けの構えを取り一撃へと備える。

 その様子に同じような笑みを浮かべながら、レイドッグは姿勢をぐっと低くし、まるで一匹の犬が獲物へと飛びかかろうとしているような態勢を取る。


「ならば言葉通りに受けてみろ! これこそが犬牙流対人奥義ッ!! ──閃咬せんこうッ!!」

 

 そして紅蓮の犬は、溢れさす紅の光すら置き去りに空を奔る。

 一歩で音を越え、二歩で標的へと辿り着き、そして三歩目で四肢と喉笛を噛み千切り抜け。

 単純にして至高。唯一にして絶対。回避不可能、正しく必殺の一閃。

 それこそが閃咬せんこう。軌跡や残像すら残さぬ、魔法少女レイドッグが最速の牙である。


「……あーあ。嫌になるよ、本当に」


 そうして止まったレイドッグは、訪れた結果に毒混じりの優しい声で呟く。

 レイドッグの背。四肢を失い、首を抉られ、それでもなお空から落ちずに漂う黒髪の女性。

 苦悶に顔を歪め、悲痛な声で呻きながらも再生していく鈴野すずのの姿があった。


「やっぱ化け物だわ、お前」

「はあ、はあっ、うっせえ。まじで死ぬかと思った。ってか、そう思うならちゃんと滅せよな」


 出来るかよ、と魔法少女姿に戻りながら空へと寝転んだレイドッグ。

 四肢と首の再生を終えた鈴野すずのもまた、荒んだ呼吸を戻しながら桜髪の魔法少女へと姿を戻す。


「私の勝ちだ。全部話して、大人しく参加させろよな」

「……はいはい。まったく、可愛くねえガキだよ。……ま、大きくはなったな」

「うっせえばーか」


 そうして長く短い戦いに決着が付き、夜空に静寂が戻る。

 やがて結界が解かれ、観戦していた三人の魔法少女が飛び寄ってくるまでの間。

 レイドッグは──紅髪の魔法少女は僅かに頬を緩め、鈴野すずのの頬に手を伸ばして優しく撫でながら自らの負けを認めた。

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