深夜のだる絡み

 統括会オイル、ひいては魔法少女シロホープとの一騒動から帰ってきた鈴野すずの

 アンダードッグという胸に燻り続ける組織名。そして晴れなかった苛立ちを発散すべく、予定していなかった配信を始めだした。


「ってなわけで、コラボすることになったわけだが。……てめえら、何か不満は?」


『ある』

『ある』

『それはもう』

『大いにある』

『ぶっちゃけそこまでは』


「……ま、そうだわなぁ」


 普段はそこまででもないくせに、九割近く一致している意見にため息を吐く鈴野すずの

 ちなみに今日は面倒だったので姫野鈴ひめのすず──所謂中身モードとして配信しており、配信者も視聴者も言葉に遠慮が少なかったりしていた。


「しっかし仕方ねえんだ。これにやむを得ない事情ってやつがあるんだ。雑音ノイズのお前らには、その辺わかってもらいたいんだよね」


『ほう』

『どうせ欲に流されたんだろ?』

『まさか、これを機に企業へ?』

『ついに魔法少女引退?』


「まあ言わねえけど。お前ら、企業秘密って知ってるか?」


 鈴野すずのが適当に煽ってやれば、それはそれは罵倒の嵐。

 そんな汚れまみれの罵詈雑言を心地好く思いつつ、鈴野すずのは椅子の上で体を揺らしながら以前よりも速くなったコメントの流れを楽しんでいた。


「まあ安心してくれや。一応、そんなに燃えない感じにはなるだろうから。大体さ、所詮は事務所所属がたまたま選んだだけの雑草との一時なんだからよ。お前らの期待することなんて何も出ないぜ?」


 一応の説明ついでに、暗に炎上について触れる気はないと仄めかす鈴野すずの

 今回のはあくまでどこにでもある普通のコラボだと。

 おかしいのは企業所属なんて宝石が、どこにでもいそうな路傍の石を選んだことだけだと、変な期待をさせる気は鈴野すずのにはなかった。


「私もなー。どうせやるなら火にガソリン注いで爆発させたかったんだけどなー。いやー残念だなー。企業勢の、それも大手三社の一角の鼻っ柱をへし折ってやりたかったんだけどなー」


『草』

『草』

『草』

『これがあの魔法少女とかほんと草』

『夢と希望どころか混沌を招こうとしてるやんけ』

『こんな腹黒さでよく一人称をベルに出来るな』


「なんでやキャラ……げふんげふん、変身中は関係ないやんけ。というか、今時の魔法少女は一捻りが基本なんですが?」


 適度にキレ、そして適度に煽りが繰り返されながら配信は進んでいく。

 発散出来ていなかったストレスが発散され、鈴野すずのは上機嫌になりながらの言葉に油が乗りっていく。

 そしてふと鈴野すずのが時計を確認すれば、いつの間にか時間は日を変える直前。

 三十分くらいで締めようとしていた雑談が、気がつけば二時間になってることに驚きながら、鈴野すずのはそろそろ配信を締めようと終わりの挨拶へと切り替えていく。


「あーすっきり。今日も打ち合わせですっげーストレス溜まってたから良い発散になったわ。てなわけで、明日は昼から普通にゲーム配信すっから。はいおつおつー……ふわぁ」


『おつー』

『おつー』

『あくび助かる』

『添い寝する?』

『¥1000 またねベル。君だけが僕の全てだよ』


「はーいありがと鐘の嫁さん。私も大好きだよー。おつおつー」


 最後に贈られた投げ銭に礼を言いながら、配信を切って一息つく鈴野すずの

 テーブル側に置いていたペットボトルを掴み、中身のお茶を口を付けずに飲んで喉を潤していく。


「ぷはぁ! ぁ゛ー生き返るぅ……やーっと落ち着いてきた」


 空になったペットボトルを側に置き、だらしなく椅子にもたれかかる鈴野すずの

 軋む音に固い感触。高価なチェアのように寛げる椅子でないのだが、それでもお構いなしに寄りかかって溶けていく。

 このまま目を瞑り、意識を落として次の日へと進むのも悪くないと。

 今日はもうそれでいいと、実行に移そうとしたその刹那、近場に置いてあったスマホが揺れる。


「……んー」


 馴染みのない着信音。結月や迷惑電話のそれではなく、最近入れたチャットアプリのものだと推測する鈴野すずの

 まあ深夜だし、どうせ十数秒流せば相手も諦めるであろうと。

 深夜の迷惑着信を心底面倒だと、確認の意志すらなく眠りに陥ろうとする鈴野すずの

 だがそんな鈴野すずのを許さないと、着信音は止まることなく鳴り続ける。

 三分ほどで一度止まり、再び掛け直され、また止まり、それが幾度も繰り返されて。

 

「あーもううるっせぇ!! 誰だよてめえ!!」


 ついには耐えられなくなった鈴野すずのは飛び起き、怒りのままにスマホを掴み取る。

 画面を確認することなく出てみれば、画面の先から響いてきたのは覚えのあるようなないような、そんな声であった。


『あ、やっぱり起きてるじゃない。なら早く出なさいよね?』

「……普通の人間は寝てる時間だっつーの。常識とかないの? ところで誰だお前?」

『は? 本気で言ってる? 今日、散々話したでしょうが』


 五割本気、もう五割は当てつけであった鈴野すずのの苦言。

 その反応に語気を強めた通話の奥の方の言葉で、再び回り出した鈴野すずのの頭はようやく彼女の正体へと辿り着く。

 

「ああ、なるほど。……で、何の用だよ宵闇バット。私はもう眠たいんだ」

『何言ってるのよ、まだ十二時じゃない? 学生だってまだ起きてる時間よ?』


 きゃんきゃんと、眠気を飛ばしてしまう声での当然だという口振り。

 その一言一言でせっかく減っていたストレスが再び溜まっていくのを感じながら、鈴野すずのはスマホ片手に灰皿の吸いかけへと手を伸ばす。

 

「で、何の用? 仕事にしてもそれ以外でも、この時間に掛けるのはマナー違反だろうが」

『配信やってたからまだ元気だと踏んだのよ。……もしかして、本当に眠かった?』


 先ほどまでとは異なり、えらく殊勝な声色でこちらへと尋ねてくる宵闇バット。

 そんな態度の変貌に、らしくないと鈴野すずのは戸惑いながらも、ひとまずは付き合ってやろうと煙草に火を付けて咥える。


「……別に。……ふうっ、用があんなら早く言えよ。寝たいんだから」

『あ、えっと……。その、あ! あんた! さっきの配信観たわよ! 好き勝手言ってくれたじゃない!』

「……ああ?」


 何かをはぐらかすように文句を言い出す宵闇バット。

 それが咄嗟に出てきた、本心を誤魔化すための言葉であると鈴野すずのも察してしまう。

 けれどそれを糾弾しようとも追求しようとも思えず、触れずそのままにしながら話を続けていく。

 

「そらまあ言ったが、別段問題ねえ範囲だろ?」

『まあそうだけど! っぷはぁ! とにかくそういうの、なるべく止めて欲しいんだけどっ!!』

「……お前まさか、酔ってるのか?」


 ところどころで聞こえてくる、何かを喉へと流し込むような音。

 その上昼間に比べ、多少ではなく浮ついた口振りの宵闇バットに、鈴野すずのは今の彼女状態を推測する。


『え、何ぃ? 酔ってらんからいらよぉ! 私は宵闇……あれ、バットだっけ? バッドだっけ? あはははっ!』

「……切るぞ。酔っ払いの戯れ言に付き合ってられねえ」

『あ、ね、お願い切らないで! お願いだから!』

 

 舌足らずでろれつの回らない口調に、いよいよ正解だと確信してしまう鈴野すずの

 情報を聞き出すため、好感度を上げなくてはならないと分かってはいながらも。

 酒に溺れた人間の相手は真っ平御免だと、時間の無駄だと通話を切って寝ようとしたのだが。

 その寸前で引き止めてきた宵闇バットの懇願。

 そこにはただ酔っ払った人間が裾を掴んでくるのは異なる、まるで迷子の子供が誰かを頼ってきているような必死さを鈴野すずのは感じ取ってしまう。


 ……結月ゆづきと言いとこ婆さんと言い、最近はこんなやつばっかり構ってくる。

 私はカウンセラーじゃねえってのに。まあとこ婆さんに関しては、ああいう姿の方が稀なんだけども。


「……はーあっ。で、何が不満なんだよ? どうせなら、言葉にしてみろよ」

『え、切らないでくれるの……?』

「切るぞ」

『あー待って! 待ってってば! 話すから!』


 煙を体内へと流し込み、空へと吐き出しながら小さく笑みを零す鈴野すずの

 慌てて止めてくる宵闇バットに、鈴野すずのは昼間よりはやりやすいなとちょっと楽しくなってきていた。

 

『私は今! 大変危うい立場にあるの! 分かる!? ちょっとでも燃えたらもうクビ! なのよ!』

「知るかよ。ってかお前、あんなのやっておいて何でクビになってないの?」

『……まあ、庇ってもらったからかしら。後、諸々の騒ぎだって断定じゃないもの』

「庇う?」


 流れで訊いた質問に、まさか答えてもらえるとは思わず。

 そして思ってみなかったワードの登場に、聞いた側である鈴野すずのが首を傾げてしまう。

 

「庇う? 配信中に彼氏とヤって、その上裏垢で言いたい放題な女を庇ってくれるやつとかいんのかよ?」

『い、いるわよ! コン先輩とか、鳴神なりかみ先輩とか、アークちゃんとか!』

「はっ、どうだか。社交辞令とかそんなんじゃないの?」

『ひ、酷い……。そ、そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない……』


 鈴野すずのが坦々と突っ込んでいると、次第に宵闇バットの声に震えが乗る。

 売り言葉に買い言葉を期待していた鈴野すずのがその様子に困惑していると、やがて抑えが効かなくなったのか、弱々しい口調と共に嗚咽が聞こえだしてしまう。


「あ、ま、まあいるよな! 庇ってくれる人くらい、うん! なんせ宵闇バットは社交的キャラだもんな!」

『…ぐすっ、私凄い? まだ需要ある? 皆捨てない?』

「あ、あああるある! 私もコラボ楽しみだからなー。いやー、楽しみだわー」


 罪悪感と危機感から、それはもう相手の太鼓持ちに励む鈴野すずの

 そんな様を見てしまえば、鈴野すずのの頭にはある疑問が生じてしまう。


「なあお前、あの炎上ってどこまで事実なんだ?」

『……ぐすっ。……言いたくない』

「……ああそう。ならいいや、言うほど興味ないし」


 それでも口を閉ざした宵闇バットに、鈴野すずのは深掘りなどせずに会話を打ち切る。

 

 どこまで行こうと今日話したばかりの関係で、別にそこまで仲が良いというわけでないんだ。

 これ以上変に踏み込んで事故ったら、コラボ中止なんて最悪なことにもなりかねない。

 こいつにはネオエンターのイナリっぽい人のことを訊かなきゃならないんだ。変に拗れたらくたびれ損で困ってしまう。

 だからここは我慢。だから企業憎しと面白半分で変に煽るのは自粛しなくては、うん。


『……ひっく。私、まだV辞めたくないの……。私には、これしか……』

「はいはい。頑張ってるねー。すごいねー」


 そこまでの執着があるのなら、もっとしっかり自己管理しておけば良かったのにと。

 心の底から吐きたかった言葉を呑み込みつつ、夜は一層更けていく。

 結局この後、丑三つ時直前で宵闇バットが沈没するまで鈴野すずのが解放されることはなかった。

 

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