白の希望が言うには
下弦の月が空高くに輝き、ほのかに虫が鳴く以外の音のない夏の夜。
魔法少女へと変身した
「みんなー♥ ベルだよぉー♥ 久しぶりぃー♥ ……よしっ」
慣れた手つきで一通りの準備を完了し、とびきりの媚び声での発声練習をする
先のストレスの反動もあるせいか、どうにも脂の乗った媚び声に満足しつつ。
これならばベルとして恥じることのない、最高の辻コス配信で己が気力を取り戻せると確信しながらスマホの配信開始ボタンに手を掛けようとして──。
「……あっ?」
次の瞬間、唐突に襲ってきた四方からの魔力が
けたたましく響く爆音。そして弾けた魔力で発生する白煙。
その直撃を空の上から見下ろすのは、胸部分に赤い犬の刻まれた赤い外套と犬の仮面で身を隠す四人。
直撃を確認した四人は頷き合い、倒れているであろう魔法少女の側へ着地しようと高度を下げようとした。
「ねえお姉さん達♥ 私の邪魔して許されると思ってんの?」
直後、唐突に発生した甘ったるい声に四人の誰もが振り向こうとした。
だがその誰よりも声の主──桜髪の魔法少女は早く、自らの掌へと強く拳を打ち付ける。
「う、ああ……」
「
その音なき震動は戸惑う敵に回避を許さず、全身を揺らして平衡感覚と意識の安定を奪ったのだ。
「無駄に顔と体なんて隠しちゃって♥ ……てめえら、喧嘩売った覚悟はあんだろうな?」
呻くだけの人の山に、
配信を邪魔された分と集団で襲ってきた分。そして日頃の苛立ちの積み重ね。
その発散を邪魔したのだから、一切を背負ってサンドバッグと情報源になってくれるらしい襲撃者共に拳を握り、まず一人を掴み上げようとしたのだが。
「お待ちください。それらは私どもが回収いたします」
それを阻む声。直後空から降りてきて、
色、背丈、魔力。その全てが異なれど、共通しているものが二つ。
羽織る紺のブレザーに、胸へと記されたうさ耳付きの白い歯車。それが意味するのは、ある魔法少女が秩序のため設立した組織。
「……帰れ
「そうはいきません。それらはようやく舞い込んだ貴重な情報源。抵抗するようでしたら、実力行使も辞さない覚悟です」
「はーんなるほど。さてはお前ら、この私を餌に使いやがったな?」
桜髪の魔法少女の嘲りに、一番前にいた『副会長』と書かれた白の腕章をはめた銀髪の制服魔法少女は肯定も否定もなく、ただ
その態度に苛立ちを、そして無意識だが徐々に上がる
上昇を感じ取った魔法少女の集団は、全面に警戒を発して怯えながらそれぞれの得物を
「ひっ!?」
「……どうしました、魔法少女アイエンジェル?」
「こ、こいつですよ副会長! こ、この前私達をぼこぼこにしてきたの!」
「ほう貴女が。その節は、私の部下がお世話になりましたね。メケメケ団という悪を滅すべく動いた藁れを阻んだ、桜髪の魔法少女」
声を震わせながら答える小さな魔法少女に、銀髪の魔法少女は余裕綽々と笑みを浮かべる。
ああ、なるほど。さてはてめえら、この前の雑魚共か。
顔なんて覚えてねえから忘れていた。
しかしお礼参りと野良の魔法少女の人権無視。
もういい、うんざりだ。仮にも秩序の集団が、こんなカスみたいな連中に未来を託した私が間違っていた。
「ですが今回は私がいます。この私がいるのだから、大人しく指示に──」
「──もういい。どいつもこいつも腐りやがって。いい加減鬱陶しいし、何より上から目線に虫酸が走る。こんなやつらばっかりなら、今日で
「ッ!?!?」
ただでさえ溜まっていたストレス、そして目の前の魔法少女達の横暴な態度。
それらでついに我慢の限界を迎えた
発された魔力は無色ながらこの場を呑み込み、
ただの魔力の放出。たったそれだけのことで、彼女達は感じ取ってしまった。自分達の失敗と、今から始まる惨劇を理解してしまったのだ。
今自分達が敵意を向けたのは、決して武力で訴えてはいけなかった相手なのだと。かつて敵対していたときに見せたあの強さは、その一端ですらなかったのだと。
「くたばれ。諸共に、一切合切」
「そうはいきません。一度、頭をお冷やしください。先輩」
そんな魔法少女達に容赦なく、命を奪う気はないまでも、意識を刈り取り傲慢の元凶であるマスコットを粉砕すべく拳を振り抜こうとした、まさにその瞬間だった。
透き通る声と共に空から落ちてくる白い羽根。真っ白で、夜すら塗り替えるほどの羽根の雨が周囲の魔力を穏やかなものへと変えていく。
その魔力の出現に、
「世代が変わってすっかりお山の大将とは偉くなったな。ええ? 魔法少女シロホープ」
「お久しぶりです先輩。ええ、はあっ、はあっ、元気そうで、何よりですーっ」
少しだけ落ち着きながらも、けれど怒りを収めず上空を──空へと浮く、真っ白な髪の魔法少女を睨み付ける。
魔法少女シロホープ。
そんな彼女が息を乱し、額に汗滴らせながら、非情に居心地の悪そうな顔で
魔法少女シロホープの登場により、ひとまず戦闘という名の蹂躙は避けられた。
ひとまず頭の冷めた
「お待たせしましたー。いやーほんと久しぶりですねぇベル先輩。まさかヤニカスに成り果てているとは思いませんでしたよー。あはははー」
空に煙を吹かし、静かになった駐車場の片隅でひとまず相手を待つ
先ほどまでの失態を後悔していながら一本を吸い終えた頃、シロホープは空笑いを浮かべながら、いそいそと申し訳なさそうに戻ってきた。
「……久しぶりだなホープ。……まったく背が伸びてねえな」
「まあ魔法少女ですからー。普通の姿はそれはもう成長しましたけどねー。それにしてもびっくりー。例えヤニカスでも、先輩は変わりなく桜の匂いなんですねー」
「うざい、嗅ぐな」
特徴的な間延びした口調で答えながら、はすはすと鼻を近づけて嗅いでくるシロホープ。
汚れのない白い長髪。魔法少女の可愛いとは少し違う、動きやすそうな青と黒のドレス。そして何より目立つのは、天使と見間違えそうなほど立派な一対の白翼。
ギアルナと自分で選んだ清純な秩序の象徴から変わりない少女を前に、
「しかし驚きましたー。まさか本当にご復帰なされてるとはー。……はっ、もしかして私に会うためですー?」
「んなわけないだろ。……弟子が出来たんだよ。だから、教えてる間だけは復活って感じ」
「弟子、ですかー。それは何ともまあ意外。正直、妬けちゃいますねー。最初の弟子としてはー」
ぶーぶーと不満をアピールするシロホープ。
そんな彼女に
「いったー」
「なーに言ってんだ。お前はギアルナの弟子だろうが」
「えーでもー。すっごくお世話になりましたしー。それってつまり私も弟子ってことでー……駄目ですか?」
「駄目だ。勝手に名乗んな」
「ちぇー」
再度デコピンを仕掛けようとした
その身と言葉の変わり無さに呆れつつ、
八年前のあの日──大厄災にて世代交代が起きた魔法少女の世界。
失意の中でその中で最初に生まれた魔法少女を、あの人の願い通りに新たな時代の柱へと育てたあの頃を。
そんな懐かしい過去。それを思い出してしまうからこそ
「んで? お前、何であんなカス共の横暴を許してんの?」
「あー、やっぱり聞きますー?」
「当たり前だ。あんな手段で秩序を保つために、私達はお前を育てたわけじゃねえんだぞ?」
責めるような
「いやー、この前の件で怒り過ぎちゃったのが逆にまずかったみたいでー。ちょうど次の会長争いで派閥毎に変な熱入っちゃってたりもしてー。……ほんと、ご迷惑をおかけしました」
九十度の角度で綺麗に頭を下げるシロホープ。
そんな態度に
「ま、今更私が言えた義理はないか。けどしっかり注意しとけよ。私以外じゃ取り返し付かないんだからな?」
「肝に銘じますー。先輩みたいな無限戦闘マシーン、他にいませんからねー」
「……はあ。で、次の会長って何だよ? 辞めるのか?」
「あーはい。私、そろそろ引退しようかなーって。世代交代ってやつですー」
訝しげな声色で質問した
「私もそろそろ就活の準備始めなきゃいけませんからねー。この件を片付けたら退こうかなぁってー」
「……そうか。もうそんなに経つのか」
「貴女が去ってもう七年になりますからねー。先輩も眉唾な伝説になるってもんですよー。ねー? 最強無敵なラブリィベルせんぱーい?」
からかうようにその名を発し、それからけらけらと笑うシロホープ。
そんな彼女に
あんなに頼りなかった小娘が、今は社会人間近で引退まで来たか。
つくづく時代の流れと老いを、そして社会からあぶれた私の情けなさを実感させられるな。
「そうか。まあ、抜けるなら今が一番利口かもな」
「……?」
「何でもねえよ。で、本題に戻るがあいつらは何だ? 噂に聞くアンダードッグってやつか?」
思い出話に浸るのはここまでだと。
「そうですよー。赤い犬の
アンダードッグ。その名を口にされたシロホープは、肯定と共に大げさに拍手する。
「犠牲になった魔法少女の数は五十人以上。命こそ別状はないものの、そのいずれもが力を失い、魔法少女としては復帰不可能に陥っていますねー」
「……情けねえな。誰も自分で変身出来ねえのか」
「仕方ないですねー。上から下まで平等に集団リンチですしー。それに
もちろん私は出来ますけどねー、と心なしか胸を張ってくるシロホープ。
そんな彼女に
「ま、
誇らしげにそう語るシロホープに、
魔法少女ギアルナの大偉業。システム改変の際、ある魔法少女の意志を継ぐべく考案された機構。
それを成した戦友自己犠牲を、その事柄に関して
どれほど身を削ろうとも。どれほど愚かな選択と思われようと。
それは魔法少女の未来を、人類の未来を繋ぐために彼女が身を粉にした、人力の奇跡に他ならないのだから。
「……やっぱり、あいつもまだ現役か?」
「まあそうですねー。あの人の代わりなんて未来永劫見つからないと思いますしー。まあでも、ようやく役目は終わると言ってましたけどねー。何でも後はとこさん……? という人に手伝ってもらえば完成だと。誰でしょうねー、その人?」
「ああ?」
唐突に出てきた着物の老少女の名に、思わず声が出てしまう
その反応にシロホープは目聡く空色の瞳を光らせ、ふむふむと顔へと興味を露わにする。
「おやおやー? もしかして知り合いでだったりしますー?」
「……まあな。どんな用事なんだか」
「ほーう? ……あー、さては内緒の昔話ですねー? 先輩達が教えてくれないけど匂わせる同期の話ー」
ぐいぐいと、
だんだんと強くなってくる刺突の鬱陶しさに、
「うっざい。さてはお前、そこまで成長してねえだろ」
「ひっどーい。そんなことないですよー。……先輩といると、昔を思い出しちゃうんですよー」
そう口にしたシロホープが、
……懐かしむのはお互い様ってことか。思えばこいつには、随分と負担を強いてしまったな。
「そうかよ。……んじゃ、そろそろ帰るわ。魔伝は変わってないから、何かあったらかけてこいよ」
「えーもうちょっといましょうよー。あのあのー! ちなみに一緒に捜査とかしてもらえたりは──」
「断る。お前はともかく今の
それでも一人前の、いや自分よりも立派であろう魔法少女を甘やかす気はないと、シロホープの軽く頭を撫でてから空へと上がる
シロホープの制止も聞くことなく、そのまま速度を上げてこの場を去ろうとした瞬間、そういえばとシロホープへ向き直す。
「ああそうだ、ギアルナに伝えとけ。あれの復活が近いらしいから、婆さんに用があるなら早急にと」
「……? はあ、良いですけどー。伝言なら自分で伝えれば良いじゃないですかー?」
「魔伝の波長を忘れたんだよ。ほら、使わない電話番号とか忘れるだろ? そういうの、
覚えていたらイナリのやつにだって掛けて終わりだと。
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