第14話 山暮らしの竜、酒盛りをする





 時は僅かに遡る。


 それは、女神アルティナが世界の管理を行っている神域での出来事だった。



「……」


「んぐっ、んぐっ、ぷはあっ!! あー、やっぱ酒は『神殺し』一択だわぁ!! ティナちゃんもそう思うでしょー?」


「あ、は、はい……」



 アルティナの前にあるソファーに、黒髪の美女がどっかりと腰かけている。


 頭には太陽を模した冠を被っており、着物がはだけて胸元が大きく露出していた。


 片手には酒瓶を持ち、らっぱ飲みをしている。


 端から見るとただの飲んだくれだが、その女を前に女神たるアルティナは青ざめた表情でガクガクと震えていた。



「あ、あの、アマテラス様。本日は、ど、どのようなご用件で――」


「あ゛? 言わなきゃ分かんない?」



 直後、アルティナは重力が数十倍に跳ね上がったような感覚に陥る。


 ソファーに腰かける飲んだくれ――アマテラスにただ視線を向けられただけ。


 それだけで、アルティナは動けなくなった。



「い、いえ、その、ええと」


「……ま、そう怖がんないでよ。別にティナちゃんをいじめに来たってわけじゃないんだからさあ」



 怖がるなと言われても無理がある!! と、アルティナは思った。


 何故ならアマテラスの背後には、黒服にサングラスをかけた厳つい男たちがずらりと整列しているから。


 威圧感が半端ない。


 黒服の正体は地球の、日本を縄張りとしている大和組の神々である。


 その構成員の数は八百万。


 神々の激戦区である地球の中でも最も大きな規模の組織だ。


 かと言って烏合の衆というわけではない。


 アルティナと同格の神が結構いる。

 何ならアルティナ以上の力を持った神々万単位でいる。


 それらがアマテラスの座るソファーの後ろに一切の乱れなく整列しているのだ。


 怖いに決まっている。



「私が来たのは、ティナちゃんとこの人間が私の世界の人間を召喚した。よりによってうちの縄張り、日本の子供たちをね」


「っ」



 アルティナの顔が更に青ざめて、蒼白になる。


 それはアルティナがついさっき気付いて、対処しようとするも間に合わなかった事柄だった。


 普通、他世界の人間を無許可で召喚するのはご法度。

 場合によっては神同士の戦争にまで発展する問題である。


 アルティナはすぐ召喚者を突き止め、そこから召喚された人間がどの世界の人間かを調べている最中だった。


 大急ぎで謝罪し、今後の動きについて話し合うためだ。


 しかし、どこか分かる前にその世界の神が来た。


 よりにもよって地球の、それも一番苛烈で戦いを厭わない大和組。


 返答を間違えたら、即戦争突入である。



「で? どう落とし前つけんの?」


「そ、それは、その」



 あまりにも直球な問いに対し、アルティナは言葉を詰まらせる。



「アマテラスの姐さんが聞いとんねん!! はよ答えんかいワレェ!!」


「ひゃひ!?」



 アマテラスの背後に控えていた大柄な黒服サングラスの神がアルティナの胸倉を掴む。


 アルティナは思わず泣きそうになったが、その直後、ガラスが割れるような物音がして黒服サングラスが倒れた。


 アマテラスが黒服サングラスの後頭部を酒瓶でぶん殴ったらしい。



「今は私が話してんだよ。邪魔すんじゃねぇ、殺すぞ」


「え、あ、え? ア、アマテラス様? あの、こちらの方、死んじゃったのでは……」


「んあー? あー、大丈夫大丈夫!! 残機がまだ残ってるはずだし!!」


「そ、そうですか」


「で、話を戻すけどさ」



 アルティナが再び身体を強張らせる。



「まじでどうすんの? ねぇ?」


「こ、こちらと致しましては、謝罪と弁償を考えております」


「謝罪と弁償、ねぇ? まあ、それは当然だけどさ。私が言いたいのはそうじゃない。分かるよね?」


「……は、はい。無許可での召喚魔法を行使した者に神罰を与えます」


「駄目だね、それじゃあ足りない。最初に言ったはずだ。どう落とし前を付けるのか」


「っ」



 アマテラスは溜め息を吐き、アルティナの言いにくいことを代わりに口にした。



「じゃあこっちから要求するね。召喚を行った者とその血を受け継ぐ者をまとめて殺して、その魂を寄越せ。百回くらい地球で転生させたら返すよ」


「っ、は、はい……」



 人間はその世界に適した魂の形をしている。


 そのため、本来生まれるはずだった世界と別の世界に生まれると、人間は尋常ではない苦痛に満ちた人生を送る羽目になる。


 神の間では割りとメジャーな人間へのペナルティーである。



「で? うちの子たちを召喚したのはどこの誰?」


「その、ドラーゴ王国という国の国王です」


「ふーん? 理由は?」


「えーと、娘を竜から取り戻したくて異世界から勇者を召喚しようとしたらしく……」


「ん? 竜? もしかして……」


「あ、はい。大山竜季さんです」


「ああー!! あの子かー!!」



 アマテラスの頭に一人の青年が思い浮かぶ。


 本来の世界とは違う世界に生まれ、普通の人間なら死ぬような経験を何度もしたにも関わらず、しぶとく生き延びた人間。



「オーディンのじっ様とかゼウスのジジイと暇潰しに鑑賞してたんだよねぇ!! あの子、自分が気付いてないだけで一日に一回は死にかけてるから!!」


「は、はあ……」


「っと、いけないいけない。今は落とし前の話してんだった。まあ、ひとまずうちの島の子供たちを勝手に召喚した奴は一族郎党魂を寄越すこと。次に召喚された子供たちの魂の返還ね」



 神が直接世界に干渉することは出来ない。


 それはアマテラスのような最高位クラスの神であっても不可能だ。


 魂を元の世界に返すためには、第三者に依頼して殺害する以外に方法は無い。


 非情なようだが、それが最善なのだ。



「わ、分かりました。こちらで何とかします」


「……あ、そうだ!! ちょっと良いこと思いついちゃった!!」


「え? な、なんですか?」


「竜の子って今、ティナちゃんの眷属扱いなんだよね?」


「は、はい。一応、そういうことになっています。……あっ、今ちょうど召喚者に縄張りを追い出されたワイバーンたちが事情を話しているようですね」


「いいねいいね!! 今から会いに行こう!! ちょっと話してみたかったし!!」


「え!? ちょ、アマテラス様!?」



 神は世界に干渉できないが、降臨すること自体は不可能ではない。


 こうしてアマテラスは、アルティナの世界で最も高い山、エレスト山に舞い降りるのであった。













「うぃー、ひっく。てわけなの!! ウケるよねー!!」


「は、はあ、ウケますね?」



 何故か俺は日本の女神様と酒盛りをしていた。


 いや、本当にどうしてこうなったのか。アルティナ様の方を見ると、物凄く申し訳なさそうな顔をしていた。


 どうやらこの状況はアルティナ様も不本意らしい。



「えーと、つまりはそっちのワイバーン……ヴァネッサの縄張りを襲ってきた者たちが日本人の少年少女で、彼らを地球に返すために殺害しろと、そういうことですか?」


「そーそ!! 理解早いじゃん!!」


「その、大変申し訳ないのですが、私は神であるため、地上に直接的な干渉ができません。お願いできますか? 竜季さん」


「今はドーラです。でもまあ、はい。どうも俺が原因の一つみたいですし、アルティナ様には希望を叶えてもらいましたし、お引き受けしますよ」



 ドラーゴ王国の国王。


 つまりは、アルメリアの父親が彼女を取り戻そうと異世界から勇者を召喚した。


 俺も全く無関係というわけではない。


 本当はエレスト山に引きこもってアルメリアや天使さんと平和な時間を過ごしたかったが、仕方ない。


 と思ったのだが、アマテラス様の次の一言で激昂する。



「あ、でさあ。君のお嫁さんも粛清対象なんだけど」


「――あ゛?」


「……へぇ? 良い殺気じゃん」



 俺の殺意を込めた視線に対し、けらけらと笑うアマテラス様。



「……やったのはドラーゴ王でしょう? アルメリアは関係ない」


「悪いけどねぇ? ドラーゴ王の血を受け継ぐ者は一族郎党魂を差し出してもらう。これは神と神の取り引きだ。蜥蜴が文句を言う余地はねーんだよ」



 ……。



『警告。勝ち目がありません。戦闘行為は避けるべきです』


『警告。勝ち目がありません。戦闘行為は避けるべきです』


『警告。勝ち目がありません。戦闘行為は避けるべきです』



 頭の中で天使さんが警鐘を鳴らしている。


 言われなくても勝ち目が無いことくらい、直感で分かる。

 アマテラスという神は、とんでもない力を秘めている。


 多分、この女神は1%の力を出すこともなく俺を瞬殺できるだろう。


 でも、俺は竜。


 自分の宝に手を出そうとする者が神であっても容赦するつもりはない。


 もし力ずくで俺からアルメリアを奪おうとするなら、例え首だけになってもその喉元を食い千切ってやる!!



「……ぷっ」


「?」


「だはははははははははっ!!!! 良いねぇ良いねぇ!! 私の力を分かっていながら敵意を隠さない奴は久しぶりだよ!! 気に入った!! ドーラだっけ? じゃあ、ドラちゃんね」



 ドラちゃん!? ふと青だぬきが思い浮かんだんだが……。



「分かったよ。君のお嫁さんの魂は要らない。でもきっちりうちの子たちの魂は回収してもらうよ」


「……分かりました」



 こうして、取り引きは成立。


 俺はワイバーンのヴァネッサに案内をさせ、地球出身の勇者たちがいるであろう山脈地帯に向かうのであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「酔っ払ってる美人なお姉さんにダル絡みされたい」



「大和組で草」「青だぬきで笑った」「あとがき分かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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