第12話 山暮らしの竜、血を飲ませる




 戦闘音が聞こえてきた方に向かうと、そこでは冒険者と思わしき三人の若者がゴブリンと戦闘を繰り広げていた。


 ゴブリンの数はおよそ二十。


 対する若者は三人と数的にかなり不利に見えるが、ゴブリンの装備は良くて古びた短剣。

 遠距離攻撃の手段は投石と今にも壊れそうな弓矢だけだ。


 対する三人は完全武装であり、うち一人に至っては大盾を持ち、フルプレートアーマーという鉄壁の防御力を誇る装備である。


 他二人は軽装だが、見たところ魔法使いと弓使い。

 前衛のフルプレートアーマーがゴブリンたちの攻撃を一身に受け、それらを後衛の二人が効率的に始末する。


 ゴブリンの弓矢は魔法使いの魔法で防がれ、戦いは終始冒険者側の有利で進んでいる。



「ドーラ様!! な、何が起こっているんですか!? ここからでは離れすぎていて私には分かりません!!」


「若者三人がゴブリンと戦っている。あの様子なら問題は無いだろう」


「うぅ、私も見たいですぅ」



 実は若者三人が戦っているのは数キロ先だ。


 竜の目は便利なもので、障害物が無かったら数キロ先まで見渡せる。


 アルメリアはよほど冒険者に憧れがあるようで、今すぐ駆けつけてゴブリンと冒険者たちの戦いを観戦したがっている様子。


 ……ふむ。



「わざわざ近づいて危険に身を晒すのは良くないぞ、アルメリア」


「うぅ、わ、分かってますけどぉ」


「……1キロまでだ」


「え?」


「1キロまでなら近づいてもいい。それだけ離れていれば、矢や魔法の流れ弾が飛んできても大丈夫だろうからな」


「っ、はい!!」



 アルメリアが目を輝かせながら走り出す。


 俺もアルメリアの背を追い、ゴブリンと冒険者たちに近づいた。


 すると、ゴブリンたちの動きに変化が現れる。



「ドーラ様、ゴブリンたちがこちらを見ているような……」



 アルメリアの言う通り、ゴブリンたちは戦闘中にも関わらず、こちらを見ていた。


 正確には俺を見ている。



『ゴブリンのような原始人種は勘が鋭く、自らの脅威となるものに敏感です』



 あー、なるほど。


 あのゴブリンたちは俺の存在に気付いて動きが鈍ったのか。


 しかし、それは致命的だ。


 冒険者たちはゴブリン共の動きが鈍った理由こそ分からないだろうが、その隙を見逃がすような未熟者ではなかった。


 元々冒険者側が有利だった盤面が、もうひっくり返せないほど決定的なものとなる。



「はぅあ~!! すっごくカッコ良かったですね!!」


「そうだな」



 結局、俺の出番は無かった。


 アルメリアにカッコイイところを見せたかったが、何事も人死が出ない方が良いだろう。


 冒険者の戦闘も見ることができたし、すぐに撤収しよう。


 と思ったら、アルメリアが冒険者たちの様子がおかしいことに気付く。



「ドーラ様、なんだか冒険者さんたちの様子が変です」


「ん? あ、本当だ。全身鎧の奴が倒れたまま動かないな……」



 何かあったのか、倒れた様子で動かないフルプレートアーマーに仲間二人が駆け寄っている。



「まあ、俺たちの知ったことではない。薬草も集まったし、ファディスの街に戻るぞ。――あれ? アルメリアは!?」


『彼女ならば冒険者たちに駆け寄っていますが』


「えあ!?」



 俺の隣にいたはずのアルメリアは、いつの間にか冒険者たちに向かって駆け出していた。


 天使さんに言われるまで気付かなかった。


 足音ですぐに分かっただろうに、少し油断してしまったな。


 いや、そうじゃない!!


 相手が冒険者だからといって友好的だとは限らないのにアルメリアは!! 急いで連れ戻さないと!!


 俺は一瞬でアルメリアに追いついた。



「アルメリア!!」


「ドーラ様、大変です!! この鎧の方、鎧の隙間に刺さった矢に毒が塗られていたようで死にかけています!!」


「む……」



 そう言えば冒険者ギルドのオッサン、クノスが言ってたな。

 ゴブリンは連携するし、罠を使うし、毒も使うって。


 なるほど、厄介極まりない。



「ねぇ、貴方たち、見慣れないけど冒険者でしょう!?」



 と、その時。


 フルプレートアーマーの仲間である弓使いの少女が必死な面持ちで声をかけてきた。



「お願い!! 毒消しのポーションを持っていたら譲って欲しいの!! タダでとは言わないわ!! 相場の十倍……ううん、言い値で払うから!!」


「すまないが、毒消しのポーションは持っていない。毒草なら沢山あるが……」


「貴方、あたしの仲間にトドメ刺す気!?」


「そ、そういうつもりでは……」



 弓使いの少女にグーで脇を殴られた。しかし、あまり痛くない。

 どうやら俺を殴った弓使いの少女の方が痛かったらしい。



「か、硬い……。いや、そうじゃなくて、急いで街まで運ばないと!! 傷口が壊死しちゃう!!」


「駄目。街まで耐えられない」


「じゃあどうしろっての!?」



 弓使いの少女がもう一人の仲間である魔法使いの少女と揉め始めた。


 すると、俺の脳内で無慈悲な言葉が紡がれる。



『仮称、フルプレートアーマーの生命力が著しく低下しています。十分以内に絶命する可能性は100%です』



 ああ、駄目だなこりゃ。


 弓使いの少女と魔法使いの少女には悪いが、このフルプレートアーマーは助からない。


 運が悪かったのだ。


 少なくとも辛うじて意識があるまま自分の全身の骨や肉がぐちゃぐちゃになる様を見ながら死ぬよりは遥かに良い。


 ダンプカーで十五キロ引きずり回された挙げ句に死んだ俺より遥かにマシだ。


 俺個人はそう思うのだが。



「あの、ドーラ様……」



 アルメリアが瞳を潤ませて俺を見つめる。


 それはもう、ついつい我が儘を聞いてあげたくなるような表情だった。



「……はあ。しょうがないなあ、アルメリアは」



 天使さん、お願い。


 フルプレートアーマーを助ける方法があったら教えて欲しい。


 いや、本当にね。

 天使さんを毎度毎度コキ使って悪いとは思っているけど。


 今回は俺のお願いを真面目に聞いてくれ。



『……了解しました。一つ、仮称フルプレートアーマーを救う方法があります』



 俺は天使さんからフルプレートアーマーを救う方法を聞いて、絶句した。


 まじですかい。



『まじです』


「……分かった。やろう」


「「「?」」」



 急に一人で頷いた俺に不審な目を向ける弓使いの少女と魔法使いの少女。


 しかし、アルメリアだけは気付いた様子。



「毒消しじゃないが、治せるものを持っている」


「え、本当!?」


「ただ、それは俺の一族に伝わる秘伝の代物でな。部外者に使うのは本来なら避けたいし、見るのも触られるのも困る。だから全員、あっち向いて耳を塞いで」


「わ、分かった!!」


「言う通りにする。だから、仲間を助けて」


「あ、えーと、なら私もあっち向いてますね、ドーラ様!!」



 別にアルメリアは構わないのだが、まあいい。


 俺はフルプレートアーマーが被っていた兜を外し、その素顔を見る。



「……女だったのか」



 アルメリアほどではないが、見目の整った美しい栗色の髪の美女だ。


 思わずまじまじと見つめてしまう。



「っと、いかんいかん」



 俺は指を軽く噛み、指先から溢れてきた血を一滴フルプレートアーマーに飲ませた。


 フルプレートアーマーが受けた毒の治療法。


 それは万病を治し、不老不死となるエリクサーの材料である竜の血を飲ませることだった。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「ダンプで轢かれてる時に意識あるの怖い」


ド「ね」



「毒受けてる人に毒草食わせようとする草」「轢かれてる時に意識あったんか……」「面白い」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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