第11話 山暮らしの竜、薬草を採りに行く





「……もう文字を覚えてしまった……」



 事の発端は俺とアルメリアが無事に冒険者登録を済ませ、早速クエストを受けようと依頼書が張り出されている壁を眺めていた時だった。


 最初は読めなかった文字が少しずつ読めるようになってきたのだ。


 本当に意味が分からないと思うが、俺も分かっていない。


 天使さん、何これどゆこと?



『竜の知能は人間を遥かに上回ります。無意識下で言語を習得したのかと』



 ということらしい。


 いや、自分で世界最強のドラゴンにしてとは言ったけどね。


 流石に驚くというものですよ。



「ドーラ様!! 私、このクエストを受けたいです!!」


「ゴブリン退治……危なくないか?」



 いきなり討伐系のクエストはアルメリアが怪我をしてしまいそうで怖い。


 ましてやゴブリンである。


 ゴブリンと言ったら女と見るや否や孕ませようとするイメージだ。


 可愛いアルメリアが酷い目に遭わないよう最善を尽くすつもりではあるが、もし彼女に傷の一つでも付いたら……。


 周辺一帯のゴブリンを殲滅してしまう。


 しかし、アルメリアは「新米冒険者と言ったらゴブリン退治!!」と目を輝かせている。


 いやいや、やっぱりダメだ。


 アルメリアの我が儘はつい聞いてあげたくなってしまうが、万が一ということもある。



「最初は無難な薬草採取にしよう」


「むぅ、どうしてもダメですか?」


「ダメだ。スライムとか、そういうのはともかくゴブリンはダメだ」



 少し駄々を捏ねるアルメリアだったが、そこで俺たちの会話に割って入る人物が一人。



「嬢ちゃん。余計なお節介かも知れないが、ゴブリンはやめておけ。おじさんからの警告」


「え?」



 それはさっき俺にハルバードで襲いかかり、床を破壊して受付のお姉さんに叱られていたオッサンだった。


 三十代半ばくらいだろうか。


 長めの髪を紐で雑に結っており、どこか覇気が無い人物だ。


 どうやら床の修繕が終わったらしい。



「あ、おじさんはクノスね。このファディスの冒険者ギルドのなんちゃって支部長をしてる。よろしくね」


「アルメリアです」


「ドーラだ」



 オッサンと軽く握手した。――力、強いな。



「どうしてゴブリン退治はダメなんですか? 新米冒険者が最初に倒す魔物と言ったらゴブリンでは?」


「それはねぇ、どっかの冒険小説で書かれてるから勘違いされがちだけど、ゴブリンほど面倒な奴らはいないよぉ。連携してくるわ、罠は使うわ、毒も使うわ。あと連中は魔物じゃなくて亜人ね」


「亜人……?」


「そ、亜人。エルフとか獣人と一緒。……いや、こういう言い方をするとエルフや獣人に袋叩きにされるかなぁ?」



 オッサンが長々とゴブリンを舐めちゃいけない理由を語った後、一瞬だけオッサンは俺の方をちら見した。



「……まあ、嬢ちゃんの恋人がいるなら平気だろうけどねぇ」


「恋人ではなく旦那様です!!」


「ありゃ、こりゃ失敬。美男美女夫婦とか、彼女いない歴イコール年齢なおじさんは嫉妬しちゃいます」



 と、その時だった。


 受付のお姉さんがオッサンに向かってテーブルの上にあった文鎮をぶん投げてきた。



「――ってうお!? ちょ、何すんの、マリーちゃん!?」


「ぺちゃくちゃ喋ってないで床の修繕が終わったら仕事してください!! まだ午前の書類も片付いてないんですよ!!」


「え、えぇ、休憩くらいさせてよぉ。あ、そうだ。文字の読み書きができる冒険者に手伝ってもらうのはどう?」


「機密の書類もあるのにできるわけないでしょう。ましてやドラゴンの出現騒動で冒険者たちが出払っている今、そんなしょうもないクエストを受ける冒険者はいません!!」



 うーむ。


 どうやら俺の目撃情報は冒険者ギルドにも影響を与えているらしい。


 これは本当に次回から気を付けないと。


 とまあ色々あったが、アルメリアもオッサンの話を聞いて気が変わったようだ。

 最終的には俺の提案通り、薬草採取クエストを受けることに賛同した。


 俺とアルメリアは冒険者ギルドを出て、薬草が自生している草原まで向かうことに。


 冒険者ギルドを出る際。


 オッサンは俺たちに聞こえないよう、受付のお姉さんにこっそり耳打ちした。


 まあ、竜は地獄耳なので全て聞こえるがね。



「マリーちゃん。冒険者たちが帰ってきたら、あの二人には絶対に絡むなって警告しておいて」


「え、なぜです?」


「勘。女の子の方はともかく、男の方はヤバイ。何か分からないけど、人間じゃないね。ワイバーンの群れに突撃した時より命の危機を感じた。ありゃあ何気ない仕草、例えば欠伸や瞬きをするだけで人の命を奪える怪物だ」


「え?」



 オッサン、いや、クノスだったな。


 ワイバーンの群れに突撃するとかどういう状況だったのか気になるが……。

 やっぱり隠れた実力者って感じがして少しカッコイイな!!


 それはそれとして。


 欠伸はたまにブレスが出ちゃうから確かに死人は出るかも知れないけど、流石に瞬きじゃ人は殺せないっての。


 ね、天使さん!!



『封印を完全に解いた状態であれば可能です。瞬きによりソニックブームが生じると思われます』



 おっと。


 竜帝というのは俺が思ってる以上に恐ろしい怪物だったらしい。


 あれこれ考えていたら草原に到着し、早速アルメリアと一緒に薬草を集める。


 ここで天使さんが大活躍した。



「天使さん、これは?」


『毒草です』


「天使さん、これは薬草ですよね!?」


『毒草です』


「毒草だって」


「毒草ですか……」



 天使さんが薬草とよく似ている毒草を判別できるため、それはもう大助かり。


 普通の駆け出し冒険者は薬草と毒草を判別できなくてまとめてギルドまで持っていくのだろうが、流石は天使さん!!


 俺たちにできないことを平然とやってのける、そこに痺れる憧れるゥ!!



『……私は本来、女神アルティナ様の使命を補助するための集合意識生命体です。薬草と毒草の判別係ではありません』


「そう拗ねるなよ。あ、これは薬草でしょ?」


『毒草です。……先程からわざと毒草を採ってますか?』


「いや、わざとじゃない」



 まじで薬草と毒草の違いが分からん。


 俺の鋭い嗅覚を以ってしても違いが分からないほど匂いは同じだし。


 見た目に殆ど差は無い。



「俺、天使さんがいなかったらこの世界で生きていけないかも」



 俺は何となく呟いた。


 考えてみれば、こっちの世界に来てからずっと天使さんに助けられている気がする。


 いや、実際に助けられている。


 すると、俺の呟いた割とガチの本音を聞いた天使さんは相変わらず淡々とした口調で言う。



『……その足下にあるものが薬草です』


「え? あ、これか!!」



 どうやらいつもはクールで毒舌な天使さんが、ちょっぴりデレてくれたらしい。


 あの美少女ゴーレムの姿で言われていたら、本能が我慢できなかったね、間違いない。


 と、そこで俺の耳が異常を察知する。



「アルメリア、こっちに」


「毒草と薬草の違いが分かるようになったんですか? だったら教えてください!!」


「ち、違う。期待させて悪いな。……向こうの方から戦闘音が聞こえてくる」


「え!?」



 誰かが戦っているのかも知れない。


 向こうがこちらに気付く前に距離を取るべきだろうか。



「ど、どうするんですか? もし誰かが魔物にでも襲われていたら……」



 俺はここでふと考える。


 アルメリアは冒険者への憧れを抱いており、それらしい行動を好む。


 そして、それは英雄的なものが多い。


 ここで俺が困っている連中を颯爽と助けたらカッコイイと思ってくれるのではないか。



「様子を見に行ってくる」


「ドーラ様、アルメリアもご一緒します!!」


「……分かった。俺から離れるなよ」



 打算に満ちたことを考えて、俺は戦闘音がした方に向かうのであった。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「瞬きで人死にが出るの草」


ド「笑い事じゃない」



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