第10話 山暮らしの竜、名前を付けられる




 一度川で身体を洗い、再び空を舞う。


 今度は絶対に揺らさないよう、細心の注意を払いながらゆっくりと。


 そうこうしてるうちに目的地であるファディス付近に到着。

 流石に竜の姿で人前に出たらパニックになるだろうし、街の手前にあった森に一度降りる。


 そこで人化して街に向かった。



「私、街に行くのって初めてです!!」


「そ、そうか」



 ドラーゴの王様に半ば監禁状態にされていたからか、アルメリアは楽しそうだった。


 森を出て平原を少し歩くと、ファディスの街が見えてくる。

 高さ十数メートルはあろうかという防壁に囲まれており、壁上には大型バリスタが設置されていた。


 旧文明が一度崩壊し、中世ヨーロッパレベルの文明らしいが、帝国は技術力に関して他の国より頭一つ抜けているそうだ。


 ファディスは帝国の重要な貿易都市であるため、防衛力も帝都に次いで高いらしい。


 天使さんに教えてもらった。


 あまりしつこく聞くとG◯ogle扱いするなと怒られてしまうため、適度なところで質問は切り上げた。 


 しかし、近づいていくに連れて街の様子がおかしいことに気付く。


 何やら兵士が大騒ぎしていた。


 防壁の中に人々を慌てた様子で誘導しており、半ばパニックが起こっている。



「何かあったのでしょうか?」


「かも知れん。兵士に聞いてみよう」



 俺とアルメリアは大慌てしている兵士に声をかける。



「あの――」


「あんたたちも早く街の中に避難しろ!! 非常事態だ!! 荷物検査は無し!! 死にたくなかったら急げ!!」


「お、おう、何かあったのか?」


「ドラゴンだよ!! バカみたいにデカイ黒いドラゴンがこの街に向かってきてる!!」



 あ、察し。


 どうやら俺が空を飛んでファディスに向かっている様子を誰かに見られたらしい。


 俺とアルメリアが森に降りてファディスに来るまでに連絡したのかもな。



「ほらボサッとすんな!! さっさと街ん中入れ!! 連れの嬢ちゃんもだ!!」


「あ、は、はい!!」



 色々と想定外ではあったが、俺たちは無事にファディスに入ることができた。



「黒りゅ――むぐっ」


「ストップストップ」


「?」



 俺は公衆の面前で『黒竜様』と呼ぼうとしたアルメリアの口を押さえる。


 危ない危ない。



「アルメリア、ここでその名前は出さないようにしよう」


「分かりました!! ……でも、それならなんとお呼びすれば?」


「む。そう、だな。それは考えていなかった」


「では私が考えます!!」



 アルメリアが目を輝かせて言う。


 まあ、大山竜季はこっちの世界じゃ違和感が半端ないし、アルメリアに適当に考えてもらうか。



『非推奨です』



 と、そこで意外なことに天使さんがアルメリアの提案に待ったをかけた。


 それも少し焦っている様子。俺は天使さんに事情を訊ねる。


 え、なんで?



『名前はこの世界の生物にとって大きな意味を持ちます。名付けにより存在が確立し、魂の安定化と進化を促します』



 えーと、すまん。


 もうちょっと俺にも分かりやすく言ってくれないか?



『……名前付けたら今よりめっちゃ強くなります』



 実に分かりやすくて助かる。


 そして、これ以上強くなってしまったら非常に困る。

 今でさえ欠伸したら口からビームが出ちゃうくらいコントロールが雑なのだ。


 でもそうなると、呼び方に困るな……。


 いや、それは一旦置いておくとして、取り敢えずアルメリアを止めないと。



「アルメ――」


「ドーラ!! ドーラという名前は如何でしょう!?」



 はい、一足遅かったです。



『緊急措置を行います。個体名ドーラに封印措置を施します。管理者アルティナに封印措置を申請。……受諾されました。ドーラのあらゆる能力を十分の一にします』


「うおっ」


「ドーラ様、どうしたんですか?」



 頭の中に大量の情報が流入する。


 頭が張り裂けそうなほどに圧倒的な情報量で、一瞬気絶してしまった。



『個体ドーラを再起動……完了』


「はっ!? な、何が起こった!?」


『封印を施しました。あらゆる能力を十分の一にまで抑えています』


「え!?」



 じゅ、十分の一も!?


 それは色々と大丈夫なのか? 主に俺の強さ的な問題で……。


 もしかして弱体化してしまったのではと俺が不安に思っていると、天使さんは淡々と答える。



『名付けにより、十数倍にあらゆる能力が跳ね上がっています。感覚的には元のおよそ二割増しかと』



 ま、まじか。


 元々女神様の最強クラスのドラゴンになりたいと言ったけど、そこから更に強くなったのか。


 それも天使さん曰く、種族が竜王から竜帝というものに変化してしまったらしい。


 竜の王様から竜の帝。


 名前だけ聞くと大層なものに感じるが、イマイチどれくらいか分からないな……。



「ドーラ様?」


「あ、いや、だ、大丈夫だ。心配するな、アルメリア」


「具合が悪くなったら言ってくださいね?」



 俺を心配そうに見つめてくるアルメリア。


 心臓がドキッとして、ドラゴンソードがギンギンに反応する。



『竜帝に進化したことで、所有物に対する独占欲が増しています』



 なるほど。


 これからはよりいっそう自制心を持って生きなければ!!


 アルメリアとエッチなことをするのは夜!! 日中は我慢!!



『……そうですね』



 相槌を打つ天使さん。


 そうこうして俺たちは当初の予定通り、冒険者ギルドにやって来た。



「はわわ!! ここが冒険者ギルド!! すっごく大きな建物ですね!!」


「そうだな。見事なものだ」


「早速中に入りましょう!!」



 催促するアルメリアに苦笑いしながら、俺は冒険者ギルドの扉を開いた。


 その瞬間だった。


 槍と斧が一体化したような武器、いわゆるハルバードが俺の脳天目掛けて振り下ろされた。


 完全な不意打ちである。


 しかし、竜の圧倒的な身体能力の前ではあまりにも遅すぎる攻撃だった。



「危なっ」



 そう言いながら、俺はハルバードに当たらないよう身を捻る。


 ハルバードは冒険者ギルドの床を粉砕し、木片が辺りに飛び散った。


 攻撃してきたのはオッサン。


 冒険者ギルドの職員と思わしき格好をしており、今にもこちらを抹殺せんと殺意を滾らせた目を向けてきた。


 が、俺とアルメリアを見た途端に目を瞬かせる。



「あ、あっれぇ? おっかしいなぁ。たしかにヤバイのが来たと思ったんだけど……」


「支部長!! 何ギルドの床を破壊してんですかぁ!!」


「ひっ!!」



 何が何やら。


 オッサンはカウンターから出てきた受付の綺麗なお姉さんに鬼のような形相で怒られる。



「本当にすみません!! うちの支部長ちょっと頭がおかしいんです!!」


「ごめんねぇ。おじさんの勘違いだったみたい」


「あー、別に気にしなくても。床が壊れただけですし。……俺が弁償する必要はないですよね?」


「もちろん!! ほら、支部長!! さっさと床を修理してください!!」


「あいだだだ、中年の腰を蹴らないで!! こういうのが老後に響くんだから!!」



 オッサンがハルバードを置いて、ギルドの床を修理し始める。


 それから俺たちはカウンターに向かい、さっきオッサンを叱っていた受付のお姉さんが笑顔で応対してくれた。



「先程は支部長が本当にすみませんでした。普段は人畜無害で上役にヘコヘコしているイエスマンなんですけど……。と、とにかく、本当にすみませんでした」


「いえ、本当に気にしてないですよ。でも何だったんですかね?」


「さあ……」



 俺の疑問に答えたのは受付のお姉さんではなく、天使さんだった。



『おそらく、本能的に貴方を攻撃してしまったのかと。ある程度の高みに至った人間にはよくあることです』


「え、そうなのか」


「? 何か?」


「あ、い、いえいえ、何でも」



 ということはあのオッサン、今は涙目で床を修理してるけど、実はめちゃくちゃ強いのか。


 なんかこう、隠れた実力者って感じがしてカッコイイな。



「それで、本日はどのようなご用件で?」


「冒険者登録に。俺とこちらの彼女も」


「畏まりました。手続きをしますので、こちらの書類に必要事項をご記入ください。代筆サービスもありますよ」



 俺は文字が分からないので、アルメリアに代わりに書いてもらった。


 ……そう言えばこの世界って、言語は違うのにすぐ理解できたんだよな。


 文字もそのうち自然に覚えられるだろうか?


 まあ、大して苦労しないうちは無理に覚える必要もないだろう。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「普段はへらへらしてるけどやる時はやるオッサンってカッコ良いよね」


黒「あ、うん。そだな」



「なんか強くなってて草」「うーん、これはアルメリアが悪い」「いきなり攻撃してくるオッサンで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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