第9話 山暮らしの竜、街に向かう





 俺は事を済ませた後、地下室にゴーレムの身体を保管しておいた。


 しっかり掃除もしてある。


 次に天使さんがあの身体を使う時、汚れていたら嫌だろうからな。


 いや、天使さんのことだから俺の中からこちらを見ているだろうし、もう二度と使わないかも知れないが。



「黒竜様!! 見てください、兎が罠にかかっていました!!」


「お、おお、凄いな」



 やらかした翌日。


 俺とアルメリアが森に仕掛けた罠を見に行くと、兎がかかっていた。


 まるで命乞いをするようなうるうるした目でアルメリアを見つめる兎だったが、アルメリアは容赦なかった。


 首をキュッとしてトドメを刺したのだ。


 もしかするとアルメリアはお姫様じゃなかったら英雄になっていた器かも知れない。



「しかし、天使さんがいないとせっかくのお肉も調理できませんね……」


「う、うん。そうだな」


『……ちっ』



 おお!! 天使さんから久しぶりのリアクション!!


 しばらくすると、地下室に仕舞っておいたゴーレムの身体を拝借した天使さんが現れて兎肉を調理し始める。


 どうやらアルメリアが残念そうにしている様子を見たくなかったらしい。


 やっぱり天使さんは良い奴だなあ。


 と思ってアルメリアと一緒に兎肉のステーキに舌鼓を打っていると。



「神殿の食糧庫にあった調味料があと一ヶ月程度で底を尽きそうです」


「「……まじ?」」



 俺とアルメリアは食の危機に直面した。


 少し前まで草や葉っぱをむしゃむしゃ食べていた俺だが、今はもう天使さんのご飯が無いと駄目な身体になってしまった。


 これは非常にまずいことだ。


 アルメリアも天使の美味しいご飯を食べられないと知って慌てている。



「ど、どどどどどうしましょう!? 黒竜様、美味しいご飯が食べられなくなってしまいます!!」


「流石に調味料は森で調達できないからな……。仕方ない、街に行こう。問題は金が無いことだ」



 当たり前のことだが、この世界にも貨幣の概念はあるらしい。


 流石に紙幣とか信用ナントカではなく、金貨や銀貨みたいなもので、当然ながら俺は銅貨一枚すら持っていない。


 今までは自然にある物で事足りていた。


 しかし、アルメリアに美味しい食事を食べさせてやるためにも調味料は必須。


 いざとなったら街を滅ぼしてでも――



「閃きました、黒竜様!! 働きましょう!! 私、働きたいです!!」



 ……働く。そうか、働くか。


 冷静に考えてみたら、滅ぼすよりそっちの方が遥かに良い。


 俺は天使さんにこっそり耳打ちする。



「て、天使さん!! た、大変だ!! 俺、働くって考えがそもそも無かったんだけど!! 滅ぼして奪った方が早いって思っちゃったんだけど!!」


「竜は元々、欲しいものを力ずくで奪う性質を持っています」


「ま、また竜の本能!! お、恐ろしい……」


「……そうですね」



 何故かゴミを見るような目で俺を見つめてくる天使さん。


 やはり前に天使さんのボディーを使ったことを怒っているのだろうか。


 いやいや、待って欲しい。


 たしかに我慢できなかった俺も悪いが、そもそもの原因は天使さんが俺とアルメリアのイチャイチャを覗き見していたからだ。


 俺は悪くない。悪くない、はず。



「黒竜様、どうかなさいましたか?」


「い、いや、何でもない!! 働くと言っても、アルメリアに当てはあるのか?」


「はい!! 冒険者になりたいです!!」



 冒険者。


 俺はファンタジーライトノベルではよく聞く言葉に思わず反応してしまう。



「天使さん、冒険者ってのは……」


「ご想像の通りです。冒険者ギルドを介し、依頼主が冒険者にクエストを依頼します。依頼を達成することで冒険者は報酬を得ることができます」


「なるほど」



 今までずっと食っちゃ寝してたが、せっかくの異世界だ。

 それっぽいものを体験するのも良いかも知れない。


 しかし、そうなると問題はアルメリアだ。



「アルメリア、冒険者は危険じゃないか?」


「大丈夫です!! こう見えてもお父様に内緒で剣の鍛練をしていましたから自信があります!!」


「鍛練、だけだよな」


「はい!!」



 なぜここまで自信を持てるのか。


 アルメリアの良いところだとは思うが、危険な目には遭わせたくない。


 俺が傍で守らねば……。



「よし、分かった。ただし、危険なクエストはダメだぞ。薬草採取とかスライム退治とか、そういうのにしよう」


「そうですね、そうしましょう!!」


「聞き分けが良くて助か――今、最初はって言った?」


「気のせいです」


「いや、絶対に言っ――」


「気のせいです」



 くっ、このままでは押し切られてしまう。



「そ、そうだ。天使さんも反対だよな?」


「……全機能、停止します」


「あ、逃げた!!」



 結局、俺はアルメリアの満面の笑顔で押し切られてしまった。


 それから俺はゴーレムの身体を地下室の箱に戻し、神殿を出発した。


 人化を解いて背中にアルメリアを乗せる。


 全力で飛行するとアルメリアがどこかに飛んでいってしまうため、かなり遅めの速度で最寄りの街に向かう。



「はわわわわわわ!! わ、私、空を飛んでいます!! 鳥になったみたい!!」


『飛んでいるのはアルメリア様ではありませんが』



 やめなさい、天使さん。今アルメリアが感動してるところでしょう。



「アルメリア、乗り心地はどうだ?」


「少し揺れますけど、大丈夫です!!」


「それは良かった。乗り物酔い……この場合はドラゴン酔いか? したらすぐに言うんだぞ」


「はい!!」



 天使さんのナビゲートに従って街を目指し、快適な空を旅する。


 中々どうして悪くない。


 そのうちアルメリアを連れて世界を巡ってみるのも良いかも知れないな。


 あ、そうだ。


 おーい、天使さん!! 最寄りの街ってどこなんだ?



『アレグザンド帝国のファディスという街です。帝国の貿易都市であり、帝都の次に栄えている街です』



 おお、貿易都市か。


 ということは人がかなり多そうだし、冒険者の依頼も手頃なものが多いかも知れないな。


 それにしてもアレグザンド帝国、か。


 前に神殿まで謝りに来て土下座した女帝さんは元気にしているだろうか。


 また会いたいな。


 おっと、別にあの大きなおっぱいをもう一度拝みたいとか、そういうことはちょっとしか思っていないぞ。


 ……本当にちょっとだからな?



「黒竜様」


「っ、あ、ああ、どうした?」


「その、実は」



 一瞬心を読まれたのかと思ってビクッとしたが、どうやらそうでもないらしい。


 アルメリアがどこか重々しい口調で言った。



「吐きそうです……うぷっ」


「!? ちょ、なんでもっと早く言わないんだ!?」


「最初は平気だったんですけど、段々気持ち悪くなってきて……気のせいかなって思って我慢してたら、もう我慢できないところまで来ちゃいました」


「あるあるだな!! す、少し我慢してくれ!! すぐ地上に降りるから!!」



 俺は慌てて地上におりようと大きく羽ばたいた。


 それが良くなかったのだろう。これに関しては俺が悪い。


 普通、車酔いして具合の悪い子が車内にいるのに曲がりくねった道を急いで進む運転手がどこにいる。



「もう、無理……です。おろろろろろろ!!!!」


「ちょあ!?」



 アルメリアは限界を迎えてしまった。



『……案内ルートを一度外れて、川がある場所まで誘導します』


「……助かる、天使さん」


「……うぅ、すみません……」



 こうして俺たちはちょっとした寄り道をしながらも、無事にアレグザンド帝国のファディスの街に到着するのであった。

 







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「美少女のリバースは我々の業界でご褒美です」



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