第5話 山暮らしの竜、本能を抑えられない
ちょっと不満が溜まっていたらしい天使さんの嫌がらせで、俺はドラーゴ王国のお姫様を生贄として引き取ることになった。
倒れてしまった王様が少し心配だ。
いや、それよりこっちをどうにかすべきなのは分かっているけども。
「黒竜様、どうか私をお召し上がりください」
俺の前で両手を広げて、食べてアピールしてくるアルメリア。
やだ、可愛い。
本人は意図していないのだろうが、その大きなおっぱいに飛び込みたくなる。
っと、いかんいかん。
「あー、いや、君を食べるつもりはない」
「そ、それは、やはり王国を滅ぼす、ということでしょうか?」
「違う。本当にそういう意図は無い」
「でしたら、なぜ私を生贄として指名されたのですか?」
「それは……なんて説明するべきか……」
ええい、説明が面倒だ!!
「俺の中には、もう一人の人格? みたいなものがいてな。その人格と喧嘩して、俺が困ることをわざとしたらしい」
「ええと、つまりどういうことでしょう?」
「帰っていいよ。いや、この山を下りろというのは酷か。王国まで送って行こう」
人を乗せて飛ぶのは初めてだし、スピードの出しすぎに注意しないとな。
安全飛行で行こう。
「お、お待ちください!!」
と思ったら、何故かアルメリアが大きな声で俺を制止した。
空が怖いのだろうか。
まあ、俺だって飛行機が怖いからなあ。墜落経験があるから尚更。
「わ、私は国に帰りたくありません!!」
「どうしてだ? 父親が心配してるぞ」
「……少し長くなりますが、私の話を聞いてくださいますか?」
「まあ、時間は無駄にあるからな」
アルメリアが自らの生い立ちを話し始める。
「私の母は平民でした」
「ふむ?」
「とても美しい女性で、当時は王太子だったお父様と恋に落ち、無事に結ばれたそうです
なんかこう、ベタな乙女ゲームにありそうな展開だな。
嫌いじゃないよ、そういうの。
「それで私が生まれて、問題はそこからです。元々身体が弱かったお母様は私を産んですぐ体調を崩し、亡くなっちゃったんです。お父様はお母様の分まで私を溺愛しました」
「羨ましい話だな」
「……羨ましい、ですか?」
ちょっとだけアルメリアがムッとした。
「ああ。父親が多額の借金をして蒸発した挙げ句、母親が酒とギャンブルに溺れてネグレクトされていた人間の子供を知っている」
「……それは……そう、ですね。その方と比べたら私は恵まれている方だと思います。愛されてましたから。……ただ、ちょっと重いくらいで……」
「ふむ?」
「お母様が亡くなってから、お父様は私をお城の塔に閉じ込めたんです。外の世界は危ないからって」
「それは、大変だったな」
「はい、大変でした」
たしかドラーゴ王も「何故ここに!?」みたいなこと言ってたな。
アルメリアも城を抜け出してきたって言ってた気もする。
意外とアルメリアはお転婆なのかも知れない。
でもまあ、自由が無いのは辛いな。王族だから多少の不自由はあるだろうが、監禁はやり過ぎだろう。
親の行き過ぎた愛情も嫌なものだ。
「……ん? だったら何故自分から俺の生贄になりたいなどと?」
「あ、それは単純です。死のうかと思いまして」
うわ、良い笑顔で悲しいこと言ってる。
と思ったら、アルメリアは途端に暗い表情で俯いてしまった。
「お父様が私に愛情を注いでくださっていることは分かっていますし、嬉しいです。でも、私は辛い。自由になりたい。空を自由に舞う鳥のように」
「……死んでどうにかなる問題ではないと思うが」
「黒竜様はご存知ないのですか?」
「ん? 何をだ?」
俺が首を傾げると、天使が横から情報を補足する。
『この世界には女神様への信仰が一般的であり、自ら命を絶つ以外の方法で亡くなった者は女神様に願い出ることで来世を決められるというものがあります。おそらくはそのことかと』
「……ああ、なるほど。女神様に会って、次は鳥にでも生まれ変わりたいと直談判するのか」
「ふふっ、はい。その通りです」
行動力あるわあ、この子。
なんでもうちょっとプラスの方に行こうとは思わないのか。
「……勿体無いことをするなあ」
「え?」
「アルメリア。君は惰眠を貪ったことはあるか?」
「え? えーと、それはどういう……?」
「そのままの意味だ。何もせず、ぐうたら寝ているだけ。楽しいものだぞ」
「寝ることが楽しい、ですか?」
「違う。貴重な時間を浪費してまでする惰眠が楽しいんだ」
俺は最近になって分かった。
時間や金。
そういう何物にも代えがたいものを浪費する行為はめちゃくちゃ楽しいのよ。
前世は生きるため以外に時間と金を使ったことが無いから。
それが自由というものだと俺は考える。
「やってみるといい。自由を感じられるぞ」
「……それは、自由と呼べるのですか?」
「何を自由と考えるのかは自由だ。君は外の世界に憧れるあまり、自由の本質を知らないでいる」
自由の本質は不自由だ。
秩序や常識という不自由の中で自由を感じられる奴が一番凄い。
「アルメリアに足りないのは、不自由の中に自由を見出す力だろう」
「不自由の中の自由……」
「ま、年上からの小言だと思って聞き流しても構わん。とにかく死ぬのはやめろ。女神様に来世をお願いして良い権利があるのは、今の人生を死ぬ気で生きた奴だけだ」
え、俺? 俺が竜になったのはお詫びの一環なのでノーカンということで。
「……ふふっ、あははは!!」
「な、なんだ? 何かおかしいか? いや、ちょっと臭いことは言ったかも知れんが……」
「いえ、いいえ!! ……外の世界には、やっぱり素敵な出会いというものがあるんですね。はい、死ぬのはやめます!!」
「む?」
アルメリアがきっぱりと宣言する。
思い切りが良いというか、思考の切り替えが早いというか。
俺が驚いていると、アルメリアは少し頬を赤らめて言う。
「では黒竜様、私を貴方のお側に置いてください!!」
「ん? え、何がどうしてそうなるの?」
「私には自由というものがさっぱり分からないですし、それなら黒竜様のお側で学びたいと思うのは当然では? お父様の元に戻ったら前以上に監禁されるでしょうし」
「えぇ? いや、それはちょっと。というか、アルメリアは俺が怖くないのか?」
「? はい。近くで見たら可愛いお顔ですし、人喰い黒竜という噂は最初から信じてませんでしたし」
「豪胆すぎる……。ん? ちょ、人喰い黒竜って何!? 俺、草食なんだけど!?」
いや、肉も食べれるっちゃ食べれるけど。
うーむ。戦場を焼き払っちゃった話に尾ひれがついて広まっちゃったのかな……。
「……まあ、その話はいいや。それより、ここには人間が食べれるようなものは何もないし、生活しにくいぞ」
「そこは大丈夫です!! いつも本ばかり読んでいたので、サバイバル知識には自信があります!!」
「やだすっごい心配」
サバイバルは知識だけ持ってる奴が一番危ないって偉い人が言ってた。
目を離した隙に毒草でも食べちゃったらと思うと気が気ではない。
仕方ない。しばらく惰眠を貪るのはお休みして、アルメリアが危険なことをしないか見守っていないと……。
ん?
ふと自分の思考に違和感を持つ。
どうして俺はこうもアルメリアを心配しているのだろうか。
俺はもっとドライな人間だったはず。
人間一人死のうが、割と本気でどうでもいいくらいの感想しか湧いてこない。
それなのに何故アルメリアを心配しているのか。
『竜の本能です』
と、そのタイミングで天使が俺の思考の違和感に答えを出す。
ほ、本能?
『はい。竜は自らの所有物と定めたものに過剰なまでに執着します』
な、なるほど。
たしかにありがちなファンタジー設定でドラゴンがお宝を集めて守っているイメージはある。
今回の場合で言うなら、俺は本能的にアルメリアを自分の所有物として認識してしまった、ということか。
『また、対象が人間の女性であった場合、自らの子を産ませようとする本能が働きます』
ちょ、ちょいちょいちょい。
それは流石に無い。相手は出会ってすぐの女の子なんだぞ。
そりゃあ、アルメリアは絶世の美少女だ。
スタイルも抜群で男なら抱きたいとは思う容姿をしてはいると思う。
でも思うだけ。そんな酷いことはしな――
「黒竜様? やはり、私がお側にいてはご迷惑でしょうか?」
……頭では分かっている。
アルメリアの『側に置いて欲しい』というのは、そういう意味ではないと。
分かってはいても……。
俺を上目遣いで見つめながら瞳を潤ませているアルメリアを見て、俺の中に眠る竜の本能が抑えられなくなった。
「ふぇ? わ、わわ!! 黒竜様が光った!?」
俺は本能的に魔法を行使する。
魔法など使ったことは一度も無いが、その魔法は簡単に発動できた。
それは、人化の魔法。
人ではなくなった俺が人の形を得るための魔法である。
「アルメリア」
「え? 黒竜様……ですか? ひゃっ!!」
俺はアルメリアをその場で押し倒した。
アルメリアはかすかに抵抗しようとしたが、膂力では俺に叶わず。
その花を散らした。
「黒竜様っ♡ 急にっ♡ どうしちゃったんですかぁ♡ あ、らめっ♡」
俺の腕の中で囀るアルメリアが可愛くて仕方がなかった。
こうして俺は、やらかしたのだった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「い★つ☆も★の」
黒「……」
「ええこと言うなあ」「最後で駄目じゃん」「ドラゴンだからね、仕方ないね」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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