第3話 山暮らしの竜、騒音で怒る
遥か上空から地上を見下ろす。
エレスト山の麓付近では、二つの軍が激しく衝突していた。
金属音と血の臭いが本当に鬱陶しい。
どうして人間は戦争なんて痛くて苦しいだけのものをするのだろうか。
同じ人間だった者としては文句の一つでも言ってやりたい気分だ。
ましてやご近所など言語道断も甚だしい。
俺は大きく息を吸い、腹から声を出して地上で戦争の真っ只中にいる連中に向かって叫ぶ。
「うるさいッ!! 静かにしろッ!!」
ここで一つ言い訳をさせて欲しい。
俺は注意するだけのつもりで叫んだのだ。断じて攻撃するつもりは無かった。
――ギュオオオオオオオオオンッ!!!!
なんか俺の口から極太のビームが出た。
光線はぶつかり合う二つの軍の中央を裂くように大地を蒸発させる。
射線上にいた人間たちは骨すら残らず消滅し、それ以外の者は何が起こったのか理解できずに固まっていた。
ついでに言うなら俺も固まっている。
ちょ、ちょっと天使さん!? 今のビームは何だったの!? 俺!? 俺がやったのか!?
『
「そら人も地面も溶けるわな!!」
言ってる場合じゃない。
あ、地上で戦争をしてらした連中が上空にいる俺を見上げてるよ。
どどど、どうしよう!? どうする!?
いや、待て待て。元はと言えば向こうが俺の睡眠を邪魔してきたわけだし、俺は悪くないよね!?
……いや、うん。俺は悪くないな。
冷静に考えてみたらわざとではないし、人間たちに怒られる理由も無い。
「あれ? なんか俺、思考がおかしくね?」
手応えが無かったと言っても、俺の今の一撃で何千人も死んだはず。
普通なら罪悪感で心が押し潰されるだろう。
しかし、今の俺は何とも思っていない。むしろ眠りを妨げてきた連中が一部でも消滅して清々している。
『貴方の精神構造が人から竜へと変わり始めています。その影響でしょう』
「あ、そうなんだ? え、それ大丈夫なの?」
『問題はありません。人間を同族と捉えなくなるだけです』
「大分問題のような気がするけど……。いやまあ、それは後回しにするとして。ここからどうしようかな?」
地上の両軍は静かに俺を見つめている。
攻撃してくる様子や戦争を再開する様子は今のところ見られない。
いや、というより俺を怖がっているのかも知れないな。
普通に考えたら、戦場にいきなり現れて数千人を蒸発させたでっかいドラゴンが宙に浮いていたら誰でもビビる。
前世の俺だったら小便はおろか大きい方まで垂れ流していただろう。
どうしよう。
ここで去ってもまた戦争を再開するかも知れないし、一言ビシッと言ってやりたい。
でも下手に叫んだらまたビーム出ちゃうし……。
「おっけー、天使さん。何とかして!!」
『……ちっ。了解しました』
「え、舌打ちした? 今舌打ちしたよな?」
『いいえ、してません。肉体の主導権を一時的にお借りします』
天使がそう言うと、俺は自分の身体の制御を失ってしまった。
とは言っても、身体が動かないわけではなく、自分の姿を俯瞰して見下ろしている感じ。
幽体離脱みたいな状態だ。
俺の身体はゆっくりと翼をはためかせながら地上に降りて行った。
「人間ども」
そして、俺が言葉を発する。いや、というか天使が話しているのか。
天使は周囲を威圧するような存在感を放ち、手を止めた二つの軍の間に立った。
「我はエレスト山の頂上に住まう竜。我の眠りを妨げし者共。ここは我の領域。そこで何をしている……? 答えよ。さもなくばこの場の生命を根絶やしにするぞ」
え、怖い怖い。そこまでは考えてないよ。
たしかに人間を殺しても蟻を踏んじゃった程度の認識だけど、無闇に殺すのは可哀想だし。
などと考えていたら、西側の軍隊のお偉いさんと思わしき人が慌てた様子で駆けてきた。
「も、もも、申し訳ありませぬ!! ここが竜の、いえ、黒竜殿の縄張りだとは露知らず!! この戦場を指定してきたのは忌々しきドラーゴ王国の奴らでして!!」
「な、何を言うか!!」
遅れて東軍のお偉いさんが走ってきて、こちらも事情を話し始める。
「元はと言えば貴様らアレグザンド帝国が我が国の領土を侵犯してきたのではないか!! 黒竜殿!! どうかお怒りを鎮めてくだされ!! 我らは侵略者の手から祖国を守るために戦っていたのです!!」
「な、なにおう!! それを言うならドラーゴ王国が古くからの帝国との同盟を一方的に破棄し、魔族と和平を結ぼうとした挙げ句、我が国への食料輸出を止めたからではないか!! 帝国の民がどれだけ飢えていると思っている!!」
「仕方がなかったのだ!! 魔族どもの力は圧倒的!! 我が国だけではもう太刀打ちできぬ!! 貴国が援軍を出し渋らねば良かっただけのことだろう!!」
「兵は用意できても武器を用意できなかったのだ!! 貴様らが鉄鉱石の輸出をやめたからな!!」
「魔族どもに鉱山を奪われたのだ!!」
うーむ。
聞いた感じだと、どっちが悪いって感じじゃなさそうだなー。
ファンタジーに登場しがちな魔族たちのせいで仕方なく戦争してるって感じ。
天使が俺の身体を使って再び言葉を発する。
「黙れ」
「「!?」」
白熱していた両軍指揮官の言い合いは、その一言で静かになった。
「くだらぬ。その程度の理由で、我が眠りを妨げたのか?」
「あ、えっと、その……」
「せ、僭越ながら、その通り、で、ございます」
ぶるぶる震えている両軍の指揮官。
良い歳したオッサン二人が泣きそうな様子は、なんか少し可哀想だった。
「今すぐ立ち去れ。そして、二度とエレスト山の付近で戦をするな」
「「え?」」
「聞こえなかったか!! 貴様らをまとめて焼き払っても良いのだぞ!!」
「「ひぃ!! ぜ、全軍撤退!! 祖国まで帰還せよぉ!!」」
息の合った号令を出す両軍指揮官。こいつら仲良さそうだなー。
と、そこからは早かった。
人間たちは武器を放り捨ててその場からなりふり構わず逃げ出し、蜘蛛の子を散らすように立ち去った。
残されたのは武器の山と光線の跡、それから鼻の曲がるような血の臭いだけだった。
……これ、しばらく臭いのかな。
『肉体の主導権を返還します』
「あ、戻った。……ちょっと怖がらせすぎじゃない?」
『人間は愚かな生き物です。恐怖に勝る学習教材を彼らは持ちません』
「し、辛辣だなあ」
俺は中々容赦の無い天使にビビりながら、宙を舞って廃神殿に戻った。
ブレスを吐いたせいかやたらと喉が渇いてしまい、泉の水をがぶがぶ飲む。
「ぷはあっ!! うんめぇ!! ……なんかお腹も減ってるな……マツモドキ食べよっと」
俺はお気に入りのマツモドキをもしゃもしゃ食べながら、消費したエネルギーを取り戻す。
ビームを吐いたらお腹が減るし、うっかり放たないよう気を付けないと。
にしてもマツモドキ、うまうま。
「くぁーあ、食ったら眠くなっちゃった。天使さん、おやすみー」
『おやすみなさい』
こうして俺は廃神殿に戻り、再び深い眠りに着いたのだが……。
それから数日後の出来事。
ぐっすりと眠っていた俺の鼻や耳が、廃神殿に近づいてくる人間たちの息遣いや匂いを感じ取るのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「真夜中にバイクを吹かしてる輩にビーム撃ちたい」
黒「ま、まあまあ」
「天使さん辛辣やな」「仲良し指揮官草」「黒竜が宥めるのか……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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