第2話 山暮らしの竜、食っちゃ寝する






「ん……?」



 ふと目が覚めて、重たい瞼を持ち上げる。


 やたらと視線が高い。

 ついでに身体が少し重いというか、思うように動かせない。


 あとめちゃくちゃ眠たいな。


 なんだこれ? 俺、ちゃんとドラゴンに転生できたのか?



『はい、現在は肉体と魂の同調率を調節を行っています。そのまま動かないようにしてください』



 あ、はい。……え?


 なんか今、頭の中に直接声が聞こえてきた気がするんだけど!?



『女神アルティナの眷属、天使です。主のご命令により、貴方のアシストを行います』



 あー!! 女神様の言ってた天使ね!!


 なるほど。人型じゃないとは言っていたが、頭の中に直接語りかけてくるのか。


 ちなみにお名前は?



『天使です』



 ……えーと、え? 天使が名前なの?


 もうちょっとこう、個体名みたいなものはないのかね?



『はい。天使は個にして全、全にして個。自我を持たず、主の命令に従うのみです』


「なんか蟻とか蜂みたいだな……。あ、声出た!!」


『肉体と魂の調整が完了しました。肉体の動作確認を行ってください。……あと、我々は蟻や蜂とは比べ物にならない知能を有しています。発言の撤回を』



 天使の声から圧力を感じる。


 さっき『自我は持たない』とか言ってたけど、絶対にあるよね?



『いいえ。我々は主の命令に従うのみです』


「あー、うん。取り敢えず撤回するね。ごめん」


『謝罪を受け取ります』


「えーと、身体の動作確認だっけ?」


『はい。こちらの指示通りに動いてください。まずは起き上がってください』



 俺は天使の声に従い、身体を起こした。


 自分の身体を見下ろしてみると、もう人間ではなくなっている。 

 全長十数メートルはあるだろうか。漆黒の鱗で全身を包み、超強そう。


 両手は意外と器用に動かせる。


 背中からは雄々しさを感じさせる翼が生えており、尻尾は少し長め。

 近くにあった泉で顔を確認してみると、カッコ良かった。


 自分で言うのもアレかも知れないが、中々のイケドラだと思う。


 ……ふむ。


 特に深い理由は無いが、俺は胡座をかいて座り、自分の股間を見下ろした。



「お、おお!! 前世の俺より立派なドラゴンソードがついていらっしゃる!!」


『竜種の中では平均的な陰茎のサイズです』


「やかましわ!!」



 それから俺は天使の指示を聞きながら、身体を動かす。

 傍から見たら巨大な黒竜がラジオ体操でもしているかのようだろう。


 それにしても、想像より動ける。


 てっきりドラゴンの肉体に慣れるまで時間がかかると思っていたが、そうでもなかった。


 まるで最初からドラゴンだったかのように、身体を自由自在に動かせる。最初の身体の重さが嘘みたいだった。



「す、凄いな!! 俺、本当にドラゴンになってる!!」


『補足するなら、通常のドラゴンではありません。全竜種の頂点にある存在、竜王です』


「りゅ、竜王!! カッコいい!! 女神様、しっかり約束守ってくれたんだなー」



 と、そこで俺はあることに気付く。



「あれ? 今さらだけど俺、どうやって喋ってんだ? 口動かしてないぞ?」


『……フッ』



 あれ? 天使さん? 今、鼻で笑った?


 もしかして『本当に今さらだな』みたいな意味で笑った? え、笑ったよね? ね?


 俺の訴えも虚しく、天使は淡々と情報を開示する。



『竜は発音に舌を使わず、喉の発声器官から直接音を発します』


「はえー、人間とは身体の作りがそもそも違うんだなあ。あ、そうだ。女神様の言ってた廃神殿とやらはどこだ? 俺の異世界マイホーム――いや、借りるわけだし、借家か? どこ?」


『後ろです』


「え? お、おおおおッ!!」



 振り向いた先には立派な神殿があった。


 地球にあるもので近いものだと、パルテノン神殿だろうか。



「いや、こっちの方がお城っぽいかな? 少し古いそうだし、崩れたりしないか心配なんだけど」


『こちらの廃神殿は核戦争で文明が崩壊する前、国際連盟が協力し、魔法文明の総力を駆使してエレスト山の頂上に建築したものです。並大抵の攻撃では壊れません。核魔法を食らっても大丈夫でしょう』

 

「か、核魔法……。名前からして、核兵器みたいなものだよな。それを核を食らっても平気なのか。凄い頑丈なんだなー」



 ……各国が協力して一つの凄いものを作れるくらい仲良しだったのに、核戦争が起こったのか。


 人間とはやはり愚かな生き物だよ。



『……』


「天使さん、今『元人間が何言ってんだ』って思ったでしょ」


『……いいえ』


「えー、絶対思ってた間じゃーん」



 天使さん、少し人間味があって面白いな。



「ここってエレスト山って山の頂上なんだよな? パッと見た感じじゃ、泉と森しかないけど」


『はい』



 廃神殿は大きな泉の中心にあった。


 それを囲むように高い木々の森がどこまでも広がっている。


 ここが山の上だとは思えない。



『飛翔して、ご自分の目で確認してください』



 言われてからハッとする。そうだ。俺には自由の翼があるのだった。


 俺は翼をはためかせ、空を舞う。



「おお!! お、俺、風になってる!!」


『竜王です』


「そういう真面目な返しは今は要らないから!!」


『分かりました』



 本当に分かっているのだろうか。


 俺は天使の適当な返事に唇を尖らせながら、大きく羽ばたいた。


 そして、上空から廃神殿を見下ろす。



「うぇ!? す、すっげー。これアレじゃん、霊峰って奴じゃない? エベレストみたいな……エレスト、エベレスト……名前も似てるなあ」


『ライブラリを参照……。情報を獲得しました。いいえ、似てません。エレスト山の方が高いです』


「は、張り合うなよ」


『エベレストに植物は生えませんが、こちらの世界の植物の方が逞しく――』


「あー、はいはい。分かった分かった、エレスト山の方が凄いよ!!」


『ご理解いただけて何よりです』



 こいつ絶対に自我あるよ。


 この世界に肩入れしていると言うか、女神様贔屓なのかも知れない。



「よーし!! 二度目の人生はぐうたら生活するぞー!!」


『竜生では?』


「やかましわ」



 こうして俺の自堕落な生活が始まった。


 どうやら竜王という種類のドラゴンは雑食らしい。

 葉っぱや草を食べても良いし、肉も食べられるようだった。


 まあ、廃神殿周りの森には小さな鳥や兎がちらほらいるばかり。


 竜王の巨体は燃費が悪いようで、狩りの手間を考えると肉を獲るより草や葉っぱを食べて眠る方が良いとの結論に至った。


 天使のお陰だな。


 ドラゴンは並大抵の毒が効かないから多少有毒な葉っぱでも特に問題は無いし。


 俺のおすすめは松っぽい葉っぱだな。


 トゲトゲが口に刺さってちょっぴり痛いけど、それがピリピリして美味しい。


 泉も近くにあるから水分に困らないし、寝て食って水を飲み、また眠るだけの生活。マジ最高でーす。


 そんな日々を数年、あるいは数十年ほど繰り返していたある日。


 気持ち良く眠っていた時のことだった。



「ぐぅー、ぐぅー。――むぐ!?」



 鼻の曲がるような臭いがした。鉄っぽい、生臭い臭いだ。


 しかも金属がぶつかり合うような音がキンキン響いてきてうるさい。



「な、なんの臭いだ、これ!? 臭い!!」


『血の臭いです。どうやら麓で大規模な戦争が始まり、多数の死傷者が出ているようです』


「うぐ、麓まで何キロあると思ってんだ!?」


『竜の嗅覚は鋭く、十数キロ先の臭いを嗅ぎ分けることができます。鼻が慣れるまで我慢してください』


「うぅ、くっせぇ……。人の睡眠を邪魔しやがって!! 一言文句言いに行ってやる!!」



 俺は感情に身を任せ、翼をはためかせて地上へと向かった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「食って寝るだけの仕事がないかな……時給2000円くらいで」


竜「無い」


「天使さん草」「股関チェックは大事」「わいもそんな仕事がしたい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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